出身で1855年生まれの有名人

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演奏家・作詞家・作曲家・ミュージシャン
 1  田中穂積    Wikipedia
田中 穂積(たなか ほづみ、Tanaka Hozumi, (1855年12月22日(安政2年 旧暦11月14日) - 1904年(明治37年)12月31日)は、現在の山口県岩国市出身の作曲家、海軍軍人。


ジャーナリスト
 2  桐原捨三    鴻巣市Wikipedia
桐原 捨三(きりはら すてぞう、1855年(安政2年) - 1926年(昭和元年))は、明治期の教育者、ジャーナリスト。大阪商業講習所所長。
慶應義塾大学出身      出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者


格闘技
 3  西ノ海嘉治郎 (初代)    薩摩川内市Wikipedia
西ノ海 嘉治郎(にしのうみ かじろう、1855年2月19日(安政2年1月3日) - 1908年(明治41年)11月30日)は、薩摩国高城郡(現:鹿児島県薩摩川内市)出身の元大相撲力士。第16代横綱。本名は小園 嘉次郎(おぞの かじろう)。
 4  鏡岩源之助    笠松町Wikipedia
鏡岩 源之助(かがみいわ げんのすけ、? - 1855年9月29日(安政2年8月19日)は、美濃国羽栗郡(現:岐阜県羽島郡笠松町)出身の大相撲力士。本名は加藤 助三郎(かとう すけさぶろう)。


作家・小説家・エッセイ・文筆・翻訳家・編集者・評論家
 5  松沢求策    安曇野市Wikipedia
松沢 求策(まつざわ きゅうさく、安政2年6月15日(1855年7月28日) - 明治20年(1887年)6月25日)は、長野県安曇野市出身の自由民権家。


弁護士
 6  伊藤修    杵築市Wikipedia
伊藤 修(いとう おさむ、1855年(安政2年)-1920年(大正9年))は日本の弁護士。東京法学社(現・法政大学)の創立者の一人。


経営者・実業家
 7  長谷川藤次郎    Wikipedia
長谷川 藤次郎(はせがわ とうじろう、1855年5月21日(安政2年4月6日) - 1933年(昭和8年)2月17日)は、日本の起業家。青森県八戸地方などで水産業に携わる一方で、漁網の改良により近代漁業の基礎を築いた。
 8  丸山芳介    Wikipedia
丸山 芳介(まるやま よしすけ、1855年6月12日(安政2年4月28日)[2] - 1922年(大正11年)10月11日)は、日本の武士(会津藩藩士)、実業家、政治家である。戊辰戦争を戦ったのち、土木請負業を営む実業家となり、姫路において各種事業に関わる。姫路市商業会会長、衆議院議員一期。
 9  岡部長職    岸和田市Wikipedia
岡部 長職(おかべ ながもと、1855年1月3日(嘉永7年11月15日) - 1925年(大正14年)12月27日)は、和泉岸和田藩の第13代(最後)の藩主で、明治・大正時代の政治家・外交官。英国公使館参事官、外務次官、司法大臣、東京府知事、枢密顧問官、法律取調委員会会長などを歴任。岸和田藩岡部家14代。官位は正二位勲一等子爵。
 10  墨宇吉    一宮市Wikipedia
墨 宇吉(すみ うきち、1855年5月7日(安政2年3月21日) - 1938年(昭和13年)5月14日)は、尾張国葉栗郡玉ノ井村生まれの実業家。


医師・看護師
 11  西郷吉義    Wikipedia
西郷 吉義(さいごう よしみち、1855年12月15日(安政2年11月7日) - 1927年(昭和2年)9月3日)は、明治期から大正期の医師、医学博士、陸軍軍医学校長、宮内省侍医・宮中顧問官を歴任する。


