出身で1903年生まれの有名人

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宝塚・女優・俳優・声優・ナレーター・歌舞伎・能楽・狂言
 1  嵐寛寿郎    京都市Wikipedia
嵐 寛壽郎(あらし かんじゅうろう、新字体:寛寿郎、1902年12月8日 - 1980年10月21日)は、日本の映画俳優、映画プロデューサーである。本名高橋 照一[注釈 1](たかはし てるいち)。
 2  歌川八重子    神戸市Wikipedia
歌川 八重子(うたがわ やえこ、1903年8月22日 - 1943年9月13日)は、日本の女優。本名、深川 政江[3][4][5]。
 3  片岡千恵蔵    太田市Wikipedia
片岡 千恵蔵(かたおか ちえぞう、旧字体:千惠藏、1903年3月30日 - 1983年3月31日)は、日本の俳優。本名は植木 正義(うえき まさよし)。
 4  毛利菊枝    Wikipedia
毛利 菊枝(もうり きくえ、1903年11月3日 - 2001年8月20日)は、日本の女優。本名は森 キク(旧姓:小林)。夫は美術史家の森暢。
 5  吉谷久雄    尾道市Wikipedia
吉谷 久雄(よしたに ひさお、1903年10月30日 - 没年不詳)は、日本の俳優である[5][6][7][8][9]。本名石井 清一(いしい せいいち)、旧芸名市川 喜有利(いちかわ きうり)。松竹蒲田撮影所が1920年代に推進した「短篇喜劇」の主演俳優として知られる。
 6  石山健二郎    広島市Wikipedia
石山 健二郎(いしやま けんじろう、本名;石山 繁一、1903年10月10日 - 1976年5月10日)は、日本の俳優。広島県広島市生まれ。息子は石山輝夫。旧制私立修道中学校卒業。
 7  芝田新    函館市Wikipedia
芝田 新(しばた あらた、1903年6月16日 - 没年不明)は、日本の俳優である。本名川上 勇之進(かわかみ ゆうのしん)。


歌手・シンガー
 8  徳山璉    藤沢市Wikipedia
徳山 璉(とくやま たまき、1903年〈明治36年〉7月27日 - 1942年〈昭和17年〉1月28日)は、戦前から戦中に活躍した日本の声楽家(バリトン)・流行歌手・俳優。愛称は「徳さん」。
 9  奥田良三    札幌市Wikipedia
奥田 良三(おくだ りょうぞう、1903年6月12日 - 1993年1月27日)は、日本のテノール歌手。


モデル・アイドル・タレント・アナウンサー
 10  木部シゲノ    豊前市Wikipedia
木部 シゲノ(きべ シゲノ、1903年(明治36年)11月12日 - 1980年(昭和55年)7月29日)は、日本の女性パイロットの草分けのひとりである。NHKの連続テレビ小説『雲のじゅうたん』のモデルのひとりといわれる。


演奏家・作詞家・作曲家・ミュージシャン
 11  飯田信夫    大阪市Wikipedia
飯田 信夫(いいだのぶお、1903年(明治36年)5月25日‐1991年(平成3年)8月19日)は昭和期の作曲家、指揮者。妻は女優の夏川静江。娘に女優の夏川かほる。
東京帝国大学出身      出身の 東京帝国大学の出身者      全国の 東京帝国大学の出身者
 12  石井五郎    三種町Wikipedia
石井 五郎(いしい ごろう、1903年(明治36年)3月15日 - 1978年(昭和53年)1月22日)は、日本の作曲家。舞踊家石井漠の弟。作曲家の石井歓と石井眞木は兄・漠の息子である。
 13  伊藤昇    松本市Wikipedia
伊藤 昇(いとう のぼる、1903年1月31日 - 1993年)は、日本の作曲家、トロンボーン奏者。伊藤能矛留のペンネームも用いた。
 14  江口夜詩    上石津町Wikipedia
江口 夜詩(えぐち よし、1903年7月1日 - 1978年12月8日)は、昭和期の日本の作曲家である。本名江口 源吾(えぐち げんご)。
 15  マイクスギヤマ    美濃加茂市Wikipedia
マイクスギヤマ(本名:杉山昭彦)は、アニメソングを中心に活躍する作詞家である。作家事務所イマジン所属。「スーパー戦隊シリーズ」の音楽制作集団Project.Rのメンバー。名前の表記はマイクとスギヤマの間にスペースを入れない。英語での表記はMIKE Sugiyama。
 16  西川好次郎    日高川町Wikipedia
西川 好次郎(にしかわ よしじろう、1903年 - 1990年)は、昭和時代に活動した日本の作詞家。和歌山県出身。
 17  清水みのる    浜松市Wikipedia
清水 みのる(しみず みのる、本名:清水 實、1903年(明治36年)9月11日 - 1979年(昭和54年)12月10日)は、日本の作詞家。静岡県浜名郡伊佐見村(現在は浜松市西区伊左地町)生まれ。旧制浜松中学(現・浜松北高校)、立教大学英文科卒。
 18  木下保    豊岡市Wikipedia
木下 保(きのした たもつ、1903年10月14日 - 1982年11月11日)は、日本の声楽家(テノール)、指揮者。
東京音楽学校出身      出身の東京音楽学校の出身者      全国の東京音楽学校の出身者


舞台・演劇・映画・ドラマ・脚本・プロデューサー・ディレクター
 19  清水宏    浜松市Wikipedia
清水 宏(しみず ひろし、1903年3月28日 - 1966年6月23日)は、大正・昭和期の映画監督。作為的な物語、セリフ、演技、演出を極力排除する実写的精神を大事にし、「役者なんかものをいう小道具」という言葉を残している。
 20  山上伊太郎    京都市Wikipedia
山上 伊太郎(やまがみ いたろう、1903年8月26日 - 1945年6月16日 推定)は、日本の脚本家、映画監督である。御室撮影所時代の「マキノ・プロダクション」を彩る名脚本家として知られる。代表作はマキノ雅弘監督の『浪人街』(1927年、昭和2年、無声映画)である。
 21  青柳信雄    横浜市Wikipedia
青柳 信雄(あおやぎ のぶお、1903年3月27日 - 1976年5月17日)は、日本の映画監督、プロデューサー。
 22  小津安二郎    江東区Wikipedia
小津 安二郎(おづ やすじろう、1903年12月12日 - 1963年12月12日)は、日本の映画監督・脚本家。「小津調」と称される独特の映像世界で優れた作品を次々に生み出し、世界的にも高い評価を得ている。「小津組」と呼ばれる固定されたスタッフやキャストで映画を作り続けたが、代表作にあげられる『東京物語』をはじめ、女優の原節子と組んだ作品群が特に高く評価されている。
 23  田口哲    Wikipedia
田口 哲(たぐち さとし、1903年10月2日 - 1984年1月13日)は、日本の映画監督、脚本家。岩手県出身。
 24  碧川道夫    小樽市Wikipedia
碧川 道夫(みどりかわ みちお、明治36年(1903年)2月25日 - 平成10年(1998年)3月13日)は日本の映画カメラマン。日本の映画色彩技術の草分け的存在である。多くの名作映画の撮影を担当し、『地獄門』で1954年度文部省芸術祭文部大臣賞。
上智大学出身      出身の上智大学の出身者      全国の上智大学の出身者
 25  小津安二郎    松阪市Wikipedia
小津 安二郎(おづ やすじろう、1903年12月12日 - 1963年12月12日)は、日本の映画監督・脚本家。「小津調」と称される独特の映像世界で優れた作品を次々に生み出し、世界的にも高い評価を得ている。「小津組」と呼ばれる固定されたスタッフやキャストで映画を作り続けたが、代表作にあげられる『東京物語』をはじめ、女優の原節子と組んだ作品群が特に高く評価されている。
 26  木村恵吾    三島市Wikipedia
木村 恵吾(きむら けいご、1903年6月19日 - 1986年1月20日)は、日本の映画監督、脚本家である。サイレント映画の時代に脚本家、ついで監督としてデビューした。1940年(昭和15年)にオペレッタ映画『狸御殿』を創出、『オペレッタ狸御殿』(2005年)につながる源流をつくった。
 27  龍田静枝    上山市Wikipedia
龍田 静枝(たつた しずえ、1903年2月11日 - 1962年1月21日)は、大正末期から昭和初期のサイレント映画で活躍した女優である。本名塩野 静枝(しおの - 、旧姓)、山形県出身。
 28  佐藤武    Wikipedia
佐藤 武(さとう たけし、1903年4月13日 - 1978年12月8日[2])は、日本の映画監督である。松竹蒲田撮影所から東宝映画、戦後の新東宝へと転身した。
 29  澤蘭子    仙台市Wikipedia
澤 蘭子(さわ らんこ、1903年7月25日 - 2003年1月11日)は、日本の女優である[5][6][7][8][9]。新漢字表記沢 蘭子[5][6][8]。出生名澤 靜子(さわ しずこ)、松本四良との婚姻時の本名は松本 静子(まつもと しずこ)[7]、死去時の本名は澤 志づ子(さわ しづこ)、旧芸名泉 らん子(いずみ らんこ)、泉 蘭子(いずみ らんこ)、澤 らん子(さわ らんこ)[5]。帝国キネマ演芸が製作・配給して大ヒットとなったサイレント映画『籠の鳥』(1924年)のヒロインとして知られる。
 30  八木保太郎    Wikipedia
八木 保太郎(やぎ やすたろう、1903年2月3日 - 1987年9月8日)は、日本の脚本家である。俳優を志すも助監督となり、サイレント映画時代に脚本家としてデビュー、トーキー時代に名を成し、30代で東京発声および満映の製作部長を歴任、戦後は映画界初の産別組織「日本映画演劇労働組合」委員長、日本シナリオ作家協会会長を歴任、インディペンデント製作会社「八木プロダクション」を主催した。戦前の一時期、毛利 三郎(もうり さぶろう)、毛利 三四郎(-さんしろう)名義でも執筆した。


