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北海道
 1  荒城二郎    北海道    札幌市Wikipedia
荒城 二郎(あらき じろう、1880年(明治13年)11月6日 - 1952年(昭和27年)6月3日)は、北海道出身[1](本籍は東京都[1])の海軍軍人(中将)。兄の卓爾は陸軍少将。妹は井上達三の妻[2]で、井上成美とは縁戚関係にあった。
 2  有末精三    北海道    美唄市Wikipedia
有末 精三(ありすえ せいぞう、1895年(明治28年)5月22日 - 1992年(平成4年)2月14日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 3  有末次    北海道    美唄市Wikipedia
有末 次(ありすえ やどる、1897年2月7日 - 1943年8月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 4  尾崎義春    北海道    旭川市Wikipedia
尾崎 義春(おざき よしはる、1890年4月20日 - 1973年9月19日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。北海道旭川市出身。
 5  加藤建夫    北海道    旭川市Wikipedia
加藤 建夫(かとう たてお、1903年(明治36年)9月28日 - 1942年(昭和17年)5月22日)は、日本の陸軍軍人、戦闘機操縦者。最終階級は陸軍少将。位階勲等は従四位勲三等功二級。北海道上川郡東旭川村(現:旭川市東旭川町)出身。旭川中学(現:北海道旭川東高等学校)、仙台陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校(専科)卒。
 6  佐々木武雄    北海道    小樽市Wikipedia
佐々木 武雄(ささき たけお, 1905年3月7日 - 1986年3月20日[注釈 1])は、日本の陸軍軍人。最終階級は予備役大尉[2]。
 7  真田穣一郎    北海道    美唄市Wikipedia
真田 穣一郎(さなだ じょういちろう、1897年(明治30年)11月21日 - 1957年(昭和32年)8月3日)は、日本の陸軍軍人。
 8  田中新一    北海道    釧路市Wikipedia
田中 新一(たなか しんいち、1893年(明治26年)3月18日- 1976年(昭和51年)9月24日)は、大正・昭和時代の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 9  中永太郎    北海道    旭川市Wikipedia
中 永太郎(なか えいたろう、1893年9月17日 - 1969年4月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 10  村中孝次    北海道    旭川市Wikipedia
村中 孝次(むらなか たかじ[1][注釈 1]、1903年10月3日 - 1937年8月19日)は、日本の陸軍軍人、国家社会主義者。
 11  江口良友    北海道    小樽市Wikipedia
江口 良友(えぐち よしとも、1921年(大正10年) - )は、日本の工学者・農学者・元軍人。農学博士(北海道大学)。専門は、微生物工学。北海道におけるバイオ研究の大家。特定非営利活動法人北海道バイオ産業振興協会顧問。静修短期大学元学長。北海道小樽市出身
北海道大学出身      北海道出身の北海道大学の出身者      全国の北海道大学の出身者
 12  函館大経    北海道    様似町Wikipedia
函館 大経(はこだて だいけい〈ひろつねと読むこともある〉、1847年 - 1907年)は、日本のホースマンの始祖のひとりとされる人物。元大日本帝国陸軍軍人、北海道開拓使職員、北海道庁職員。


青森県
 13  一戸兵衛    青森県    弘前市Wikipedia
一戸 兵衛(いちのへ ひょうえ、安政2年6月20日(1855年8月2日) - 1931年(昭和6年)9月2日)は、日本陸軍の軍人。教育総監、軍事参議官、第1・第4・第17師団長を歴任し、軍を退いてからは学習院院長・明治神宮宮司・帝国在郷軍人会長等の公職に就く。官位は陸軍大将従二位勲一等功二級。
学習院大学出身      青森県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 14  中村良三    青森県    弘前市Wikipedia
中村良三(なかむら りょうぞう、1878年(明治11年)7月26日-1945年(昭和20年)3月1日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将、位階勲等は正三位 勲一等 功五級。米内内閣の内閣参議。
 15  松山祐三    青森県    Wikipedia
松山 祐三(まつやま ゆうぞう、1889年2月1日 - 1947年1月11日)は、日本の陸軍軍人。陸士22期。最終階級は陸軍中将。
 16  山田幸五郎    青森県    Wikipedia
山田 幸五郎(やまだ こうごろう、1889年9月10日 - 1982年7月23日)は、日本光学界の先駆者、海軍軍人、理学博士。最終階級は海軍技術少将。主に幾何光学中心に、光学機械、光学兵器の開発に寄与した。
 17  蝦名賢造    青森県    Wikipedia
蝦名 賢造(えびな けんぞう、1918年(大正7年)1月22日 - 2009年(平成21年)1月3日[1][2][3])は日本の海軍軍人、経済学者、伝記作家。経済学博士。専門は財政学。青森県東津軽郡小湊町出身。


岩手県
 18  米内光政    岩手県    盛岡市Wikipedia
米内 光政(よない みつまさ、1880年(明治13年)3月2日 - 1948年(昭和23年)4月20日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功一級。第23代連合艦隊司令長官。第39-41、49-52代海軍大臣。第37代内閣総理大臣。
1880年3月2日生まれ      3月2日生まれの人      岩手県出身の1880年生まれ      世界の1880年生まれの人
 19  東條英機    岩手県    盛岡市(※出生地は東京市)Wikipedia
東條 英機(とうじょう ひでき、1884年(明治17年)7月30日(戸籍上は12月30日) - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級は陸軍大将従二位勲一等功二級。現在の百科事典や教科書等では新字体で東条 英機と表記されることが多い[注 3]。軍人および政治家として関東軍参謀長(第10代)、陸軍航空総監(初代)、陸軍大臣(第50-52代)、内閣総理大臣(第40代)、内務大臣(第64代)、外務大臣(第66代)、文部大臣(第53代)、商工大臣(第25代)、軍需大臣(初代)などを歴任した。
1884年12月30日生まれ      12月30日生まれの人      岩手県出身の1884年生まれ      世界の1884年生まれの人
 20  東條英機    岩手県    盛岡市(※出生地は東京市)Wikipedia
東條 英機(とうじょう ひでき、1884年(明治17年)7月30日(戸籍上は12月30日) - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級は陸軍大将従二位勲一等功二級。現在の百科事典や教科書等では新字体で東条 英機と表記されることが多い[注 3]。軍人および政治家として関東軍参謀長(第10代)、陸軍航空総監(初代)、陸軍大臣(第50-52代)、内閣総理大臣(第40代)、内務大臣(第64代)、外務大臣(第66代)、文部大臣(第53代)、商工大臣(第25代)、軍需大臣(初代)などを歴任した。
1884年12月30日生まれ      12月30日生まれの人      岩手県出身の1884年生まれ      世界の1884年生まれの人
 21  板垣征四郎    岩手県    Wikipedia
板垣 征四郎(いたがき せいしろう、1885年(明治18年)1月21日 - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。栄典は従四位・勲一等瑞宝章・功三級(昭和13年6月3日時点)。満州国軍政部最高顧問、関東軍参謀長、陸軍大臣などを務めた。
1885年1月21日生まれ      1月21日生まれの人      岩手県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 22  及川古志郎    岩手県    Wikipedia
及川 古志郎(おいかわ こしろう、1883年(明治16年)2月8日 - 1958年(昭和33年)5月9日)は、日本の海軍軍人。新潟県古志郡出身の。海兵31期。海軍大学校13期。最終階級は海軍大将。第2次近衛内閣・第3次近衛内閣で海軍大臣。第18代軍令部総長。
 23  斎藤実    岩手県    Wikipedia
斎藤 実(さいとう まこと、旧字体:齋藤 實、1858年12月2日(安政5年10月27日) - 1936年(昭和11年)2月26日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級は海軍大将。位階は従一位。勲等は大勲位。功級は功二級。爵位は子爵。出生時の名前は富五郎(とみごろう)といったが、海軍兵学校卒業後に改名した。号は皋水(こうすい)。
1858年12月2日生まれ      12月2日生まれの人      岩手県出身の1858年生まれ      世界の1858年生まれの人
 24  東條英教    岩手県    Wikipedia
東條 英教(とうじょう ひでのり、安政2年11月8日(1855年12月16日) - 大正2年(1913年)12月16日)は、日本の陸軍軍人、陸軍中将。陸軍大学校第一期生で、首席卒業の穎才として知られる。東條英機の実父である。日本体育会体操練習所(現日本体育大学)所長を務めた。
 25  板垣征四郎    岩手県    Wikipedia