軍人
 12  一戸兵衛    弘前市Wikipedia
一戸 兵衛(いちのへ ひょうえ、安政2年6月20日(1855年8月2日) - 1931年(昭和6年)9月2日)は、日本陸軍の軍人。教育総監、軍事参議官、第1・第4・第17師団長を歴任し、軍を退いてからは学習院院長・明治神宮宮司・帝国在郷軍人会長等の公職に就く。官位は陸軍大将従二位勲一等功二級。
学習院大学出身      出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 13  仙波太郎    Wikipedia
仙波 太郎(せんば たろう、1855年6月5日(安政2年4月21日) - 1929年2月19日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。衆議院議員。
 14  小泉正保    水戸市Wikipedia
小泉 正保(こいずみ まさやす、1855年4月29日(安政2年3月13日) - 1917年(大正6年)10月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 15  東條英教    Wikipedia
東條 英教(とうじょう ひでのり、安政2年11月8日(1855年12月16日) - 大正2年(1913年)12月16日)は、日本の陸軍軍人、陸軍中将。陸軍大学校第一期生で、首席卒業の穎才として知られる。東條英機の実父である。日本体育会体操練習所(現日本体育大学)所長を務めた。
 16  西村精一    Wikipedia
西村 精一(にしむら せいいち、1855年7月21日(安政2年6月8日) - 1924年3月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家、華族。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。


官僚
 17  新妻駒五郎    Wikipedia
新妻 駒五郎(にいづま こまごろう、1855年(安政2年)10月 - 1937年(昭和12年)8月12日)は、幕末の会津藩士。明治、大正期の警察官、大分県知事、小倉市長である。


公務員
 18  赤羽四郎    Wikipedia
赤羽 四郎(あかばね しろう、1855年(安政2年2月)- 1910年(明治43年)1月28日)は、幕末の会津藩士で明治時代の外交官。日露戦争時のスペイン公使。


学者・教授・准教授
 19  穂積陳重    Wikipedia
穂積 陳重(ほづみ のぶしげ、1855年8月23日(安政2年7月11日) - 1926年(大正15年)4月7日)は、明治から大正期の日本の法学者。日本初の法学博士の一人。東京帝国大学法学部長。英吉利法律学校(中央大学の前身)の創立者の一人。貴族院議員(勅選)。男爵。枢密院議長。勲一等旭日桐花大綬章。現在の愛媛県宇和島市出身。
 20  末岡精一    田布施町Wikipedia
末岡 精一(すえおか せいいち、旧字体:末岡 精一、1855年8月2日(安政2年6月20日) - 1894年(明治27年)1月22日)は明治時代の日本の法学者。法学博士。
 21  菊池大麓    Wikipedia
菊池 大麓(きくち だいろく、1855年3月17日(安政2年1月29日) - 1917年(大正6年)8月19日)は、明治から大正にかけて活躍した日本の数学者、教育者、政治家。男爵。
学習院大学出身      出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者