アニメ
 31  藪下泰司    Wikipedia
藪下 泰司(やぶした たいじ、男性、1903年2月1日 - 1986年7月15日)は、記録映画の撮影、日本のアニメーション映画監督・演出・企画・アニメーション制作の教育者。大阪府北河内郡四条村(現 大東市)生まれ。東京美術学校写真科卒業。略字の薮下、本名の藪下 泰次と表記することも多い。代表作に『白蛇伝』等がある。映画監督の高橋玄は孫。


格闘技
 32  石田和外    Wikipedia
石田 和外(いしだ かずと、明治36年(1903年)5月20日 - 昭和54年(1979年)5月9日)は、日本の裁判官(第5代最高裁判所長官)、剣道家(第2代全日本剣道連盟会長、一刀正伝無刀流第5代宗家)。位階勲等は従二位勲一等旭日大綬章。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 33  小谷澄之    朝来市Wikipedia
小谷 澄之(こたに すみゆき、1903年8月3日 - 1991年10月9日)は、日本の柔道家(講道館10段)。 
 34  男女ノ川登三    つくば市Wikipedia
男女ノ川 登三(みなのがわ とうぞう、1903年9月17日 - 1971年1月20日)は、茨城県筑波郡菅間村磯部(現:茨城県つくば市磯部)出身の元大相撲力士。第34代横綱。本名は坂田 供次郎(さかた ともじろう(きょうじろう))。
 35  玉錦三右エ門    Wikipedia
玉錦 三右エ門(たまにしき さんえもん、1903年12月15日(戸籍上は11月15日) - 1938年12月4日)は、高知県高知市出身の大相撲力士。第32代横綱。本名は西ノ内 彌寿喜(にしのうち やすき)。
 36  天竜三郎    浜松市Wikipedia
天竜 三郎(てんりゅう さぶろう、1903年11月1日 - 1989年8月20日)は、静岡県浜名郡三方原村(現:静岡県浜松市北区)出身の元大相撲力士。本名は和久田 三郎(わくた さぶろう)。
 37  常陽山正治    妙高市Wikipedia
常陽山正治(じょうようざんまさじ、1903年1月25日-1972年1月25日)は、出羽海部屋に所属した力士。引退後は9代稲川を襲名し、後進の指導につとめた。本名は楡井正次。身長174cm、体重88kg。新潟県中頸城郡妙高村(現妙高市)出身。最高位は東十両筆頭。
 38  橋本正武    日立市Wikipedia
橋本 正武(はしもと まさたけ、1903年(明治36年)1月13日 - 1983年(昭和58年)7月11日)は、日本の武道家(剣道、居合道)、林野技術官僚。
 39  紙本栄一    田布施町Wikipedia
紙本 栄一(かみもと えいいち、1903年(明治36年)8月5日 - 1995年(平成7年)12月6日)は、日本の武道家。段位は居合道範士九段、剣道範士八段、銃剣道教士七段。居合の流派は夢想神伝流。「剣居一体」を唱え、全日本剣道連盟居合の制定に尽力した。
 40  若瀬川栄蔵    横手市Wikipedia
若瀬川 栄蔵(わかせがわ えいぞう、1903年2月19日 - 1990年3月20日)は、1930年代前半に活躍した大相撲力士である。秋田県平鹿郡雄物川町(現・横手市)出身。身長167cm、体重90kg。本名は佐藤 永藏(さとう えいぞう)→ 中川 永藏(なかがわ えいぞう)。最高位は東前頭筆頭。得意手は左四つ、突き、押し。引退後は一時期、年寄として後進の指導に尽力した。


野球
 41  天知俊一    西宮市Wikipedia
天知 俊一(あまち しゅんいち、1903年12月30日 - 1976年3月12日)は、プロ野球監督。兵庫県西宮市出身。
明治大学出身      出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
 42  飛沢栄三    古平町Wikipedia
飛沢 栄三(とびさわ えいぞう、1903年3月11日 - 1967年6月21日)は、北海道古平郡古平町[3]出身の高校野球指導者。


サッカー
 43  八田卯一郎    大阪市Wikipedia
八田 卯一郎(はった ういちろう、1903年9月10日 - 1989年4月20日 )は、大阪府大阪市出身の裁判官、サッカー選手。
東京帝国大学出身      出身の東京帝国大学の出身者      全国の東京帝国大学の出身者


野球・サッカー以外の球技
 44  本領信治郎    Wikipedia
本領 信治郎(ほんりょう しんじろう、1903年10月8日 - 1971年7月24日)は、東京都出身の元政治家、元早稲田大学(以下、早大)教授、元早大ラグビー部監督 & 選手。
 45  湯川正夫    Wikipedia
湯川 正夫(ゆかわ まさお、1903年12月24日 - 1969年10月5日)は、昭和時代の製鉄技術者で、後に八幡製鐵副社長を務めた。また、日本ラグビーフットボール協会(以下、日本ラグビー協会)第4代会長も歴任した。


冬季スポーツ
 46  江守栄作    札幌市Wikipedia
江守 栄作(えもり えいさく、1903年5月7日 - 1987年4月2日)は札幌市生まれの実業家、スケート選手。


水泳全般・マリンスポーツ
 47  鶴田義行    鹿児島市Wikipedia
鶴田 義行(つるた よしゆき、明治36年(1903年)10月1日 - 昭和61年(1986年)7月24日)は、鹿児島県鹿児島郡伊敷村上伊敷字飯山(現在の鹿児島市伊敷八丁目の一部)出身の水泳選手。日本人初のオリンピック連覇者。男子200メートル平泳ぎの元世界記録保持者。
明治大学出身      出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
 48  鶴田義行    Wikipedia
鶴田 義行(つるた よしゆき、明治36年(1903年)10月1日 - 昭和61年(1986年)7月24日)は、鹿児島県鹿児島郡伊敷村上伊敷字飯山(現在の鹿児島市伊敷八丁目の一部)出身の水泳選手。日本人初のオリンピック連覇者。男子200メートル平泳ぎの元世界記録保持者。
明治大学出身      出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
 49  宮畑虎彦    四万十市Wikipedia
宮畑 虎彦(みやはた とらひこ、1903年1月23日-1988年5月16日)は日本の男子競泳選手。高知県四万十市下田出身。


陸上競技全般
 50  沖田芳夫     広島市Wikipedia
沖田 芳夫(おきた よしお、1903年 - 2001年4月28日)は、日本の陸上競技選手・陸上競技指導者。アムステルダムオリンピック陸上男子円盤投・ハンマー投代表。元円盤投・ハンマー投日本記録保持者。元早稲田大学競走部主将、監督、OB会(早稲田アスレチック倶楽部)会長(代表)。元日本陸上競技連盟審議員。広島県広島市向洋大原(現南区向洋大原町)出身。旧制広島一中(現広島県立国泰寺高等学校)、早稲田大学商学部卒業。
早稲田大学出身      出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 51  山田兼松    Wikipedia
山田 兼松(やまだ かねまつ、1903年9月16日 – 1977年8月27日)は日本の男子マラソン選手。香川県坂出町(現・坂出市)出身。1928年のアムステルダムオリンピックのマラソンで4位に入り、日本人として同種目で初めて入賞した。


登山家・冒険家・探検家
 52  西堀栄三郎    Wikipedia
西堀 栄三郎(にしぼり えいざぶろう、1903年(明治36年)1月28日 - 1989年(平成元年)4月13日)は、日本の登山家、無機化学者、技術者。従四位。