板垣 征四郎(いたがき せいしろう、1885年(明治18年)1月21日 - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。栄典は従四位・勲一等瑞宝章・功三級(昭和13年6月3日時点)。満州国軍政部最高顧問、関東軍参謀長、陸軍大臣などを務めた。
1885年1月21日生まれ      1月21日生まれの人      岩手県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 26  栃内曽次郎    岩手県    Wikipedia
栃内 曽次郎(とちない そうじろう、慶応2年6月8日(1866年7月19日) - 昭和7年(1932年)7月12日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。晩年には貴族院議員を務めた。
 27  及川古志郎    岩手県    Wikipedia
及川 古志郎(おいかわ こしろう、1883年(明治16年)2月8日 - 1958年(昭和33年)5月9日)は、日本の海軍軍人。新潟県古志郡出身の。海兵31期。海軍大学校13期。最終階級は海軍大将。第2次近衛内閣・第3次近衛内閣で海軍大臣。第18代軍令部総長。
 28  山屋他人    岩手県    Wikipedia
山屋 他人(やまや たにん、慶応2年3月4日(1866年)4月18日 - 昭和15年(1940年)9月10日)は、日本の海軍軍人。海軍大将。皇太子徳仁親王妃雅子は曾孫にあたる[1]。
 29  斎藤実    岩手県    Wikipedia
斎藤 実(さいとう まこと、旧字体:齋藤 實、1858年12月2日(安政5年10月27日) - 1936年(昭和11年)2月26日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級は海軍大将。位階は従一位。勲等は大勲位。功級は功二級。爵位は子爵。出生時の名前は富五郎(とみごろう)といったが、海軍兵学校卒業後に改名した。号は皋水(こうすい)。
1858年12月2日生まれ      12月2日生まれの人      岩手県出身の1858年生まれ      世界の1858年生まれの人
 30  米内光政    岩手県    Wikipedia
米内 光政(よない みつまさ、1880年(明治13年)3月2日 - 1948年(昭和23年)4月20日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功一級。第23代連合艦隊司令長官。第39-41、49-52代海軍大臣。第37代内閣総理大臣。
1880年3月2日生まれ      3月2日生まれの人      岩手県出身の1880年生まれ      世界の1880年生まれの人
 31  東條英教    岩手県    Wikipedia
東條 英教(とうじょう ひでのり、安政2年11月8日(1855年12月16日) - 大正2年(1913年)12月16日)は、日本の陸軍軍人、陸軍中将。陸軍大学校第一期生で、首席卒業の穎才として知られる。東條英機の実父である。日本体育会体操練習所(現日本体育大学)所長を務めた。
 32  多田武雄    岩手県    Wikipedia
多田 武雄(ただ たけお、1890年10月7日 - 1953年3月3日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 33  栃内曽次郎    岩手県    Wikipedia
栃内 曽次郎(とちない そうじろう、慶応2年6月8日(1866年7月19日) - 昭和7年(1932年)7月12日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。晩年には貴族院議員を務めた。
 34  山屋他人    岩手県    Wikipedia
山屋 他人(やまや たにん、慶応2年3月4日(1866年)4月18日 - 昭和15年(1940年)9月10日)は、日本の海軍軍人。海軍大将。皇太子徳仁親王妃雅子は曾孫にあたる[1]。
 35  多田武雄    岩手県    Wikipedia
多田 武雄(ただ たけお、1890年10月7日 - 1953年3月3日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。


宮城県
 36  安藤利吉    宮城県    Wikipedia
安藤 利吉(あんどう りきち、1884年(明治17年)4月3日 - 1946年(昭和21年)4月19日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功二級。宮城県仙台市出身。旧制宮城県第二中学校、陸軍士官学校16期。陸軍大学校26期。第19代台湾総督。
1884年4月3日生まれ      4月3日生まれの人      宮城県出身の1884年生まれ      世界の1884年生まれの人
 37  今村均    宮城県    Wikipedia
今村 均(いまむら ひとし、1886年6月28日 - 1968年10月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。宮城県仙台市出身。
 38  多田駿    宮城県    Wikipedia
多田 駿(ただ はやお[1]、1882年(明治15年)2月24日 - 1948年(昭和23年)12月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。宮城県仙台市生まれ。生家は旧仙台藩(伊達藩)士である。
1882年2月24日生まれ      2月24日生まれの人      宮城県出身の1882年生まれ      世界の1882年生まれの人
 39  松川敏胤    宮城県    Wikipedia
松川 敏胤(まつかわ としたね、安政6年11月9日(1859年12月2日) - 昭和3年(1928年)3月7日)は、日本の陸軍軍人。軍事参議官・朝鮮軍司令官・東京衛戍総督や第10・第16師団長を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功二級に至る。宮城県仙台市出身。
二松學舍大学出身      宮城県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 40  安部孝一    宮城県    Wikipedia
安部 孝一(あべ こういち、1892年11月16日 - 1977年10月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 41  阿部平輔    宮城県    Wikipedia
阿部 平輔(あべ へいすけ、1886年(明治19年)12月18日 - 1943年(昭和18年)6月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 42  大場四平    宮城県    Wikipedia
大場 四平(おおば しへい、1890年1月14日 - 1963年7月25日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 43  伊藤忍    宮城県    Wikipedia
伊藤 忍(いとう しのぶ、1894年3月15日 - 1995年11月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。陸軍運輸部内で上陸作戦の専門家として認められた人物[1]。
 44  井上達三    宮城県    Wikipedia
井上 達三(いのうえ たつぞう、1877年(明治10年) - 1950年(昭和25年))は、大日本帝国陸軍の軍人。陸軍中将。
東北学院大学出身      宮城県出身の東北学院大学の出身者      全国の東北学院大学の出身者
 45  梅沢道治    宮城県    Wikipedia
梅沢 道治(うめざわ みちはる、嘉永6年10月4日(1853年11月4日) - 1924年(大正13年)1月10日)は、日露戦争で活躍した大日本帝国陸軍軍人。近衛歩兵第2旅団長、第6師団長を歴任し、陸軍中将勲一等功二級に昇る。
 46  笠原幸雄    宮城県    Wikipedia
笠原 幸雄(かさはら ゆきお、1889年(明治22年)11月6日 - 1988年(昭和63年)1月2日)は、日本の陸軍軍人。陸軍中将。ロシア通の参謀として知られていた。
 47  斎藤義次    宮城県    Wikipedia
斎藤 義次(さいとう よしつぐ、1890年11月23日 - 1944年7月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 48  佐伯文郎    宮城県    Wikipedia
佐伯 文郎(さえき ぶんろう、1890年1月13日 - 1967年6月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 49  桜田武    宮城県    Wikipedia
桜田 武(さくらだ たけし、1891年12月8日 - 1943年9月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 50  永沼秀文    宮城県    Wikipedia
永沼 秀文(ながぬま ひでふみ、1866年11月10日(慶応2年10月4日) - 1939年(昭和14年)2月1日)は、日本の陸軍軍人。陸士旧8期。
 51  片倉衷    宮城県    Wikipedia
片倉 衷(かたくら ただし、1898年(明治31年)5月18日 - 1991年(平成3年)7月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 52  東海林俊成    宮城県    Wikipedia
東海林 俊成(しょうじ とししげ/としなり、1890年10月27日 - 1974年12月10日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。
 53  万城目武雄    宮城県    Wikipedia
万城目 武雄(まんじょうめ たけお、1891年1月25日 - 1975年3月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。