政治家・議員・首長
 22  井島茂作    四日市市Wikipedia
井島 茂作(いじま もさく、1855年9月18日(安政2年8月8日)-1925年(大正14年)8月31日)は、三重県四日市市(伊勢国)出身の政治家、教育者、実業家。第2代四日市市長(官選市長)。
 23  奈須川光宝    Wikipedia
奈須川 光宝(なすがわ みつとみ、1855年(安政2年7月) - 1926年(昭和元年)12月29日)は、日本の政治家。青森県八戸町長、衆議院議員。
 24  住田善平    米子市Wikipedia
住田 善平(安政2年(1855年)11月7日 - 明治39年(1906年)9月8日)は、日本の実業家、政治家。住田呉服店の主人。旧姓瀬尾。元米子銀行監査役。初代米子町名誉助役。第四代米子町長。
 25  福岡精一    豊田市Wikipedia
福岡 精一(ふくおか せいいち、安政2年4月8日(1855年5月23日) - 昭和17年(1942年)4月9日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、弁護士。
 26  川上親晴    Wikipedia
川上 親晴(かわかみ ちかはる、1855年7月6日(安政2年5月23日) - 1944年(昭和19年)5月12日)は、日本の警察・内務官僚、政治家。県知事、京都市長、警視総監、貴族院議員。
 27  犬養毅    Wikipedia
犬養 毅(いぬかい つよし[注釈 1]、1855年6月4日(安政2年4月20日) - 1932年(昭和7年)5月15日)は、日本の政治家。位階は正二位。勲等は勲一等。通称は仙次郎。号は木堂、子遠。
二松學舍大学出身      出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 28  寺原長輝    Wikipedia
寺原 長輝(てらはら おさてる / ながてる、1855年3月2日(安政2年1月14日)- 1912年(大正元年)12月23日)は、日本の内務官僚、政治家。官選県知事、貴族院勅選議員、錦鶏間祗候。幼名・研輔。一時、園田家の養子となる。
 29  斉藤斐    守谷市Wikipedia
斉藤 斐(さいとう あきら、1855年6月28日(安政2年5月15日) - 1938年(昭和13年)12月9日)は、日本の政治家、実業家。衆議院議員。
 30  松本節造    境港市Wikipedia
松本 節造(まつもと せつぞう、1855年9月18日(安政2年8月8日) - 1933年(昭和8年)11月24日)は日本の政治家。渡村長(第2代)、渡村会議員。
 31  依田仙右衛門    佐久市Wikipedia
依田 仙右衛門(よだ せんえもん、安政2年6月27日〈1855年8月9日〉 - 1923年〈大正12年〉)は、明治から大正時代の政治家、貴族院多額納税者議員。長野県北佐久郡南御牧村長。幼名は亀太郎直温。
 32  鈴木藤三郎    森町Wikipedia
鈴木 藤三郎(すずき とうざぶろう、1855年12月26日(安政2年11月18日) - 1913年(大正2年)9月4日)は、日本の発明家・実業家・政治家(衆議院議員)。「日本製糖業の父」といわれる。
 33  佐々木正蔵    小郡市Wikipedia
佐々木 正蔵(ささき しょうぞう、安政2年10月21日(1855年11月30日) - 昭和11年(1936年)2月7日)は、明治・大正期に活動した治水家・政治家(衆議院議員)。


宗教家・思想家・運動家
 34  杉浦重剛    大津市Wikipedia
杉浦 重剛(すぎうら じゅうごう、安政2年3月3日(1855年4月19日)- 大正13年(1924年2月13日)は、明治・大正時代の国粋主義的教育者・思想家。幼名は謙次郎。父は膳所藩の儒者杉浦重文。近江国膳所藩(現・滋賀県大津市)出身。
 35  土宜法龍    名古屋市Wikipedia
土宜 法龍(どき ほうりゅう、安政2年(1855年)1月8日 - 大正12年(1923年)1月10日)は近代日本仏教史代表する仏教学者、僧侶。字は覚意、号は雲外、木母堂、幼名は光九、土岐とも書く。高野山学林長、仁和寺門跡(36代)、真言宗御室派管長、真言宗各派連合総裁、高野山真言宗管長などを歴任。
慶應義塾大学出身      出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者


その他の職業
 36  熾仁親王妃董子    新発田市Wikipedia
熾仁親王妃董子(たるひとしんのうひ ただこ、1855年6月25日(安政2年5月12日) - 1923年(大正12年)2月7日)は、明治時代から大正時代にかけての皇族。有栖川宮熾仁親王の2番目の親王妃である。
 37  松平忠敬    行田市Wikipedia
松平 忠敬(まつだいら ただのり、安政2年7月14日(1855年8月26日) - 大正8年(1919年)11月15日)は、武蔵忍藩の第5代(最後)の藩主。奥平松平家13代。
 38  仙台四郎    Wikipedia
仙台 四郎(せんだい しろう、1855年頃 - 1902年頃)は、江戸時代末から明治時代にかけて、現在の宮城県仙台市に実在した人物。旧字体で「仙臺四郎」とも書く。本名は通説では芳賀 四郎であるが、親族によれば「芳賀 豊孝」。


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