作家・小説家・エッセイ・文筆・翻訳家・編集者
 53  阿部知二    姫路市Wikipedia
阿部 知二(あべ ともじ、1903年(明治36年)6月26日 - 1973年(昭和48年)4月23日)は、日本の小説家、英文学者、翻訳家である。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 54  小林多喜二    小樽市Wikipedia
小林 多喜二(こばやし たきじ、1903年(明治36年)12月1日[注釈 1] - 1933年(昭和8年)2月20日)は、日本のプロレタリア文学の代表的な作家、小説家である。
小樽商科大学出身      出身の小樽商科大学の出身者      全国の小樽商科大学の出身者
 55  立野信之    市原市Wikipedia
立野 信之(たての のぶゆき、1903年10月17日 -1971年10月25日)は日本の小説家。
 56  深田久弥    加賀市Wikipedia
深田 久弥(ふかた きゅうや、1903年3月11日 - 1971年3月21日)は、石川県大聖寺町(現在の加賀市)生まれの小説家(随筆家)及び登山家である。
 57  大谷藤子    小鹿野町Wikipedia
大谷 藤子(おおたに ふじこ、1903年11月3日 - 1977年11月1日)は、昭和初期の女流作家。埼玉県秩父郡両神村生まれ。
 58  林芙美子    新宿区Wikipedia
林 芙美子(はやし ふみこ、1903年〈明治36年〉12月31日 - 1951年〈昭和26年〉6月28日)は、日本の小説家。物心ついた小学生時代に貧しかった生い立ちからか、底辺の庶民を慈しむように描いた作品に、ことに名作がある。「文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。しかし、戦後の六年間はちがいました。それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた六年間でした」と言われるように波瀾万丈だった。
 59  伊藤永之介    秋田市Wikipedia
伊藤 永之介(いとう えいのすけ、1903年11月21日 - 1959年7月26日)は、日本の小説家である。
 60  若杉慧     広島市Wikipedia
若杉 慧(わかすぎ けい、1903年8月29日 - 1987年8月23日)は日本の小説家、随筆家。本名は恵(さとし)。
 61  林芙美子    下関市Wikipedia
林 芙美子(はやし ふみこ、1903年(明治36年)12月31日 - 1951年(昭和26年)6月28日)は、日本の小説家。物心ついた小学生時代に貧しかった生い立ちからか、底辺の庶民を慈しむように描いた作品に、ことに名作がある。「文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。しかし、戦後の六年間はちがいました。それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた六年間でした」と言われるように波瀾万丈だった。
 62  林芙美子    北九州市Wikipedia
林 芙美子(はやし ふみこ、1903年(明治36年)12月31日 - 1951年(昭和26年)6月28日)は、日本の小説家。物心ついた小学生時代に貧しかった生い立ちからか、底辺の庶民を慈しむように描いた作品に、ことに名作がある。「文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。しかし、戦後の六年間はちがいました。それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた六年間でした」と言われるように波瀾万丈だった。
 63  中本たか子    下関市Wikipedia
中本 たか子(なかもと たかこ、1903年11月19日 - 1991年9月28日)は、小説家。
 64  橋本五郎    瀬戸内市Wikipedia
橋本 五郎(はしもと ごろう、1903年(明治36年)5月1日 - 1948年(昭和23年)5月29日)は日本の探偵小説家。代表作に『疑問の三』など。荒木 十三郎(あらき じゅうざぶろう)、女銭 外二(めぜに そとじ)などの名義でも小説を発表した。本名は荒木稔。
 65  小林多喜二    杉並区Wikipedia
小林 多喜二(こばやし たきじ、1903年(明治36年)12月1日[注釈 1] - 1933年(昭和8年)2月20日)は、日本のプロレタリア文学の代表的な小説家。
 66  阿部知二    美作市Wikipedia
阿部 知二(あべ ともじ、1903年(明治36年)6月26日 - 1973年(昭和48年)4月23日)は、日本の小説家、英文学者、翻訳家である。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 67  清水文雄    Wikipedia
清水 文雄(しみず ふみお、1903年(明治36年)6月6日 - 1998年(平成10年)2月4日)は、熊本県出身の国文学者。和泉式部など中古文学・中世文学の研究で有名。作家・三島由紀夫の才能を見出したことで知られる。
広島大学出身      出身の広島大学の出身者      全国の広島大学の出身者
 68  島木健作    札幌市Wikipedia
島木 健作(しまき けんさく、1903年9月7日 - 1945年8月17日)は、日本の小説家。本名は朝倉 菊雄(あさくら きくお)。高見順・中野重治・徳永直・林房雄らとともに、転向文学を代表する作家の1人。
 69  小林多喜二    大館市Wikipedia
小林 多喜二(こばやし たきじ、1903年(明治36年)12月1日[注釈 1] - 1933年(昭和8年)2月20日)は、日本のプロレタリア文学の代表的な作家、小説家である。
小樽商科大学出身      出身の小樽商科大学の出身者      全国の小樽商科大学の出身者
 70  平川虎臣    山鹿市Wikipedia
平川 虎臣(ひらかわ こしん、1903年10月25日 - 1969年5月2日)は、日本の小説家。 熊本県菊池郡城北村(現・山鹿市菊鹿町)生まれ。満州、京都、東京を放浪したのち上司小剣に師事し、作家となり、戦前活躍。戦後は不遇だった。
 71  山本周五郎    Wikipedia
山本 周五郎(やまもと しゅうごろう、1903年(明治36年)6月22日 - 1967年(昭和42年)2月14日)は、日本の小説家。本名、清水 三十六(しみず さとむ)。
 72  田畑修一郎    益田市Wikipedia
田畑 修一郎(たばた しゅういちろう、本名:田畑 修蔵(たばた しゅうぞう)、1903年9月2日 - 1943年7月23日)は、島根県出身の作家。代表作は1933年に発表し、芥川賞候補にもなった『鳥羽家の子供』。
 73  八住利雄    大阪市Wikipedia
八住 利雄(やすみ としお、1903年4月6日 - 1991年5月22日)は、日本の脚本家。元日本シナリオ作家協会理事長(1965年 - 1968年、1982年 - 1991年)。脚本家の白坂依志夫は長男。
 74  水島あやめ    Wikipedia
水島 あやめ(みずしま あやめ 1903年7月17日 - 1990年12月31日)は、新潟県六日町(現南魚沼市)出身の著述家。日本初の女流映画脚本家で後に児童文学作家となった。


弁護士
 75  関之    Wikipedia
関 之(せき いたる、1903年3月19日 - 2001年4月25日)は、検事、弁護士。


建築家・建築学者・技術者
 76  武藤清    取手市Wikipedia
武藤 清(むとう きよし、1903年1月29日 - 1989年3月12日)は、日本の建築家、建築構造学者、構造家。千葉工業大学工学部建築学科の創設者。元鹿島建設副社長。兄は医学者の武藤完雄。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 77  平山嵩    Wikipedia
平山 嵩(ひらやま たかし、1903年2月15日 - 1986年11月20日)は、日本の建築家・建築学者。専門は、建築環境工学。工学博士。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者