 54  遊佐幸平    宮城県    Wikipedia
遊佐 幸平(ゆさ こうへい、1883年7月25日 - 1966年11月25日)は、日本の陸軍軍人。「馬の神様」の異名があった馬術家で、日露戦争では騎兵として戦功をあげ、個人感状を授与される[1]。個人技としての馬術、調教にも優れたが、馬政方面でも功績があった。最終階級は陸軍少将。
 55  甘粕正彦    宮城県    Wikipedia
甘粕 正彦(あまかす まさひこ、1891年(明治24年)1月26日 - 1945年(昭和20年)8月20日)は、日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大尉時代に甘粕事件を起こしたことで有名(無政府主義者大杉栄らの殺害)。短期の服役後、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を行い、満州国建設に一役買う。満洲映画協会理事長を務め、終戦直後、服毒自殺した。
1891年1月26日生まれ      1月26日生まれの人      宮城県出身の1891年生まれ      世界の1891年生まれの人
 56  井上成美    宮城県    Wikipedia
井上 成美(いのうえ しげよし[注釈 1]、1889年(明治22年)12月9日 - 1975年(昭和50年)12月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。海軍大将となった最後の軍人[7]。
1889年12月9日生まれ      12月9日生まれの人      宮城県出身の1889年生まれ      世界の1889年生まれの人
 57  山梨勝之進    宮城県    Wikipedia
山梨 勝之進(やまなし かつのしん、1877年(明治10年)7月26日 - 1967年(昭和42年)12月17日)は、日本の海軍の軍人。最終階級は海軍大将。従二位勲一等。
学習院大学出身      宮城県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 58  斎藤七五郎    宮城県    Wikipedia
斎藤 七五郎(さいとう しちごろう、1870年1月13日(明治2年12月12日) - 1926年7月23日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 59  四竈孝輔    宮城県    Wikipedia
四竈 孝輔(しかま こうすけ、1876年10月26日 - 1937年12月12日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。宮城県仙台市出身。
 60  保科善四郎    宮城県    Wikipedia
保科 善四郎(ほしな ぜんしろう、1891年(明治24年)3月8日 - 1991年(平成3年)12月25日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍中将。衆議院議員を4期務めた後、財団法人日本国防協会会長。
1891年3月8日生まれ      3月8日生まれの人      宮城県出身の1891年生まれ      世界の1891年生まれの人
 61  遠藤忍    宮城県    Wikipedia
遠藤 忍(えんどう しのぶ、生年不明 - 1944年(昭和19年)2月15日[注 1])は、日本の海軍軍人(海兵52期卒)。太平洋戦争中に第一次遣独潜水艦作戦を実行した「伊30」潜水艦長である。のち「伊43」潜水艦長として戦死。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍大佐。
 62  斎藤正久    宮城県    Wikipedia
斎藤 正久(さいとう まさひさ、1897年7月20日 - 1996年6月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
 63  菅野直    宮城県    Wikipedia
菅野 直(かんの なおし、1921年(大正10年)9月23日 - 1945年(昭和20年)8月1日)は、日本の海軍軍人。海兵70期。太平洋戦争における撃墜王。戦死認定による二階級特進で最終階級は海軍中佐。
1921年9月23日生まれ      9月23日生まれの人      宮城県出身の1921年生まれ      世界の1921年生まれの人


秋田県
 64  白瀬矗    秋田県    にかほ市Wikipedia
白瀬 矗(しらせ のぶ、文久元年6月13日[1](1861年7月20日) - 昭和21年(1946年)9月4日)は、日本の陸軍軍人、南極探検家。最終階級は陸軍輜重兵中尉。幼名は知教(ちきょう)[2]。
 65  大島久直    秋田県    Wikipedia
大島 久直(おおしま ひさなお、1848年10月1日(嘉永元年9月5日) - 1928年(昭和3年)9月27日)は、日本の陸軍軍人、華族。軍事参議官、教育総監、近衛師団長等を歴任し、官位は陸軍大将正二位勲一等功二級子爵に昇る。
 66  西村祥治    秋田県    男鹿市Wikipedia
西村 祥治(にしむら しょうじ、1889年(明治22年)11月30日 - 1944年(昭和19年)10月25日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。秋田県出身。


山形県
 67  小磯国昭    山形県    Wikipedia
小磯 國昭(こいそ くにあき、1880年(明治13年)3月22日 - 1950年(昭和25年)11月3日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功二級。
 68  山下源太郎    山形県    Wikipedia
山下 源太郎(やました げんたろう、文久3年7月30日(1863年8月26日) - 昭和6年(1931年)2月18日)は、明治、大正時代の日本海軍軍人、華族。位階・勲等・功級・爵位は、海軍大将・正二位・勲一等・功三級・男爵。日露戦争時の軍令部作戦班長(のちの作戦部長)、連合艦隊司令長官、軍令部長などを歴任した。
 69  黒井悌次郎    山形県    Wikipedia
黒井 悌次郎(くろい ていじろう、慶応2年5月22日(1866年7月4日) - 昭和12年(1937年)4月29日)は明治から大正期の日本の海軍軍人。海軍大将。山形県出身。なお、江戸時代の米沢藩士・黒井忠寄との関係は不詳。
 70  南雲忠一    山形県    Wikipedia
南雲 忠一(なぐも ちゅういち、1887年(明治20年)3月25日 - 1944年(昭和19年)7月6日)は、日本の海軍軍人。海兵36期。最終階級は海軍大将。サイパン島において自決。
1887年3月25日生まれ      3月25日生まれの人      山形県出身の1887年生まれ      世界の1887年生まれの人
 71  瀬川章友    山形県    Wikipedia
瀬川 章友(せがわ のりとも、1879年(明治12年)3月6日 - 1938年(昭和13年)2月22日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 72  石原莞爾    山形県    Wikipedia
石原 莞爾(いしわら かんじ[注 1]、明治22年(1889年)1月18日 (戸籍の上では17日)- 昭和24年(1949年)8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。栄典は従四位・勲三等・功三級[1]、「世界最終戦論」など軍事思想家としても知られる。「帝国陸軍の異端児」の渾名が付くほど組織内では変わり者だった。
1889年1月18日生まれ      1月18日生まれの人      山形県出身の1889年生まれ      世界の1889年生まれの人
 73  遠藤三郎    山形県    Wikipedia
遠藤 三郎(えんどう さぶろう、1893年1月2日 - 1984年10月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 74  佐藤幸徳    山形県    Wikipedia
佐藤 幸徳(さとう こうとく、1893年(明治26年)3月5日 - 1959年(昭和34年)2月26日)は、日本の陸軍軍人。陸士25期、陸大33期、最終階級は陸軍中将。山形県出身。インパール作戦において師団の独断退却を行ったことで知られる。
 75  宮下健一郎    山形県    Wikipedia
宮下 健一郎(みやした けんいちろう、1892年(明治25年)3月17日 - 1959年(昭和34年)5月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 76  釜屋忠道    山形県    Wikipedia
釜屋 忠道(かまや ちゅうどう、1862年11月4日(文久2年9月13日) - 1939年(昭和14年1月19日)は日本の海軍軍人。手旗信号の改良で功績があり、日清戦争では第一遊撃隊参謀、日露戦争では「龍田」、「佐渡丸」の艦長として歴戦した海軍中将である。旧名は源五郎。
 77  上泉徳弥    山形県    Wikipedia
上泉 徳弥(かみいずみ とくや、1865年11月13日(慶応元年9月25日) - 1946年11月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 78  佐藤鉄太郎    山形県    Wikipedia
佐藤 鐡太郎(さとう てつたろう、慶応2年7月13日(1866年8月22日) - 昭和17年(1942年)3月4日)は、日本の海軍軍人、貴族院議員、学習院教授。最終階級及び栄典は海軍中将・正三位・勲一等瑞宝章・功三級。山形県鶴岡市出身。
 79  千坂智次郎    山形県    Wikipedia
千坂 智次郎(ちさか ちじろう、慶応4年2月15日(1868年3月8日) - 昭和11年(1936年)2月23日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 80  左近司政三    山形県    Wikipedia
左近司 政三(さこんじ せいぞう、1879年(明治12年)6月27日 - 1969年(昭和44年)8月30日)は、日本の海軍軍人。政治家。最終階級は海軍中将。第3次近衛文麿内閣の商工大臣。鈴木貫太郎内閣の国務大臣。
 81  大湊直太郎    山形県    Wikipedia
大湊 直太郎(おおみなと なおたろう、1879年(明治12年)7月1日 - 1958年(昭和33年)4月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 82  今村信次郎    山形県    Wikipedia
今村 信次郎(いまむら のぶじろう、1880年(明治13年)12月4日 - 1969年(昭和44年)9月1日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 83  片桐英吉    山形県    Wikipedia
片桐 英吉(かたぎり えいきち、1885年9月24日 - 1972年8月16日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 84  平田昇    山形県    Wikipedia
平田 昇(ひらた のぼる、1885年12月1日 - 1958年5月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 85  下村正助    山形県    Wikipedia
下村 正助(しもむら しょうすけ、1885年(明治18年)1月9日 - 1953年(昭和28年)7月30日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。山形県米沢市出身[1]。
 86  小林仁    山形県    Wikipedia
小林 仁(こばやし まさみ/まさし、1890年6月18日 - 1977年8月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。山形県米沢市出身。山形県立米沢中学校、海軍兵学校(38期)卒業。
 87  鈴木義尾    山形県    Wikipedia
鈴木 義尾(すずき よしお、1890年(明治23年)11月15日 - 1944年(昭和19年)11月21日)は、日本の海軍軍人。前名は義雄。主な軍歴を第二艦隊に歩み、太平洋戦争において軍令部第二部長、第三戦隊司令官を歴任。マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦に参戦し、台湾沖で戦死した海軍中将である。
 88  寺岡謹平    山形県    Wikipedia
寺岡 謹平(てらおか きんぺい、1891年3月13日 - 1984年5月2日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 89  阿部孝壮    山形県    Wikipedia
阿部 孝壮(あべ こうそう、1892年3月24日 - 1947年6月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 90  小池正直    山形県    Wikipedia
小池 正直(こいけ まさなお、1854年12月23日(嘉永7年11月4日) - 1914年1月1日[1])は、日本の陸軍軍人。貴族院議員。陸軍軍医総監・正四位・勲一等・功二級・医学博士・男爵。山形県鶴岡市出身。
 91  小池正晁    山形県    Wikipedia
小池 正晁(こいけ まさあき、明治17年(1884年)2月23日 - 昭和16年(1941年)6月18日)は、日本陸軍の軍人。貴族院議員・陸軍軍医総監・正三位・勲二等・医学博士・男爵。男爵・小池正直の長男。東京市小石川(現・東京都文京区小石川)出身。
 92  酒井忠利    山形県    Wikipedia
酒井 忠利(さかい ただとし、安政4年5月12日(1857年6月3日) - 昭和18年(1943年)2月8日)は、日本の海軍軍人。出羽庄内藩主・酒井左衛門尉家の一門で、米津政明の次男、酒井忠発の養子(三男)。伯爵・酒井忠良の養大叔父[2]、子爵・米津政賢の叔父にあたる。備中松山藩主で、子爵・板倉勝定(勝貞)[3]、陸軍大将・西尾寿造は女婿。従四位勳三等功四級。最終階級は海軍少将。
 93  川井巌    山形県    Wikipedia
川井 巌(かわい いわお、1896年(明治29年)9月2日 - 1972年(昭和47年)5月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。山形県山形市出身。
 94  松本毅    山形県    Wikipedia
松本 毅(まつもと たけし、1896年(明治29年)4月14日 - 1962年(昭和37年)5月14日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。山形県鶴岡市出身。開拓使の松本十郎の孫にあたる。
 95  酒井原繁松    山形県    Wikipedia
酒井原 繁松(さかいばら しげまつ、1894年12月28日 - 1947年6月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。
 96  近野信雄    山形県    Wikipedia
近野 信雄(こんの のぶお、1899年7月23日 - 1944年3月13日)は、山形県出身の大日本帝国海軍軍人。海軍兵学校48期卒業。太平洋戦争中に護送船団を指揮するが戦死。最終階級は海軍少将。従四位勳二等[1]。米沢海軍武官会会員[2]。
 97  林大八    山形県    Wikipedia
林 大八(はやし だいはち、1884年(明治17年)9月15日 - 1932年(昭和7年)3月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。従四位・勲三等・功三級。鶴岡鷹匠町(現・鶴岡市)出身。陸軍少尉の林八郎は次男。
 98  神戸次郎    山形県    Wikipedia
神戸 次郎(かんべ じろう、慶応4年(1868年)4月 - 1933年(昭和8年)9月30日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級。田川郡日枝村(現・鶴岡市)出身。
 99  大井 篤    山形県    Wikipedia
大井 篤(おおい あつし、1902年(明治35年)12月11日 - 1994年(平成6年)12月27日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校51期。最終階級は海軍大佐。
 100  内藤雄    山形県    Wikipedia
内藤 雄(ないとう たけし、1903年(明治36年)8月17日 - 1944年(昭和19年)3月31日)は、日本の海軍軍人(海兵52期、海大36期卒)。太平洋戦争において艦隊参謀職を歴任した後、海軍乙事件で殉職。殉職による一階級昇進で最終階級は海軍大佐。
 101  下村忠助    山形県    Wikipedia
下村 忠助(しもむら ちゅうすけ、1881年〈明治14年〉10月8日[1] - 1916年〈大正5年〉5月31日)は、日本の海軍軍人。 第一次世界大戦で観戦武官として戦死した海軍中佐である。海大甲種10期首席。正六位勲四等功四級。
 102  工藤俊作    山形県    Wikipedia
工藤 俊作(くどう しゅんさく、1901年(明治34年)1月7日 – 1979年(昭和54年)1月12日)は、日本の海軍軍人、最終階級は海軍中佐。1942年3月、駆逐艦「雷」艦長時、スラバヤ沖海戦で撃沈されたイギリス軍艦の漂流乗組員422名の救助を命じ実行させた人物として有名である。
 103  関衛    山形県    Wikipedia
関 衛(せき まもる、生年不明 - 1942年(昭和17年)10月26日)は、日本の海軍軍人。南太平洋海戦において戦死。海兵58期。最終階級は海軍中佐[1]。
 104  藤巻胤家    山形県    Wikipedia
藤巻 胤家(ふじまき たねいえ、嘉永6年12月30日(1854年1月28日) - 1901年(明治34年)12月1日)は、明治時代の陸軍軍人。官位は陸軍歩兵大尉正七位勲四等[1]。山形県士族(1894年(明治27年)に分家後は千葉県士族)。
 105  斎藤元宏    山形県    Wikipedia
斎藤 元宏(さいとう もとひろ、1887年10月10日 - 1916年5月25日)は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中尉。
 106  林八郎    山形県    Wikipedia
林 八郎(はやし はちろう、1914年(大正3年)9月5日 - 1936年(昭和11年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少尉。二・二六事件で反乱部隊の首相官邸襲撃指揮官。


福島県
 107  町野武馬    福島県    Wikipedia
町野 武馬(まちの たけま、1875年(明治8年)11月16日 - 1968年(昭和43年)1月10日)は、日本の陸軍軍人、政治家。張作霖の顧問を務め、最終階級は陸軍大佐。衆議院議員。戦後再建された大日本武徳会会長[1]。
 108  藁谷勇三郎    福島県    Wikipedia
藁谷 勇三郎(わらがや[1][* 1] ゆうさぶろう、1877年(明治10年)4月24日 - 没年不明)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
 109  大越兼吉    福島県    Wikipedia
大越 兼吉(おおこし かねきち、1867年8月26日(旧暦7月27日) - 1905年3月7日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍歩兵中佐。
 110  柴有時    福島県    Wikipedia
柴 有時(しば ありとき、1899年(明治32年)10月13日 - 1940年(昭和15年)1月15日)は、日本の陸軍軍人。十月事件に関与し、二・二六事件では同事件関与の疑いで軍法会議に起訴されるが無罪となる。日中戦争で戦死。最終階級は陸軍中佐。