経営者・実業家
 78  八雲恵美子    大阪市Wikipedia
八雲 恵美子(やぐも えみこ、1903年8月15日 - 1979年1月13日)は、日本の元芸妓、元女優、実業家である。大阪府大阪市北区相生町(現在は都島区)出身。本名は玉野 千代子。後芸名は八雲 理恵子。初期の松竹蒲田撮影所の人気スターである。
 79  西松龍一    大阪市Wikipedia
西松 龍一(にしまつ りゅういち、1903年〈明治36年〉- 2008年〈平成20年〉6月5日)は、日本の実業家。父親は、実業家の西松喬。配偶者は坂野鉄次郎の養子坂野紀美子。大阪市西区江戸堀生まれ。105歳で死去。
慶應義塾大学出身      出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 80  江戸英雄    武蔵野市Wikipedia
江戸 英雄(えど ひでお、1903年7月17日 - 1997年11月13日)は、日本の実業家。三井不動産の復興に尽力し、社長、会長職、初代不動産協会理事長を務めた。また、東京ディズニーランド、筑波研究学園都市の建設にも力を注いだ。
 81  神谷新一    大桑村Wikipedia
神谷 新一(かみや しんいち、1903年7月 - 1986年11月8日)は、日本の実業家。竹中工務店副社長などを務めた。
早稲田大学出身      出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 82  正田英三郎    館林市Wikipedia
正田 英三郎(しょうだ ひでさぶろう、1903年9月21日 - 1999年6月18日)は日本の実業家。群馬県邑楽郡館林町(現・館林市)出身。
一橋大学出身      出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者
 83  長谷川才次    青森市Wikipedia
長谷川 才次(はせがわ さいじ、1903年(明治36年)10月1日 - 1978年(昭和53年)3月10日)は、時事通信社の初代代表取締役。時事画報社、内外ニュースの創業者。勲一等瑞宝章受章。
 84  前田實    Wikipedia
前田實(まえた みのる、1903年(明治36年)5月4日 - 1983年(昭和58年)11月15日)は、日本の銀行家。元秋田銀行頭取、会長および相談役を務めた。
 85  鈴木松雄    葉山町Wikipedia
鈴木 松雄(すずき まつお、1903年(明治36年) - 1978年(昭和53年)9月6日)は、日本の実業家、工学者。東京工業大学電気工学科教授。工学博士(東京帝国大学)。昭和電線電䌫(現・昭和電線ホールディングス)社長・会長・相談役やCQ出版社長、多摩電気工業(現・KOA)社長などを歴任した。
 86  岩谷直治    大田市Wikipedia
岩谷 直治(いわたに なおじ、1903年3月7日 - 2005年7月19日)は、日本の実業家。 エネルギー商社、岩谷産業の創業者で名誉会長を務めた。1985年に勲二等瑞宝章を授与された。
 87  永田清    久留米市Wikipedia
永田 清(ながた きよし、1903年(明治36年)1月27日 - 昭和32年(1957年)11月3日)は、日本の経済学者、のち実業家。
 88  桜井三郎右衛門    出雲市Wikipedia
桜井 三郎右衛門(さくらい さぶろうえもん、明治36年(1903年)12月9日 - 平成3年(1991年)3月24日)は、日本の実業家、政治家。旧姓は大村、幼名は泰吉。桜井家第12代当主。
 89  大槻文平    丸森町Wikipedia
大槻 文平(おおつき ぶんぺい、1903年9月27日 - 1992年8月9日)は、宮城県生まれの日本の実業家。三菱鉱業セメント社長、三菱鉱業会長、旧日経連(現経団連)会長を歴任した。宮城県名誉県民。
 90  片山直憲    和気町Wikipedia
片山 直憲(かたやま なおのり、1903年7月25日 - 1982年1月2日)は、岡山県生まれの元通産官僚。通産省鉱山保安局鉱山課長等を経て退官後は、弁理士、大日本企業(株)取締役(三菱地所の関連企業、不動産業)、戸田修三学長時代に学校法人中央大学学外評議員を務めた。かつて代議士の書生をしていた経緯から、親交があった元三菱信託銀行会長千頭暎臣の推薦により、弁理士および中央大学評議員としての貢献が評価され、1979年春の叙勲で勲五等雙光旭日章を受章した。
 91  石井健一郎    Wikipedia
石井 健一郎 (いしい けんいちろう、1903年9月19日 - 2001年4月29日)は、元大同特殊鋼社長。同社名誉会長。元日経連副会長。愛知県経営者協会元会長。香川県高松市出身。
名古屋大学出身      出身の名古屋大学の出身者      全国の名古屋大学の出身者
 92  土川元夫    一宮市Wikipedia
土川 元夫(つちかわ もとお、明治36年(1903年)6月20日 - 昭和49年(1974年)1月27日)は日本の実業家。
 93  尾上壽作    姫路市Wikipedia
尾上 壽作(おのえ じゅさく、1903年(明治36年) - 1998年(平成10年))は、日本の実業家。グローリー工業社長。国栄機械製作所(現グローリー)創業者尾上作兵衛の三男。グローリー名誉会長尾上壽男の父。
 94  藤井松太郎    Wikipedia
藤井 松太郎(ふじい まつたろう、1903年(明治36年)10月5日 - 1988年(昭和63年)2月4日)は、日本の鉄道技術者。第7代日本国有鉄道(国鉄)総裁(在任1973年 - 1976年)。太っ腹の親分肌といわれ、トンネルや橋梁の技術に精通していたことから“トンネル松”と呼ばれていた。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 95  大庭哲夫    Wikipedia
大庭 哲夫(おおば てつお、1903年12月2日 - 1979年3月17日)は、日本の官僚、実業家。バスケットボールの選手、指導者としても活躍した。
 96  富山栄市郎    Wikipedia
富山 栄市郎(とみやま えいいちろう、1903年1月1日 - 1978年9月1日)は、日本の実業家。玩具メーカー・タカラトミーの前身企業・トミーの創業者。埼玉県出身。
 97  佐藤勇二     福山市Wikipedia
佐藤 勇二(さとう ゆうじ、1903年-1977年12月4日)は日本の実業家。三菱自動車工業初代社長。
山口大学出身      出身の山口大学の出身者      全国の山口大学の出身者
 98  吉田秀雄    Wikipedia
吉田 秀雄(よしだ ひでお、1903年11月9日 - 1963年1月27日)は、日本の実業家。電通の経営者で、「鬼十則」を作るなど広告の鬼と呼ばれていた。
 99  松尾静麿    武雄市Wikipedia
松尾 靜麿(まつお しずま、1903年2月17日 - 1972年12月31日)は、元運輸省航空庁長官および元日本航空社長・会長。佐賀県杵島郡若木村(後の武雄市)出身。連合国軍最高司令官総司令部によって航空事業が壊滅的な打撃を受けた中、民間航空の再建に取り組み、フラッグキャリアの日本航空の設立に実現したことから戦後日本航空業界の父と言われる。
 100  佐伯勇    西条市Wikipedia
佐伯 勇(さえき いさむ、1903年〈明治36年〉3月25日 - 1989年〈平成元年〉10月5日)は実業家。近畿日本鉄道(近鉄)の元社長、会長、名誉会長で、近鉄グループの総帥。プロ野球・近鉄バファローズのオーナーでもあった。アメリカの大陸横断鉄道の2階建てドームカーを参考にした、世界で初めての2階建電車による特急車のビスタカーの生みの親でもある。
 101  長谷川保    Wikipedia
長谷川 保(はせがわ たもつ 、1903年9月3日 - 1994年4月29日)は、日本の福祉事業家、教育者、政治家。
 102  牧田與一郎    静岡市Wikipedia
牧田 與一郎(まきた よいちろう、1903年1月15日 - 1971年12月7日)は日本の実業家。三菱重工業社長として三菱グループを指導し、三菱自動車工業を設立。「牧田天皇」「横紙破り」[2]「赤鬼のオマキ」[2]と呼ばれた。
 103  柴野安三郎    小樽市Wikipedia
柴野 安三郎 (しばの やすさぶろう、1903年 - 1995年1月7日)は、実業家。北海道交通株式会社代表取締役社長。
 104  江戸英雄    つくば市Wikipedia
江戸 英雄(えど ひでお、1903年7月17日 - 1997年11月13日)は、日本の実業家。三井不動産の復興に尽力し、社長、会長職を務めた。また、東京ディズニーランド、筑波研究学園都市の建設にも力を注いだ。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者


デザイナー
 105  原弘    飯田市Wikipedia
原 弘(はら ひろむ、1903年6月22日 - 1986年3月26日)は昭和期の日本を代表するグラフィックデザイナーの一人。


その他芸術家
 106  丹羽修二    Wikipedia
丹羽 修二(にわ しゅうじ、1903年4月5日 - 没年不明)は、刀工。岐阜県重要無形文化財。 加治田上町の刀鍛冶丹羽兼松の長男。


軍人
 107  親泊朝省    Wikipedia
親泊 朝省(おやどまり ちょうせい、1903年(明治36年)9月18日 - 1945年(昭和20年)9月3日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大佐。沖縄県出身。大本営陸軍部報道部部長、内閣情報局情報官。
 108  大蔵栄一    日田市Wikipedia
大蔵 栄一(おおくら えいいち、1903年9月11日 - 1979年1月29日)は、日本の陸軍軍人。二・二六事件当時の革新派青年将校の中心的人物。
 109  猪口力平    鳥取市Wikipedia
猪口 力平(いのぐち りきへい、1903年10月17日 - 1983年7月13日)は、鳥取県出身の日本海軍軍人。 海兵52期。最終階級は海軍大佐。戦後改姓し、詫間 力平(たくま りきへい)となった。神風特別攻撃隊の命名者。
 110  加藤建夫    旭川市Wikipedia
加藤 建夫(かとう たてお、1903年(明治36年)9月28日 - 1942年(昭和17年)5月22日)は、日本の陸軍軍人、戦闘機操縦者。最終階級は陸軍少将。位階勲等は従四位勲三等功二級。北海道上川郡東旭川村(現:旭川市東旭川町)出身。旭川中学(現:北海道旭川東高等学校)、仙台陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校(専科)卒。
 111  村中孝次    旭川市Wikipedia
村中 孝次(むらなか たかじ[注釈 1]、1903年10月3日 - 1937年8月19日)は、日本の陸軍軍人、国家社会主義者。
 112  立花止    Wikipedia
立花 止(たちばな いたる、1903年(明治36年)3月29日 - 1954年(昭和29年)6月7日)は、日本の海軍軍人。米国駐在時代に情報活動に従事しFBIに逮捕され国外追放処分を受ける(立花事件)。最後の連合艦隊参謀の一人である。最終階級は海軍大佐。
 113  加藤建夫    杉並区Wikipedia
加藤 建夫(かとう たてお、1903年(明治36年)9月28日 - 1942年(昭和17年)5月22日)は、日本の陸軍軍人、戦闘機操縦者。最終階級は陸軍少将。位階勲等は従四位勲三等功二級。北海道上川郡東旭川村(現:旭川市東旭川町)出身。旭川中学(現:北海道旭川東高等学校)、仙台陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校(専科)卒。
 114  山本祐二    鹿児島市Wikipedia
山本 祐二(やまもと ゆうじ、1903年(明治36年)1月17日 - 1945年(昭和20年)4月7日)は、日本の海軍軍人(海兵51期卒)。戦艦「大和」を旗艦とする第二艦隊の沖縄海上特攻作戦(坊ノ岬沖海戦)で戦死。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍少将。
海軍兵学校出身      出身の海軍兵学校の出身者      全国の海軍兵学校の出身者
 115  内藤雄    Wikipedia
内藤 雄(ないとう たけし、1903年(明治36年)8月17日 - 1944年(昭和19年)3月31日)は、日本の海軍軍人(海兵52期、海大36期卒)。太平洋戦争において艦隊参謀職を歴任した後、海軍乙事件で殉職。殉職による一階級昇進で最終階級は海軍大佐。
 116  横田稔    Wikipedia
横田 稔(よこた みのる、1903年(明治36年)4月1日 - 没年不明)は、日本の海軍軍人、宣教師。空母「サラトガ」、軽巡洋艦「ジュノー」を雷撃し、前者を3ヶ月間戦線離脱させ、後者を撃沈した「伊26」潜水艦長である。最終階級は海軍大佐。戦後は長谷川と改姓。高校教師として教鞭をとり、またキリスト教宣教師となった。