 111  森雅守    福島県    Wikipedia
森 雅守(もり まさもり、1858年4月4日(安政5年2月21日) - 1894年(明治27年)5月20日)は、日本の陸軍軍人。上原勇作、楠瀬幸彦と三羽烏と謳われた秀才であったが、イタリアで自殺した。最終階級は陸軍砲兵少佐。
 112  長谷川戍吉    福島県    Wikipedia
長谷川 戍吉(はせがわ じゅきち[2]、1868年7月7日(慶応4年5月18日) - 1907年(明治40年)1月21日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争において騎兵挺進隊隊長を務めた、いわゆる長谷川挺進隊の指揮官である。戦後旧部下の不祥事が原因で自決した[2]。最終階級は陸軍騎兵少佐。[* 1]
 113  平石弁蔵    福島県    Wikipedia
平石 弁蔵(ひらいし べんぞう、1873年(明治6年) - 1942年(昭和17年))は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍歩兵少佐。『会津戊辰戦争』の著者として知られる。
 114  猪俣甚弥    福島県    Wikipedia
猪俣 甚弥(いのまた じんや、1916年(大正5年)4月30日 - )は、日本の陸軍軍人。陸軍中野学校1期生[1]で、ポツダム宣言受諾後の皇統護持作戦に参加し、「本丸」計画の責任者であった。最終階級は陸軍少佐。
 115  出羽重遠    福島県    Wikipedia
出羽 重遠(でわ しげとお、安政2年12月10日(1856年1月17日) - 昭和5年(1930年)1月27日)は、日本の海軍軍人、華族。最終階級は海軍大将。栄典は正二位・勲一等・功二級・男爵。
 116  高木武雄    福島県    Wikipedia
高木 武雄(たかぎ たけお、1892年(明治25年)1月25日 - 1944年(昭和19年)7月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。福島県石城郡大野村(現・いわき市)出身[1] 。磐城中学校(現福島県立磐城高等学校)卒。海軍兵学校(39期)、海軍大学校(23期)卒業。幼少のころから頭脳明晰で、同期中最年少の少尉任官であった[2]。海軍兵学校同期に伊藤整一、遠藤喜一、阿部弘毅、岡敬純、角田覚治、原忠一などがいる。
 117  角田秀松    福島県    Wikipedia
角田 秀松(つのだ ひでまつ、1850年3月25日(嘉永3年2月12日) - 1905年12月13日)は、幕末の会津藩士、明治期の日本海軍軍人。最終階級は海軍中将。戊辰戦争において「朝敵」とされた会津藩出身者として最初の海軍将官となった人物である。
 118  斎藤孝至    福島県    Wikipedia
斎藤 孝至(さいとう こうし、1860年4月18日(万延元年3月28日) - 1927年10月30日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 119  佐藤三郎    福島県    Wikipedia
佐藤 三郎(さとう さぶろう、1885年6月24日 - 1938年8月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 120  高橋伊望    福島県    Wikipedia
高橋 伊望(たかはし いぼう、1888年(明治21年)4月20日 - 1947年(昭和22年)3月18日)は日本の海軍軍人。太平洋戦争において司令長官職を歴任した海軍中将である。
 121  原田覚    福島県    Wikipedia
原田 覚(はらだ かく/さとる[1]、1890年(明治23年)10月12日 - 1945年(昭和20年)9月25日)は、日本の海軍軍人。海兵41期。最終階級は海軍中将。特殊潜行艇の育ての親[2]。
 122  下平英太郎    福島県    Wikipedia
下平 英太郎(しもだいら えいたろう、1869年3月1日(明治2年1月19日) - 1933年(昭和8年)5月13日)は、日本の海軍軍人。 装甲巡洋艦「八雲」艦長として第一次世界大戦における青島攻略戦に参戦し、のち戦艦「日向」初代艦長を務めた海軍少将である。従四位勲三等功四級。
 123  常盤盛衛    福島県    Wikipedia
常盤 盛衛(ときわ もりえ、1881年(明治14年)12月8日 - 1971年(昭和46年)年8月8日)は、日本の海軍軍人。軍令部、艦隊、鎮守府、要港部などの参謀職を歴任した海軍少将である。
 124  植松練磨    福島県    Wikipedia
植松 練磨(うえまつ とうま、1883年4月30日 - 1948年8月22日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍少将。衆議院議員。
 125  雪下勝美    福島県    Wikipedia
雪下 勝美(ゆきした かつみ、1887年(明治20年)3月12日 - 1967年(昭和42年)5月27日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争時にアルゼンチン大使館附武官兼チリ公使館附武官を務めた海軍少将である。
 126  美濃部貞功    福島県    Wikipedia
美濃部 貞功(みのべ さだかつ、1892年(明治25年)8月10日 - 1960年(昭和35年)11月29日)は、日本海軍の軍人。太平洋戦争において航空隊や、海上護衛隊の司令を務めた海軍少将である。
 127  菊池朝三    福島県    Wikipedia
菊池 朝三(きくち ともぞう、1896年11月22日 - 1988年1月31日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。茨城県土浦市議会議員。
 128  鹿岡円平    福島県    Wikipedia
鹿岡 円平(かのおか えんぺい、1901年(明治34年)4月11日 - 1944年(昭和19年)11月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
 129  和田幸次郎    福島県    Wikipedia
和田 幸次郎(わだ こうじろう、1869年3月又は4月(明治2年) - 1926年(大正15年)10月29日)は、日本の海軍軍人。 戦艦「朝日」砲術長として日本海海戦などを戦った。最終階級は海軍大佐。
 130  加藤榮吉    福島県    Wikipedia
加藤 榮吉(かとう えいきち、1897年(明治30年)1月10日[1]- 1946年(昭和21年)8月1日[2])は、大日本帝国海軍の軍人。海軍兵学校46期で、最終階級は大佐。ブーゲンビル島の戦いで島の北部を固守した。住民殺害を命じた戦争犯罪の有罪判決を受け、死刑となった。
 131  吉田英三    福島県    Wikipedia
吉田 英三(よしだ ひでみ[1]、1902年(明治35年)3月5日 - 1978年(昭和53年)4月24日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は海軍大佐、海将。
 132  長澤浩    福島県    Wikipedia
長澤 浩(ながさわ こう[1]、1900年(明治33年)12月29日 - 1967年(昭和42年)4月17日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。海軍兵学校(第49期)卒。第2代海上幕僚長。
 133  柴田武雄    福島県    Wikipedia
柴田 武雄(しばた たけお、1904年(明治37年)2月20日 - 1994年(平成6年)8月11日)は、日本の海軍軍人、宗教家。福島県相馬郡出身。海兵52期。最終階級は海軍大佐。
 134  中村省三    福島県    Wikipedia
中村 省三(なかむら せいぞう/なかむら しょうぞう、生年不明 - 1945年(昭和20年)8月11日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争を潜水艦長として戦い、商船攻撃や物資輸送に功績を挙げた。その死は終戦を目前とした戦病死であるが、原因は広島市への原爆投下による被爆であった[1]。最終階級は海軍大佐。
 135  国府尽平    福島県    Wikipedia
國府 尽平(こうの じんぺい、1885年(明治18年) - 1956年(昭和31年)4月30日)は、日本の海軍軍人、医師。海軍中佐で予備役となった[注 1]のち、医学博士号を取得した[出典 1]。
 136  折笠重康    福島県    Wikipedia
折笠 重康(おりかさ しげやす、生年不明 - 1944年(昭和19年)11月11日)は、日本の海軍軍人。第一水雷戦隊司令官・木村昌福少将が座乗する旗艦「阿武隈」航海長としてキスカ島撤退作戦の成功に貢献。のち駆逐艦「若月」砲術長として戦死した海軍中佐である。
 137  草刈英治    福島県    Wikipedia
草刈 英治(くさかり えいじ、1891年(明治24年)6月1日 - 1930年(昭和5年)5月20日)は、日本の海軍軍人。ロンドン海軍軍縮条約に反対し自決した海軍少佐である。
 138  高畑辰雄    福島県    Wikipedia
高畑 辰雄(たかはた たつお、生年不明 - 1943年(昭和18年)4月7日)は、日本の海軍軍人。海兵64期。太平洋戦争において582空艦爆隊長として「い号作戦」に参加。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍少佐。
 139  風間万年    福島県    Wikipedia
風間 万年[* 1](かざま まんねん、生年不明 - 1945年(昭和20年)1月3日または1月4日)は、日本の海軍軍人。神風特別攻撃隊旭日隊の指揮官であり、特攻により戦死したが、その作戦行動については資料によって異同がある。二階級特進により最終階級は海軍少佐。
 140  国分正三    福島県    Wikipedia
国分 正三(こくぶ しょうぞう、1891年(明治24年)4月25日 - 1974年(昭和49年)12月11日)は、日本の海軍軍人。 最終階級は海軍大尉。戦前のビルマにおいて諜報活動や、独立運動支援に従事した。
 141  雪下熊之助    福島県    Wikipedia
雪下 熊之助(ゆきした くまのすけ、1854年4月9日(嘉永7年3月12日) - 1877年(明治10年)3月11日)は、幕末の会津藩士。明治期の海軍軍人。海軍兵学校出身者として最初の戦死者となった海軍少尉補である[1]。
 142  深尾弘    福島県    Wikipedia
深尾 弘(ふかお ひろし、? - 明治13年〈1880年〉)は、日本の海軍軍人。草創期の海軍にあって英国に留学した海軍少尉補である。
 143  上崎辰次郎    福島県    Wikipedia
上崎 辰次郎(こうざき たつじろう、1860年(万延元年) - 1895年 (明治28年)3月14日)は、日本の海軍軍人。日清戦争においてその責任感から自決した上等兵曹(当時は准士官)である。
 144  江木理一    福島県    Wikipedia
江木 理一(えぎ りいち、1890年4月10日 - 1970年2月16日)は日本の元軍人、元NHKアナウンサー。ラジオ体操の初代担当アナウンサーとして知られている。
 145  片桐酉次郎    福島県    Wikipedia
片桐 酉次郎(かたぎり ゆうじろう、文久元年6月19日(1861年7月26日) - 昭和13年(1938年)12月27日)は、日本の海軍軍人。政治家。最終階級は海軍主計大監(主計大佐)。シーメンス事件において海軍の不正を糾弾し免官となる。代々幡町町長、衆議院議員。
 146  八田宗吉    福島県    Wikipedia
八田 宗吉(はった そうきち、1874年(明治7年)10月9日[1] - 1938年(昭和13年)1月16日)は、日本の政治家、実業家、陸軍軍人である。幼名は吉之丞。立憲政友会所属の衆議院議員。馬議員[2]、鉄道代議士、百姓代議士などの異名があった。 日本医科大学教授で衆議院議員の八田貞義は息子。
 147  畑俊六    福島県    Wikipedia
畑 俊六(はた しゅんろく、明治12年(1879年)7月26日 - 昭和37年(1962年)5月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は元帥陸軍大将。偕行社会長。位階勲等は従二位勲一等功一級[1]。
1879年7月26日生まれ      7月26日生まれの人      福島県出身の1879年生まれ      世界の1879年生まれの人
 148  柴五郎    福島県    Wikipedia
柴 五郎(しば ごろう、万延元年5月3日(1860年6月21日) - 昭和20年(1945年)12月13日)は、日本の陸軍軍人。軍事参議官・台湾軍司令官・東京衛戍総督・第12師団長を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功二級に至る。
 149  畑英太郎    福島県    Wikipedia
畑 英太郎(はた えいたろう、1872年8月28日(明治5年7月25日) - 1930年5月31日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
慶應義塾大学出身      福島県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 150  西義一    福島県    Wikipedia
西 義一(にし よしかず、明治11年(1878年)1月1日 - 昭和16年(1941年)4月15日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功二級。
 151  野口坤之    福島県    Wikipedia
野口 坤之(のぐち こんの/のぐち こんし、1860年6月14日(万延元年4月25日) - 1919年(大正8年)3月7日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争における第四師団参謀長である。最終階級は陸軍中将。
 152  両角三郎    福島県    Wikipedia
両角 三郎(もろずみ さぶろう、慶應3年11月2日(1867年11月27日) - 昭和26年(1951年)6月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。正四位勳二等功五級。
 153  横山勇    福島県    Wikipedia
横山 勇(よこやま いさむ、1889年(明治22年)3月1日 - 1952年(昭和27年)4月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 154  根本博    福島県    Wikipedia
根本 博(ねもと ひろし、1891年6月6日 - 1966年5月24日)は、日本の陸軍軍人及び中華民国の陸軍軍人。最終階級は共に陸軍中将。栄典は勲一等・功三級。陸士23期。陸大34期。
 155  山川浩    福島県    Wikipedia
山川 浩(やまかわ ひろし、弘化2年11月6日(1845年12月4日) - 明治31年(1898年)2月4日)は、日本の武士(会津藩士)、陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。位階・勲等・爵位は従三位勲三等男爵[1]。貴族院議員。
 156  樋口喜吉    福島県    Wikipedia
樋口 喜吉(ひぐち きよし、1865年5月9日(慶応元年4月15日) - 1934年(昭和9年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。予備役編入後、光学関係の研究に従事し、特許権や実用新案権を取得した。
 157  佐藤房隆    福島県    Wikipedia
佐藤 房隆(さとう ふさたか、1869年2月15日(明治2年1月5日[1]) – 1927年(昭和2年)2月16日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争では近衛歩兵第三連隊第一大隊長として戦い、のち歩兵第六十六連隊長を務めた陸軍少将である。
 158  奥田重栄    福島県    Wikipedia
奥田 重栄(おくだ しげよし[1]、1872年8月13日(明治5年7月10日) - 1956年(昭和31年)1月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 159  松江豊寿    福島県    Wikipedia
松江 豊寿(まつえ とよひさ、1872年7月11日(明治5年6月6日) - 1956年(昭和31年)5月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。第9代若松市長。
 160  石井常造    福島県    Wikipedia
石井 常造(いしい つねぞう、1875年(明治8年)1月2日 - 没年不詳)は、日本の陸軍軍人、生気研究者。基隆要塞司令官を務めた陸軍少将で、また生気自強療法を唱え生気の医療への応用を図った。従四位勳三等功四級[1]。
 161  武川寿輔    福島県    Wikipedia
武川 壽輔(むがわ じゅすけ[1]、1877年(明治10年)11月15日 - 1939年(昭和14年)2月12日)は、日本の陸軍軍人、教育者。最終階級は陸軍少将、赤穂中学の初代校長。
 162  高山輝義    福島県    Wikipedia
高山 輝義(たかやま てるよし、1879年(明治12年)10月4日 - 没年不詳)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。第16代若松市長。
 163  三ツ木秀治    福島県    Wikipedia
三ツ木 秀治(みつぎ ひではる、1879年(明治12年)9月30日 - 1952年(昭和27年)1月15日[1])は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍少将。 予備役後は京豊自動車工業社長などを勤めた。
 164  柴平四郎    福島県    Wikipedia
柴 平四郎(しば へいしろう、1884年(明治17年)5月3日 - 1935年(昭和10年)3月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 165  簗瀬真琴    福島県    Wikipedia
簗瀬 真琴(やなせ まこと/やなせ まさこと、1892年(明治25年)5月2日 - 1978年(昭和53年)10月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。


茨城県
 166  小野友五郎    茨城県    笠間市Wikipedia
小野 友五郎(おの ともごろう、文化14年10月23日(1817年12月1日) - 明治31年(1898年)10月29日)は、江戸時代末期から明治時代にかけての日本の数学者・海軍軍人・財務官僚。諱は広胖(ひろとき、しばしばこうはんとも音読される)。官位は内膳正。元常陸笠間藩士、後に幕臣。和算家としては広胖、洋算家としては友五郎と呼ばれることが多い。
 167  菊池慎之助    茨城県    水戸市Wikipedia
菊池 慎之助(きくち しんのすけ、1866年3月31日(慶応2年2月15日) - 1927年8月22日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
 168  塚田攻    茨城県    Wikipedia
塚田 攻(つかだ おさむ、1886年7月14日 - 1942年12月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
 169  飯村穣    茨城県    Wikipedia
飯村 穣(いいむら じょう、1888年(明治21年)5月20日 - 1976年(昭和51年)2月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。茨城県出身。