官僚
 117  加藤祐三郎    Wikipedia
加藤 祐三郎(かとう ゆうさぶろう、1903年(明治36年)3月30日 - 没年不詳)は、日本の内務官僚。第二次世界大戦末期の情報局第二部長として録音盤事件に際会。戦後は公職追放を経て、東北開発株式会社の副総裁を務めた。


学者・教授・准教授
 118  倉沢剛    Wikipedia
倉沢 剛(くらさわ たかし、1903年9月22日 - 1986年9月4日)は、教育学・教育史学者。
 119  井森陸平    郡上市Wikipedia
井森 陸平(ゐもり りくへい、1903年3月26日 - 1982年12月29日)は、日本の社会学者、甲南大学名誉教授(文学博士)。専門は、農村社会学、産業社会学。
 120  秋山謙蔵    庄原市Wikipedia
秋山 謙蔵(あきやま けんぞう、1903年(明治36年)2月1日 - 1978年(昭和53年)3月5日)は日本の歴史学者。号は一石。
 121  小津安二郎    野田市Wikipedia
小津 安二郎(おづ やすじろう、1903年(明治36年)12月12日 - 1963年(昭和38年)12月12日)は、日本の映画監督・脚本家。「小津調」と称される独特の映像世界で優れた作品を次々に生み出し、世界的にも高い評価を得ている。「小津組」と呼ばれる固定されたスタッフやキャストで映画を作り続けたが、代表作にあげられる『東京物語』をはじめ、女優の原節子と組んだ作品群が特に高く評価されている。伊勢松阪の豪商・小津家の子孫にあたり、一族には国学者の本居宣長がいる。日本映画監督協会会員。
 122  相良守次    Wikipedia
相良 守次(さがら もりじ、1903年5月8日 - 1986年11月7日)は、日本の心理学者、東京大学名誉教授。栄典は、正四位・勲三等旭日中綬章。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 123  朝倉和夫    東川町Wikipedia
朝倉 和夫(あさくら かずお、1903年 - 1986年)は、日本の会計学者・公認会計士・高校教員、札幌商科大学名誉教授。北海道札幌啓北商業高等学校元校長。
 124  小槙孝二郎    有田川町Wikipedia
小槙 孝二郎(こまき こうじろう、1903年1月30日 - 1969年5月3日)は、日本のアマチュア天文家。日本の流星観測のネットワークを組織。
 125  入江啓四郎    米子市Wikipedia
入江 啓四郎(いりえ けいしろう、1903年4月20日 - 1978年8月13日)は、日本の国際法学者・ジャーナリスト。
 126  森克己    Wikipedia
森 克己(もり かつみ、1903年9月26日 - 1981年4月26日)は、日本の歴史学者。専門は対外関係史。元中央大学教授。
 127  森本六爾    桜井市Wikipedia
森本 六爾(もりもと ろくじ、1903年3月2日 - 1936年1月22日)は、日本の考古学者。
 128  齊藤金作    Wikipedia
齊藤 金作(さいとう きんさく、1903年2月6日 - 1969年11月25日)は、日本の刑法学者。従四位勲三等旭日中綬章。埼玉県出身。
 129  金井幸佐久    Wikipedia
金井 幸佐久(かない こうさく、1903年1月19日 - 没年不明)は、日本の郷土史家。群馬県吾妻郡中之条町出身。
 130  都築頼助    美馬市Wikipedia
都築 賴助(つづき よりすけ、1903年8月3日 - 1972年10月28日)は日本の教育者、都築学園グループの創始者。妻は都築貞枝、次男は都築泰壽。
九州帝国大学出身      出身の九州帝国大学の出身者      全国の九州帝国大学の出身者
 131  高橋虔    明石市Wikipedia
高橋 虔(たかはし まさし、1903年(明治36年) - 1992年(平成4年)7月30日)は、日本の神学者、聖書学者。
同志社大学出身      出身の同志社大学の出身者      全国の同志社大学の出身者
 132  鈴木勝    Wikipedia
鈴木 勝(すずき まさる、1903年(明治36年) - 1987年(昭和62年))は、日本の歯学者(医学博士)。第六代日本大学総長、第四代、第五代日本歯科医学会会長。
 133  会田由    Wikipedia
会田 由(あいだ ゆう、1903年4月3日 - 1971年2月27日)は、スペイン文学者。
 134  堀越二郎    Wikipedia
堀越 二郎(ほりこし じろう、1903年6月22日 - 1982年1月11日)は、日本の航空技術者。位階は従四位。勲等は勲三等。学位は工学博士(東京大学・1965年)。零戦の設計者として有名。
 135  梶和三郎    三豊市Wikipedia
梶 和三郎(かじ わさぶろう、1903年 - 1983年11月6日)は、日本の教育者。元灘高等学校校長。
筑波大学出身      出身の筑波大学の出身者      全国の筑波大学の出身者
 136  吉田富三    Wikipedia
吉田 富三(よしだ とみぞう、1903年(明治36年)2月10日 - 1973年(昭和48年)4月27日)は、日本の病理学者。ラットの腹水癌である吉田肉腫と腹水肝癌の発見で実験腫瘍学に新たな扉を開いた。財団法人癌研究会癌研究所長、日本学士院会員、日本学術会議会員・副会長(第6期)、国語審議会委員(第1-6期)などを務めた。福島県石川郡浅川村(現・浅川町)生まれ。テレビディレクターの吉田直哉は長男である。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 137  錦織清治    出雲市Wikipedia
錦織 清治(にしきおり せいじ、1903年(明治36年)10月1日 - 1969年(昭和44年)3月17日)は日本の金属工学者。
東北大学出身      出身の東北大学の出身者      全国の東北大学の出身者
 138  矢口孝次郎    Wikipedia
矢口 孝次郎(やぐち たかじろう、1903年10月4日 - 1978年11月12日)は、日本の経済学者。関西大学教授、第22代関西大学学長、第4期・6期・7期・8期日本学術会議会員、文部省の学術奨励審議会専門委員等を歴任。
 139  増田渉    松江市Wikipedia
増田 渉(ますだ わたる、1903年10月12日 - 1977年3月10日)は、中国文学者。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 140  前嶋信次    Wikipedia
前嶋 信次(まえじま しんじ、1903年7月20日 - 1983年6月3日)は、日本のイスラム史、東洋史家、東洋学者。
東京外国語大学出身      出身の東京外国語大学の出身者      全国の東京外国語大学の出身者
 141  原田慶吉    神戸市Wikipedia
原田 慶吉(はらだ けいきち、1903年7月30日 - 1950年9月1日)は、日本の法学者。専門はローマ法。兵庫県神戸市出身。
 142  三上章    Wikipedia
三上 章(みかみ あきら、1903年1月26日 - 1971年9月16日)は、日本の言語学者。
 143  梅根悟    Wikipedia
梅根 悟(うめね さとる、1903年9月12日 - 1980年3月13日)は、日本の教育学者。専門は西洋教育史。福岡県生まれ。東京教育大学名誉教授・和光大学初代学長。
東京教育大学出身      出身の東京教育大学の出身者      全国の東京教育大学の出身者
 144  森嘉兵衛    Wikipedia
森 嘉兵衛(もり かへえ、1903年6月15日 - 1981年4月8日)は、日本の歴史学者、岩手大学名誉教授。経済学博士。
法政大学出身      出身の法政大学の出身者      全国の法政大学の出身者
 145  佐中壮    境港市Wikipedia
佐中 壮(さなか そう、明治36年(1903年) - 平成4年(1992年))は、日本の東洋史学者。大阪府立大学名誉教授。
 146  日高孝次    Wikipedia
日高 孝次(ひだか こうじ、1903年11月4日 - 1984年8月5日)は、日本の海洋物理学者である。弟は歴史学者の日高次吉。
 147  筒井嘉隆    大阪市Wikipedia
筒井 嘉隆(つつい よしたか、1903年2月19日 - 1989年4月17日)は、日本の動物学者で自然保護活動家。血液型はA型。
 148  中野好夫    徳島市Wikipedia
中野 好夫(なかの よしお、1903年(明治36年)8月2日 - 1985年(昭和60年)2月20日)は、日本の英文学者、評論家。英米文学翻訳者の泰斗であり、訳文の闊達さでも知られている。
 149  藤井龍心    泉佐野市Wikipedia
藤井 龍心(ふじい りゅうしん、1903年7月21日 - 1998年4月13日)は、日本の仏教学者、僧侶。種智院大学教授。真言宗智山派管長。智積院65世能化。専門は密教学。真言宗清和院住職。義父に、智積院55世能化の高井観海。
大正大学出身      出身の大正大学の出身者      全国の大正大学の出身者