 170  小泉正保    茨城県    水戸市Wikipedia
小泉 正保(こいずみ まさやす、1855年4月29日(安政2年3月13日) - 1917年(大正6年)10月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 171  小池安之    茨城県    Wikipedia
小池 安之(こいけ やすゆき、1864年4月26日(元治元年3月21日) - 1931年10月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 172  柴山兼四郎    茨城県    Wikipedia
柴山 兼四郎(しばやま けんしろう、1889年5月1日 - 1956年1月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 173  柴勝三郎    茨城県    Wikipedia
柴 勝三郎(しば かつさぶろう、1864年1月26日(文久3年12月18日) - 1938年1月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 174  谷萩那華雄    茨城県    Wikipedia
谷萩 那華雄(やはぎ なかお、1895年(明治28年)8月9日 - 1949年(昭和24年)7月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 175  高須四郎    茨城県    Wikipedia
高須 四郎(たかす しろう、1884年10月27日 - 1944年9月2日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。茨城県(後の桜川村、現稲敷市)出身。
 176  五藤存知    茨城県    Wikipedia
五藤 存知(ごとう ありとも、1888年(明治21年)1月23日 - 1942年(昭和17年)10月12日)は、大日本帝国海軍の軍人。海軍兵学校(38期)卒。最終階級は海軍中将。茨城県出身。
1888年1月23日生まれ      1月23日生まれの人      茨城県出身の1888年生まれ      世界の1888年生まれの人
 177  武井大助    茨城県    Wikipedia
武井 大助(たけい だいすけ、1887年(明治20年)4月25日 - 1972年(昭和47年)3月30日)は、日本の海軍軍人、実業家。最終階級は海軍主計中将。安田銀行・文化放送の元社長。1940年勲一等旭日大綬章受章。
一橋大学出身      茨城県出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者
 178  栗田健男    茨城県    水戸市Wikipedia
栗田健男(くりた たけお、1889年4月28日 - 1977年12月19日)は日本の海軍軍人(海軍中将)。茨城県水戸市に生まれる。旧制水戸中学校(現茨城県立水戸第一高等学校)、海軍兵学校(38期)卒業。
 179  藤田信雄    茨城県    Wikipedia
藤田 信雄(ふじた のぶお、1911年(明治44年)10月 - 1997年(平成9年)9月30日)は、日本海軍軍人、海軍兵曹長(最終階級は特務士官たる中尉)。帝国海軍の潜水艦伊号第二五潜水艦(伊25)から水上機を飛ばし、史上唯一、アメリカ合衆国本土に対して航空機による爆撃を実施し、後にルックアウト空襲として知られるようになった。彼の任務は、太平洋戦争における太平洋戦域のアメリカ海軍の資源を奪い去るため、焼夷弾を使用してオレゴン州ブルッキングズ市に近い太平洋岸北西部に大規模な山火事を発生させるというものだった。この戦略は日本の風船爆弾作戦にも採用された。


栃木県
 180  秋草俊    栃木県    Wikipedia
秋草 俊(あきくさ しゅん、1894年(明治27年)4月6日 - 1949年(昭和24年)3月22日)は、昭和期の日本陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。陸軍士官学校(26期)卒。陸軍中野学校校長(初代)を務めた。
東京外国語大学出身      栃木県出身の東京外国語大学の出身者      全国の東京外国語大学の出身者
 181  奈良武次    栃木県    鹿沼市Wikipedia
奈良 武次(なら たけじ、慶応4年4月6日(1868年4月28日) - 昭和37年(1962年)12月21日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。男爵。
 182  大沼渉    栃木県    大田原市Wikipedia
大沼 渉(おおぬま わたる、1844年(天保15年8月) - 1899年10月14日)は、幕末の黒羽藩士。明治期の陸軍軍人。陸軍少将。男爵。
 183  小磯國昭    栃木県    宇都宮市Wikipedia
小磯 國昭(こいそ くにあき、1880年(明治13年)3月22日 - 1950年(昭和25年)11月3日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功二級。
1880年3月22日生まれ      3月22日生まれの人      栃木県出身の1880年生まれ      世界の1880年生まれの人
 184  舩坂弘    栃木県    栃木市(旧西方村)Wikipedia
舩坂 弘(ふなさか ひろし、1920年10月30日 - 2006年2月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は軍曹。アンガウルの戦いで活躍した。戦後は大盛堂書店を開き、代表取締役会長を務めた。全日本銃剣道連盟参与、南太平洋慰霊協会理事、大盛堂道場館主。テキサス州名誉市民章授与。 その白兵戦におけるあまりの戦果から、個人名としては唯一「戦史叢書」に名前が載っている。


群馬県
 185  中島知久平    群馬県    太田市(旧新田郡尾島町)Wikipedia
中島 知久平(なかじま ちくへい、明治17年(1884年)1月1日 - 昭和24年(1949年)10月29日)は日本の海軍軍人、実業家、政治家。中島飛行機(のちの富士重工業)の創始者として知られ、政治家に転じてからは大臣や政友会総裁を務めた。
1884年1月1日生まれ      1月1日生まれの人      群馬県出身の1884年生まれ      世界の1884年生まれの人
 186  石井繁丸    群馬県    勢多郡Wikipedia
石井繁丸(いしい しげまる、1904年1月1日 - 1983年10月8日)は、日本の政治家・弁護士、軍人(陸軍曹長)。元前橋市立工業短期大学学長。元衆議院議員、前橋市長。群馬県勢多郡出身。日本大学卒業。日本社会党に所属した。勲二等瑞宝章に叙せられた。
 187  一場武平    群馬県    Wikipedia
一場 武平(いちば ぶへい、明治24年(1891年)4月5日 - 没年不詳)は、日本の政治家・軍人。群馬県吾妻郡岩島村(現在の東吾妻町)出身。 藍綬褒章(1963年)、勲五等双光旭日章(1965年)。
 188  中島知久平    群馬県    Wikipedia
中島 知久平(なかじま ちくへい、明治17年(1884年)1月1日 - 昭和24年(1949年)10月29日)は日本の海軍軍人、実業家、政治家。中島飛行機(のちの富士重工業)の創始者として知られ、政治家に転じてからは大臣や政友会総裁を務めた。
1884年1月1日生まれ      1月1日生まれの人      群馬県出身の1884年生まれ      世界の1884年生まれの人
 189  小渕岩太郎    群馬県    Wikipedia
小渕岩太郎(おぶち いわたろう)は、日本の軍人・実業家・政治運動家。元光山社代表取締役会長、日本工業大学後援会会長。群馬県吾妻郡中之条町出身。
 190  荒木幸雄    群馬県    Wikipedia
荒木 幸雄(あらき ゆきお、1928年3月10日 - 1945年5月27日)は、群馬県桐生市出身の大日本帝国陸軍軍人、操縦士、陸軍特別攻撃隊第72振武隊員。
 191  岩佐直治    群馬県    Wikipedia
岩佐 直治(いわさ なおじ、1915年(大正4年)5月6日 - 1941年(昭和16年)12月8日)は日本の海軍軍人である。「甲標的」(前部に45センチ魚雷発射管を備えた特殊潜航艇)による真珠湾攻撃の考案者の一人で[1]、自ら搭乗して真珠湾攻撃で戦死した。九軍神の一人である。二階級特進により、最終階級は海軍中佐。
 192  岸福治    群馬県    Wikipedia
岸 福治(きし ふくじ、1891年4月30日 - 1949年7月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 193  栗原悦蔵    群馬県    Wikipedia
栗原 悦蔵(くりはら えつぞう、1894年(明治27年)3月31日 - 1987年(昭和62年)9月18日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。群馬県前橋市出身。
 194  東宮鉄男    群馬県    Wikipedia
東宮 鉄男(とうみや かねお、正字は東宮鐵男、1892年(明治24年)8月17日 - 1937年(昭和12年)11月14日)は、日本の陸軍軍人。「満蒙開拓移民の父」とよばれる。
 195  一場武平    群馬県    東吾妻町Wikipedia
一場 武平(いちば ぶへい、明治24年(1891年)4月5日 - 没年不詳)は、日本の政治家・軍人。群馬県吾妻郡岩島村(現在の東吾妻町)出身。 藍綬褒章(1963年)、勲五等双光旭日章(1965年)。
1891年4月5日生まれ      4月5日生まれの人      群馬県出身の1891年生まれ      世界の1891年生まれの人


埼玉県
 196  長谷川喜一    埼玉県    Wikipedia
長谷川 喜一(はせがわ きいち、1894年4月15日 - 1944年3月29日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 197  三田一也    埼玉県    Wikipedia