研究者・研究家・発明家
 150  鮫島宗雄    南種子町Wikipedia
鮫島 宗雄(さめじま むねお、1903年2月10日 - 1947年8月6日)は、昭和初期の日本の臨床医師、医学研究者(医学博士)。南洋庁立の病院の医師として、トラック医院、パラオ医院、ヤップ医院、ヤルート医院、ポナペ医院で現地日本人およびミクロネシア人を診察した。その傍ら、ミクロネシア人についての医学的、人類学的、疫学的研究をおこなった。
 151  綿谷雪    Wikipedia
綿谷 雪(わたたに きよし、1903年(明治36年)1月17日 - 1983年(昭和58年)5月18日)は、日本の作家、時代考証家、日本武術(古武道)史研究家。和歌山県和歌山市出身。神戸第二中学校から1930年早稲田大学政治経済学部卒。在学中から真山青果に師事し、創作、歴史考証を学ぶ。
早稲田大学出身      出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 152  美作太郎    熊本市Wikipedia
美作 太郎(みまさか たろう、1903年9月17日 - 1989年7月3日)は昭和期の編集者、出版会社経営者、出版学研究者。
 153  庄司浅水    Wikipedia
庄司 浅水(しょうじ せんすい、1903年11月10日 - 1991年9月7日)は、日本のノンフィクション作家、書誌学研究家。
 154  印南高一    飯田市Wikipedia
印南 高一(いんなみ こういち、1903年4月30日 - 2001年12月19日)は、日本の演出家、演劇研究者(大学教授)。印南 喬(いんなみ たかし)の筆名がある。本名の印南高一に、「いんなみ たかいち」のルビを振る著書もある。


画家・写真家・書道家・彫刻家・陶芸家
 155  藤野天光    館林市Wikipedia
藤野 天光(ふじの てんこう、1903年(明治36年)9月27日[注釈 1] - 1974年(昭和49年)12月30日)は日本の彫刻家。本名は藤野隆秋。号は当初舜正(しゅんせい)、後に天光に改めた。
 156  林雲渓    Wikipedia
林 雲渓(林 雲谿、はやし うんけい、本名:林 勇、1903年(明治36年)1月6日 - 1990年(平成2年)9月11日)は、徳島県麻植郡鴨島町(現吉野川市)出身の南画家。日本画家。
 157  奈良岡正夫    弘前市Wikipedia
奈良岡 正夫(ならおか まさお、本名:奈良岡政雄、1903年(明治36年)6月15日 - 2004年(平成16年)5月5日)は、日本の洋画家。女優・奈良岡朋子の父である。
 158  山口正城    旭川市Wikipedia
山口 正城(やまぐち まさき、1903年1月22日 - 1959年12月5日)とは、日本の画家、グラフィックデザイナー、デザイン・図案に関する教育者。
 159  棟方志功    青森市Wikipedia
棟方 志功(むなかた しこう、1903年(明治36年)9月5日 - 1975年(昭和50年)9月13日)は日本人の板画家。青森県出身。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。
 160  野口謙蔵    東近江市Wikipedia
野口 謙蔵(のぐち けんぞう、1903年(明治34年)6月17日 - 1944年(昭和19年)7月5日)は、日本の洋画家。滋賀県出身。
 161  後藤はつの    妙高市Wikipedia
後藤 はつの(ごとう はつの、1903年(明治36年)9月1日 - 2017年(平成29年)5月15日)は、日本の画家。
 162  岩橋英遠    相模原市Wikipedia
岩橋 英遠(いわはし えいえん、1903年1月12日 - 1999年7月12日)は、日本画家、文化勲章受章者、日本芸術院会員。
 163  一木万寿三    滝川市Wikipedia
一木 万寿三(いちき ますみ、戸籍上では「萬壽三」、1903年 - 1981年)は洋画家。
 164  岩橋英遠    滝川市Wikipedia
岩橋 英遠(いわはし えいえん、1903年1月12日 - 1999年7月12日)は、日本画家、文化勲章受章者、日本芸術院会員。
 165  棟方志功    杉並区Wikipedia
棟方 志功(むなかた しこう、1903年(明治36年)9月5日 - 1975年(昭和50年)9月13日)は、日本の板画家。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。
 166  深沢紅子    盛岡市Wikipedia
深沢 紅子(ふかざわ こうこ、1903年3月23日 - 1993年3月25日)は、日本の洋画家。岩手県盛岡市出身。夫深沢省三も洋画家・童画家。戦前戦後を通じ、堀辰雄や立原道造らの本の装幀のほか、童話の挿絵なども多く手がけた。深沢夫妻は作品を描き続ける一方、絵画指導を通じて児童教育にも熱心に携わった。
 167  三岸好太郎    札幌市Wikipedia
三岸 好太郎(みぎし こうたろう、1903年4月18日 - 1934年7月1日)は、北海道札幌市出身の日本の洋画家である。戦前のモダニズムを代表する洋画家の1人。同じ洋画家の三岸節子(旧姓・吉田)は妻。作家の子母沢寛は三岸の異父兄にあたる。
 168  松下春雄    名古屋市Wikipedia
松下 春雄(まつした はるお、1903年3月2日 - 1933年12月31日)は、大正~昭和初期に美術グループ「サンサシオン」で鬼頭鍋三郎らとともに活躍した洋画家である。
 169  藤野天光    館山市Wikipedia
藤野 天光(ふじの てんこう、男性、1903年9月27日 - 1974年12月30日 )は日本の彫刻家。本名は藤野隆秋。別号は舜正。
 170  宮城与徳    Wikipedia
宮城 与徳(正字:宮城 與德、みやぎ よとく、1903年2月10日 - 1943年8月2日)は、日本の洋画家、左翼運動家、社会運動家。「南龍一」と名乗り、ゾルゲ諜報団に参加した。ソ連のスパイとしてゾルゲ事件に関与して逮捕され、拘留先で病死した。
 171  小栗美二    Wikipedia
小栗 美二(おぐり よしじ、1903年4月27日) - 1969年1月29日)は、日本の画家、映画・演劇の美術装置家、タイポグラフィ作家である。日活京都撮影所美術部長、京都市立美術大学(現在の京都市立芸術大学)教授を歴任した。サイレント映画時代の字幕に独特のタイポグラフィを残し、溝口健二の映画に多くクレジットされ、のちに溝口の『折鶴お千』等では美術装置をデザインし美術家として参加している[2]。
 172  小磯良平    神戸市Wikipedia
小磯 良平(こいそ りょうへい、1903年7月25日 - 1988年12月16日)は、日本の昭和期に活躍した洋画家である。
東京芸術大学出身      出身の東京芸術大学の出身者      全国の東京芸術大学の出身者
 173  小林勇    Wikipedia
小林 勇(こばやし いさむ、1903年3月27日 - 1981年11月20日)は、編集者、随筆家、画家。号は冬青。岩波書店の創業者の女婿であり、同社会長を務めた。
 174  安井仲治    Wikipedia
安井 仲治(やすい なかじ、1903年12月15日 - 1942年3月15日)は、戦前の関西のアマチュア写真家の1人。関西で活動した。


政治家・議員・首長
 175  井村重雄    Wikipedia
井村 重雄(いむら しげお、1903年1月28日 - 1972年3月22日)は、石川県出身の医師、政治家。金沢市長(2期)。衆議院議員(3期)。
金沢大学出身      出身の金沢大学の出身者      全国の金沢大学の出身者
 176  久保田円次    Wikipedia
久保田 円次(くぼた えんじ、1903年8月23日 - 1998年2月1日)は、日本の政治家、実業家。元衆議院議員、防衛庁長官。 群馬県生まれ。
 177  羽田武嗣郎    長和町Wikipedia
羽田 武嗣郎(はた ぶしろう、1903年4月28日 - 1979年8月8日)は、日本の政治家。衆議院議員。元内閣総理大臣・羽田孜の父。
東北大学出身      出身の東北大学の出身者      全国の東北大学の出身者
 178  福井勇    蒲郡市Wikipedia
福井 勇(ふくい いさむ、1903年5月20日 - 2006年8月14日)は、日本の昭和期の政治家。自由民主党所属の衆議院議員、参議院議員を務めた。
静岡大学出身      出身の静岡大学の出身者      全国の静岡大学の出身者
 179  岩本政一    札幌市Wikipedia
岩本 政一(いわもと まさいち、1903年 - 1979年)は、日本の政治家、実業家。元参議院議員(自由民主党・1期)。
 180  古井喜実    八頭町Wikipedia
古井 喜実(ふるい よしみ、1903年1月4日 - 1995年2月3日)は、日本の内務官僚、政治家。本名は古井 喜實(読み方は同じ)。日中友好議員連盟会長を務めた。
 181  細田義安ー    小平市Wikipedia
細田 義安(ほそだ ぎあん、1903年(明治36年)3月 - 1962年(昭和37年)9月28日)は、東京都出身の都職員、政治家(衆議院議員)、弁護士。
 182  中川俊思    新宿区Wikipedia
中川 俊思(ながかわ しゅんじ、1903年1月20日 - 1973年11月30日)は、日本の政治家。衆議院議員(8期)。前衆議院議員中川秀直の義父、前衆議院議員中川俊直の祖父。
 183  北野重雄    Wikipedia
北野 重雄(きたの しげお、1903年4月29日 - 1990年3月16日)は、昭和時代の日本の官僚。群馬県知事。勲一等瑞宝章・従三位。
 184  高橋等     福山市Wikipedia
高橋 等(たかはし ひとし、1903年3月20日 - 1965年8月10日)は、日本の逓信官僚、政治家。法務大臣。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 185  增原惠吉    Wikipedia
増原 惠吉(ますはら けいきち、明治36年(1903年)1月13日 - 昭和60年(1985年)10月11日)は、日本の内務・防衛官僚、政治家。香川県知事、参議院議員(自民党)、行政管理庁長官、北海道開発庁長官、防衛庁長官を歴任した。
 186  斎藤昇    伊賀市Wikipedia
斎藤 昇(さいとう のぼる、1903年(明治36年)1月28日 - 1972年(昭和47年)9月8日)は、日本の内務官僚、政治家。運輸大臣・厚生大臣・警察庁長官。参議院議長を務めた斎藤十朗は子息。
東京帝国大学出身      出身の東京帝国大学の出身者      全国の東京帝国大学の出身者
 187  神田博    阿賀町Wikipedia
神田 博(かんだ ひろし、1903年12月25日 – 1977年6月30日)は、昭和期の政治家。厚生大臣。
法政大学出身      出身の法政大学の出身者      全国の法政大学の出身者
 188  和田博雄    川越市Wikipedia
和田 博雄(わだ ひろお、1903年2月17日 - 1967年3月4日)は、日本の政治家。第1次吉田内閣で農林大臣、片山内閣で国務大臣経済安定本部総務長官、その後、日本社会党書記長、日本社会党副委員長を歴任する。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 189  辻一三    音戸町Wikipedia
辻 一三(つじ いちぞう、1903年3月14日 - 1989年9月6日)は、昭和期の日本の政治家で、公選3人目の佐世保市長である。同市名誉市民。
長崎大学出身      出身の長崎大学の出身者      全国の長崎大学の出身者
 190  戸叶武    宇都宮市Wikipedia
戸叶 武(とかの たけし、1903年2月11日 – 1982年12月25日)は、日本の政治家。日本社会党選出の参議院議員(4期)。妻は衆議院議員の戸叶里子。
早稲田大学出身      出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 191  奥田良三    大和郡山市Wikipedia
奥田 良三(おくだ りょうぞう、1903年(明治36年)5月15日 - 1989年(平成元年)12月22日)は、日本の内務官僚、政治家。奈良県知事(1951年~1980年)・官選群馬県知事(1947年)・全国知事会長(1976年~1980年)。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 192  清滝幸次郎    池田市Wikipedia
清滝 幸次郎(清瀧 幸次郎、きよたき こうじろう、1903年(明治36年)12月31日 - 1984年(昭和59年)3月14日[3])は、日本の政治家・池田市議[4]、実業家。池田銀行頭取。南海毛糸紡績、宝塚ホテル、能勢電気各取締役。池田商工会議所会頭。元・池田銀行頭取清滝一也は養子。プリンストン大学教授清滝信宏は孫。
 193  三木行治    岡山市Wikipedia
三木 行治(みき ゆきはる、1903年5月1日 - 1964年9月21日)は、日本の医師、政治家。岡山県知事。水島臨海工業地帯の誘致など岡山県の発展に貢献したことが認められ、日本人で初めてマグサイサイ賞を受賞した。
九州大学出身      出身の九州大学の出身者      全国の九州大学の出身者
 194  野田卯一    岐阜市Wikipedia
野田 卯一(のだ ういち、1903年(明治36年)9月10日 – 1997年(平成9年)1月29日)は、日本の政治家。池田勇人・福田赳夫とともに、「大蔵省の3田」と呼ばれた。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 195  山口好一    栃木市Wikipedia
山口 好一(やまぐち こういち、1903年11月 - 1969年3月19日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員(7期)。弁護士。
 196  吉武恵市    Wikipedia
吉武 恵市(よしたけ えいち、1903年2月25日 – 1988年2月3日)は、昭和期の政治家・官僚。労働大臣・厚生大臣・自治大臣。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 197  蜂須賀正氏    熱海市Wikipedia
蜂須賀 正氏(はちすか まさうじ、1903年2月15日 - 1953年5月14日)は、日本の鳥類学者、華族(侯爵)、貴族院議員、探検家、飛行家。絶滅鳥ドードー研究の権威として知られた他、沖縄本島と宮古島との間に引かれた生物地理学上の線である蜂須賀線に名をとどめている。
ケンブリッジ大学モードリン・カレッジ出身      出身のケンブリッジ大学モードリン・カレッジの出身者      全国のケンブリッジ大学モードリン・カレッジの出身者
 198  安里積千代    座間味村Wikipedia
安里 積千代(あさと つみちよ、1903年8月22日 - 1986年9月30日)は、八重山群島政府及び琉球政府の政治家。元衆議院議員(沖縄社会大衆党→民社党)。
日本大学出身      出身の日本大学の出身者      全国の日本大学の出身者
 199  蜂須賀正氏    徳島市Wikipedia
蜂須賀 正氏(はちすか まさうじ、1903年2月15日 - 1953年5月14日)は、日本の鳥類学者、華族(侯爵)、貴族院議員、探検家、飛行家。絶滅鳥ドードー研究の権威として知られた他、沖縄本島と宮古島との間に引かれた生物地理学上の線である蜂須賀線に名をとどめている。
 200  川島金次    さいたま市Wikipedia
川島 金次(かわしま きんじ、1903年(明治36年)9月23日 - 1956年(昭和31年)3月26日)は、日本の新聞記者、政治家。衆議院議員、大宮市名誉市民(さいたま市名誉市民)。
 201  中村清    志摩市Wikipedia
中村 清(なかむら きよし、1903年(明治36年)5月25日 – 1993年(平成5年)11月15日)は、日本の内務官僚、政治家。三重県副知事、衆議院議員。
 202  冲永荘兵衛    Wikipedia
冲永 荘兵衛(おきなが しょうべい、1903年12月8日 - 1981年2月21日)は、日本の政治家、教育者。
日本大学出身      出身の日本大学の出身者      全国の日本大学の出身者
 203  増原惠吉    宇和島市Wikipedia
増原 惠吉(ますはら けいきち、1903年(明治36年)1月13日 - 1985年(昭和60年)10月11日)は、日本の内務・防衛官僚、政治家。香川県知事、参議院議員(自民党)、行政管理庁長官、北海道開発庁長官、防衛庁長官を歴任した。
東京帝国大学出身      出身の東京帝国大学の出身者      全国の東京帝国大学の出身者
 204  高橋衛    Wikipedia
高橋 衛(たかはし まもる、1903年2月26日 - 1986年4月26日)は、日本の台湾総督府・大蔵官僚、政治家。参議院議員、経済企画庁長官。


評論家
 205  窪川鶴次郎    菊川市Wikipedia
窪川 鶴次郎(くぼかわ つるじろう、1903年2月25日 - 1974年6月15日)は、日本の文芸評論家。
 206  今日出海    函館市Wikipedia
今 日出海(こん ひでみ、1903年(明治36年)11月6日 - 1984年(昭和59年)7月30日)は日本の小説家、評論家、舞台演出家。初代文化庁長官を務めた。
 207  中野好夫    Wikipedia
中野 好夫(なかの よしお、1903年(明治36年)8月2日 - 1985年(昭和60年)2月20日)は、日本の英文学者、評論家。英米文学翻訳者の泰斗であり、訳文の闊達さでも知られている。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 208  中島健蔵    千代田区Wikipedia
中島 健蔵(なかじま けんぞう、1903年(明治36年)2月21日 - 1979年(昭和54年)6月11日)は、フランス文学者、文芸評論家。ヴァレリーやボードレールなどを翻訳紹介する一方、当時まだ無名だった宮澤賢治の作品に光を当て、戦後はいわゆる進歩的知識人の一人として反戦平和運動に貢献すると共に、日本文芸家協会の再建や著作権保護、日中の文化交流に尽力した。中国切手の世界的なコレクターとしても有名である。
信州大学出身      出身の信州大学の出身者      全国の信州大学の出身者
 209  丸岡秀子    Wikipedia
丸岡 秀子(まるおか ひでこ、1903年5月5日 - 1990年5月25日)は、社会評論家。
 210  竹山道雄    Wikipedia
竹山 道雄(たけやま みちお、1903年7月17日 - 1984年6月15日)は、日本の評論家、ドイツ文学者、小説家。日本芸術院会員。第一高等学校教授、東京大学教養学部教授などを歴任した。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 211  加瀬俊一    Wikipedia
加瀬 俊一(かせ としかず、1903年(明治36年)1月12日 - 2004年(平成16年)5月21日)は、日本の外交官、外交評論家。第二次世界大戦前後に活躍し、国際連合加盟後初の国連大使や外務省顧問、内閣総理大臣顧問などを歴任した。外交評論家の加瀬英明は息子。
一橋大学出身      出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者


宗教家・思想家・運動家
 212  葉上照澄    和気町Wikipedia
葉上 照澄(はがみ しょうちょう、1903年8月15日 - 1989年3月7日)は、天台宗僧侶、大阿闍梨、延暦寺長﨟で初代印度山日本寺竺主および世界連邦日本宗教委員会会長である。また、ローマ教皇パウロ6世と接見し、平和のために働くことを誓い合う。ニューヨーク大聖堂において法話が実現し、宗教を超えた世界平和を訴え、後に世界宗教サミットを実現させた。南海ホークス時代の野村克也の後援会長を務めていた。
 213  関牧翁    下仁田町Wikipedia
関牧翁(せき ぼくおう、1903年(明治36年)4月15日 - 1991年(平成3年)2月13日)は、日本臨済宗の僧侶。
 214  寺本恵真    南富良野町Wikipedia
寺本 恵真(てらもと えしん、1903年3月10日 - 1970年1月12日)は、日本の真宗大谷派の僧侶。教育者。学校経営者。札幌大谷短期大学初代学長。
 215  丸山邦雄    飯山市Wikipedia
丸山 邦雄 (まるやま くにお、1903年(明治36年)6月2日 - 1981年(昭和56年)10月17日)は、日本の経済学者、社会運動家、明治大学教授。
 216  重松鶴之助    松山市Wikipedia
重松 鶴之助(しげまつ つるのすけ、1903年 - 1938年11月30日)は、日本の画家で、左翼運動家。愛媛県松山市生まれ。
 217  秋笹政之輔    Wikipedia
秋笹 政之輔(あきささ まさのすけ、1903年1月16日 - 1943年7月15日)は、日本の戦前の政治運動家。日本共産党中央委員、「赤旗」編集長。
 218  西田信春    新十津川村Wikipedia
西田 信春(にしだ のぶはる、1903年1月12日 - 1933年2月11日)は、日本の戦前の社会運動家。
東京大学出身      出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 219  押川方義    Wikipedia
J.C.ヘボン · D・タムソン S・R・ブラウン · J・H・バラ メアリー・キダー 島田三郎 · 植村正久 押川方義 · 井深梶之助 奥野昌綱 · 小川義綏 鈴木親長 · 稲垣信 篠崎桂之助 · 伊東友賢 熊野雄七 · 山本秀煌


俳人・歌人・詩人・歌人
 220  小野十三郎    Wikipedia
小野 十三郎(おの とおざぶろう、本名は小野 藤三郎、男性、1903年(明治36年)7月27日 - 1996年(平成8年)10月8日)は詩人。
東洋大学出身      出身の東洋大学の出身者      全国の東洋大学の出身者
 221  榎本栄一    南あわじ市Wikipedia
榎本 栄一(えのもと えいいち、1903年10月 - 1998年10月18日)は、仏教詩人。
 222  前川佐美雄    葛城市Wikipedia
前川 佐美雄(まえかわ さみお、1903年2月5日 - 1990年7月15日)は、歌人。元日本芸術院会員。妻の前川緑、長男の前川佐重郎も歌人。
 223  橋本夢道    藍住町Wikipedia
橋本 夢道(はしもと むどう、1903年4月11日 - 1974年10月9日)は、徳島県出身の俳人。本名橋本淳一。自由律の俳人として知られ、プロレタリア俳句運動の中心人物の一人として活動した。
 224  北畠八穂    我孫子市Wikipedia
北畠 八穂(きたばたけ やお[3] 1903年(明治36年)10月5日 - 1982年(昭和57年)3月18日)は青森県出身の作家、児童文学者、詩人。本名、北畠美代。
 225  山之口貘    那覇市Wikipedia
山之口 貘(やまのくち ばく、1903年(明治36年)9月11日 - 1963年(昭和38年)7月19日)は、沖縄県那覇区(那覇市)東町大門前出身の詩人である。本名は、山口 重三郎(やまぐち じゅうさぶろう)。薩摩国(移住当時、後大隅国)口之島から、琉球王国へ移住した帰化人の子孫。197編の詩を書き4冊の詩集を出した。
 226  高木恭造    Wikipedia
高木 恭造(たかぎ きょうぞう、1903年10月12日 - 1987年10月23日)は、日本の方言詩人(津軽弁)、医師。
 227  北畠八穂    Wikipedia
北畠 八穂(きたばたけ やお[2][3] 1903年(明治36年)10月5日 - 1982年(昭和57年)3月18日)は青森県出身の作家、児童文学者、詩人。本名、北畠美代。
 228  知里幸恵    登別市Wikipedia
知里 幸恵(ちり ゆきえ、1903年(明治36年)6月8日 - 1922年(大正11年)9月18日)は、北海道登別市出身のアイヌ人女性。19年という短い生涯ではあったが、その著書『アイヌ神謡集』の出版が、絶滅の危機に追い込まれていたアイヌ民族・アイヌ伝統文化の復権復活へ重大な転機をもたらしたことで知られる。
 229  サトウハチロー    新宿区Wikipedia
サトウ ハチロー(1903年(明治36年)5月23日 - 1973年(昭和48年)11月13日)は、日本の詩人、童謡作詞家、作家。本名は佐藤 八郎(さとう はちろう)。別名に、陸奥速男、山野三郎、玉川映二、星野貞志、清水操六、並木せんざなどがある。旧制早稲田中学校(現早稲田中学校・高等学校)中退。作家の佐藤愛子は異母妹にあたる。
 230  金子みすゞ    長門市Wikipedia
金子 みすゞ(かねこ みすず、1903年(明治36年)4月11日 - 1930年(昭和5年)3月10日)は、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本の童謡詩人。本名、金子 テル(かねこ テル)。
 231  大久保武雄    西通町Wikipedia
大久保 武雄(おおくぼ たけお、1903年11月24日 - 1996年10月14日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)。俳人でもあり、俳号は大久保橙青(おおくぼ とうせい)と言う。勲一等瑞宝章。
 232  富松良夫    都城市Wikipedia
富松 良夫(とみまつ よしお、1903年3月 - 1954年11月)は、日本の詩人、作詞家、文芸評論家。
 233  瀧口修造    富山市Wikipedia
瀧口 修造(たきぐち しゅうぞう、1903年(明治36年)12月7日 - 1979年(昭和54年)7月1日)は、近代日本を代表する美術評論家、詩人、画家。戦前・戦後の日本における正統シュルレアリスムの理論的支柱であり、近代詩の詩人とは一線を画す存在。
慶應義塾大学出身      出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 234  芝不器男    Wikipedia
芝 不器男(しば ふきお、1903年(明治36年)4月18日 - 1930年(昭和5年)2月24日)は、愛媛県出身の俳人。「天の川」の代表作家として活躍、「ホトトギス」でも四S以降の新人として注目されたが、句歴四年、26歳で夭折した。
 235  草野心平    Wikipedia
草野心平(くさの しんぺい、1903年(明治36年)5月12日 - 1988年(昭和63年)11月12日)は日本の詩人。福島県石城郡上小川村(現・いわき市小川町)出身。
慶應義塾大学出身      出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者


その他の職業
 236  志賀夘助    十日町市Wikipedia
志賀 夘助(しが うすけ、1903年1月6日 - 2007年4月15日)は、日本の昆虫調査機器商、昆虫商。
 237  金子文子    山梨市Wikipedia
金子 文子(かねこ ふみこ、1903年1月25日 - 1926年7月23日)は、大正期日本のアナキスト。関東大震災の2日後に、治安警察法に基づく予防検束の名目で、愛人(内縁の夫)[注 1]である朝鮮人朴烈と共に検挙され、十分な逮捕理由はなかったとされたが、予審中に爆弾を入手しようとしていたこと、朴が大正天皇と皇太子の殺害を計画していたとほのめかし、文子も朴に共感して天皇否定と爆殺・大日本帝国滅亡を必要だと論じたために、大逆罪で起訴され、有罪となった。朴烈事件後に天皇の慈悲として無期懲役に減刑された。宇都宮刑務所栃木支所で無期懲役中に獄死した。韓国では大日本帝国滅亡と天皇爆殺の必然性を主張した在日朝鮮人無政府主義者を支持した「良心的日本人」だとされていて、2018年11月17日には建国勲章(愛国章)が追叙された[3]。
 238  小出保太郎    敦賀市Wikipedia
小出 保太郎(こいで やすたろう、1903年(明治36年)3月13日 - 2016年(平成28年)1月19日)は、名古屋市守山区に在住していた[3]長寿の男性である。2015年7月5日から死去するまでの間、ギネス世界記録に認定されていた世界最高齢の男性であった[4]。
 239  中尾純利    阿久根市Wikipedia
中尾純利(なかお すみとし、1903年 - 1960年4月26日)は日本のパイロットである。1939年(昭和14年)8月、世界一周親善飛行を行った純国産機、「ニッポン号」の機長を務めた。
 240  武原はん    徳島市Wikipedia
武原 はん(たけはら はん、1903年(明治36年)2月4日 - 1998年(平成10年)2月5日)は、昭和期に活躍した上方舞の日本舞踊家である。本名・武原幸子。


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