三田 一也(みた かずや)は日本の元船員、元海軍軍人(予備将校)、元海上保安官。最終階級は、海軍では海軍中佐。海上保安庁では警備救難監(海上保安官の最高位)、海上保安庁次長。戦後、海上自衛隊復活を討議した「Y委員会」の主要メンバー。一貫して再軍備には反対の立場を取った。埼玉県羽生市出身。不動岡中学(後の埼玉県立不動岡高等学校卒業)。
東京海洋大学出身      埼玉県出身の東京海洋大学の出身者      全国の東京海洋大学の出身者
 198  竹間忠三    埼玉県    Wikipedia
竹間 忠三(ちくま ちゅうぞう[1]、生年不明 - 1945年(昭和20年)2月1日[1][2][* 1])は、日本の海軍軍人。1943年(昭和18年)初め頃に魚雷を用いた肉弾攻撃構想を上申した[1][3][4]。「呂115」潜水艦長として戦死。最終階級は海軍少佐。
 199  久住宏    埼玉県    川越市Wikipedia
久住 宏 (くすみ ひろし、1922年(大正11年)4月1日 - 1945年(昭和20年)1月12日)は、日本の海軍軍人。海兵72期。太平洋戦争の末期、人間魚雷「回天」で出撃して戦死した。死後二階級特進し、最終階級は海軍少佐。
 200  浅田信興    埼玉県    川越市Wikipedia
浅田 信興(あさだ のぶおき、嘉永4年10月12日(1851年11月5日) - 1927年(昭和2年)4月27日)は、日本の陸軍軍人、華族。最終階級は陸軍大将。男爵。
 201  木村兵太郎    埼玉県    Wikipedia
木村 兵太郎(きむら へいたろう、明治21年(1888年)9月28日 - 昭和23年(1948年)12月23日)は、日本の昭和期の陸軍軍人。太平洋戦争(大東亜戦争)後、A級戦犯として逮捕、極東国際軍事裁判にて死刑の判決を受け、絞首刑に処された。最終階級は陸軍大将
 202  四王天延孝    埼玉県    Wikipedia
四王天 延孝(しおうてん のぶたか、1879年〈明治12年〉9月2日 - 1962年〈昭和37年〉8月8日)は、日本の陸軍軍人、政治家。ユダヤ陰謀論を唱え『シオン賢者の議定書』の邦訳などを行なった。最終階級は陸軍中将。衆議院議員。旧姓・西村。
 203  井桁敬治    埼玉県    Wikipedia
井桁 敬治(いげた けいじ、1894年7月13日 - 1944年7月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 204  吉橋徳三郎    埼玉県    Wikipedia
吉橋 徳三郎(よしはし とくさぶろう、1871年1月3日(明治3年11月13日) - 1920年(大正9年)8月5日[1])は、日本の陸軍軍人。陸軍士官学校士官候補生2期、陸軍大学校卒業。騎兵科に属し、第一次世界大戦後に日本陸軍で騎兵の乗馬戦闘廃止論争が生じた際、騎兵科を代表して乗馬戦闘存続を主張したが、論争の末に自殺した。最終階級は少将。
 205  長浜彰    埼玉県    Wikipedia
長浜 彰(ながはま あきら、1895年5月23日 - 1947年3月31日)は、日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大佐。太平洋戦争時のフィリピン方面軍憲兵隊司令官。戦後、A級戦犯指定で逮捕されたが、B級戦犯としてマニラ軍事裁判で死刑判決を受けた。


千葉県
 206  赤井春海    千葉県    佐倉市Wikipedia
赤井 春海(あかい はるみ、1876年6月12日 - 1954年12月14日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 207  安達十六    千葉県    Wikipedia
安達 十六(あだち じゅうろく、1883年(明治16年)1月18日 - 1964年4月6日)は、日本の陸軍軍人。舞鶴要塞司令官を務め、階級は陸軍少将に至る。陸軍教授安達松太郎の子で、弟に安達十九陸軍中将・第18軍司令官安達二十三陸軍中将が、義理の叔父に陸軍大臣石本新六陸軍中将男爵がいる。石本寅三陸軍中将・石本五雄陸軍少将は従兄弟。
 208  石井四郎    千葉県    加茂Wikipedia
石井 四郎(いしい しろう、1892年6月25日 - 1959年10月9日)は、日本の陸軍軍人、軍医。関東軍防疫給水部長、第1軍軍医部長を歴任する。最終階級は陸軍軍医中将。功四級、医学博士。731部隊の創設者として防疫活動や細菌戦の研究、人体実験を主導した。
 209  大築尚志    千葉県    佐倉市Wikipedia
大築 尚志(おおつき たかゆき、1835年12月24日(天保6年11月5日) - 1900年(明治33年)6月12日)は、日本の陸軍軍人、陸軍中将。幼名、保太郎(やすたろう)。
 210  吉見精    千葉県    佐倉市Wikipedia
吉見 精(よしみ せい、生年不明 - 1901年1月)は、日本の陸軍軍人。旧大日本帝国陸軍鉄道大隊の初代大隊長。旧佐倉藩士。千葉県出身。
 211  小林友一    千葉県    Wikipedia
小林 友一(こばやし ゆういち、1914年10月12日 - 1984年3月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。
 212  斎藤力三郎    千葉県    Wikipedia
斎藤 力三郎(さいとう りきさぶろう、1861年10月8日(文久元年9月5日) - 1915年(大正4年)5月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 213  鈴木孝雄    千葉県    野田市Wikipedia
鈴木 孝雄(すずき たかお、明治2年10月29日(1869年12月2日) - 1964年(昭和39年)1月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。栄典は勲一等功三級。砲兵監・第14師団長・陸軍技術本部長・軍事参議官を歴任。
 214  重田徳松    千葉県    Wikipedia
重田 徳松(しげた とくまつ、1891年(明治24年)1月12日 - 1959年(昭和34年)12月9日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 215  鈴木貞一    千葉県    Wikipedia
鈴木 貞一(すずき ていいち、1888年(明治21年)12月16日 - 1989年(平成元年)7月15日)は、日本の軍人、陸軍中将。千葉県出身。通称「背広を着た軍人」。「三奸四愚」と呼ばれた東條英機側近三奸の一人とされる。
 216  鈴木孝雄    千葉県    Wikipedia
鈴木 孝雄(すずき たかお、明治2年10月29日(1869年12月2日) - 1964年(昭和39年)1月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。栄典は勲一等功三級。砲兵監・第14師団長・陸軍技術本部長・軍事参議官を歴任。
 217  高品彪    千葉県    匝瑳市Wikipedia
高品 彪(たかしな たけし、1891年1月25日 - 1944年7月28日)は、日本の陸軍軍人。陸士25期、陸大34期。最終階級は陸軍中将。
 218  高山信武    千葉県    Wikipedia
高山 信武(たかやま しのぶ、1906年(明治39年)10月24日 - 1987年(昭和62年)10月16日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。最終階級は陸軍大佐、陸将。
 219  塚本素山    千葉県    佐倉市Wikipedia
塚本 素山(つかもと そざん、1907年(明治40年)9月1日 - 1982年(昭和57年)4月4日)は、日本の陸軍軍人、実業家。千葉県出身。陸軍士官学校卒業。本名は塚本 清。
 220  矢野機    千葉県    Wikipedia
矢野 機(やの はかる、1887年3月27日 - 1992年2月10日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 221  大田実    千葉県    長柄町Wikipedia
大田 実(おおた みのる、1891年(明治24年)4月7日 - 1945年(昭和20年)6月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。千葉県長生郡長柄町出身。
 222  桜井規矩之左右    千葉県    佐倉市Wikipedia
桜井 規矩之左右(さくらい きくのぞう、嘉永元年6月6日(1848年7月6日) - 大正元年(1912年)11月27日)は、大日本帝国海軍の軍人。海軍兵学校3期。最終階級は海軍少将。海軍砲術学校長、巡洋艦「比叡」「松島」「千歳」「橋立」の艦長を歴任。
 223  檜貝襄治    千葉県    佐倉市Wikipedia
檜貝 嚢治(ひがい じょうじ、1906年(明治39年)11月20日 - 1943年(昭和18年)1月29日)は、日本の海軍軍人。海兵57期。太平洋戦争(大東亜戦争)時における爆撃機の名パイロットで霞空飛行隊長、七〇一空飛行長を歴任。檜貝式爆撃法を生み出し、ガダルカナル島夜間爆撃等を指揮、多大な戦果をもたらした。七〇五空飛行長の三原元一少佐とともに陸攻隊の双璧といわれた。レンネル島沖海戦において被弾後、敵艦へ突撃。戦死による二階級特進で最終階級は海軍大佐。
 224  柴勝男    千葉県    佐倉市Wikipedia
柴 勝男(しば かつお、1901年9月4日 - 1970年1月3日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍大佐。旧姓・阿部。千葉県出身。
 225  大野博    千葉県    船橋市Wikipedia
大野 博(おおの ひろし、1911年 - 1939年(昭和14年)2月2日)は、日本の海軍軍人、海軍少佐。現在の千葉県船橋市出身で、父 大野善兵衛、母 正子の二男として生まれる。父は製麩業のかたわら、船橋町議などをつとめた。
 226  石井四郎    千葉県    Wikipedia
石井 四郎(いしい しろう、1892年6月25日 - 1959年10月9日)は、日本の陸軍軍人、軍医。関東軍防疫給水部長、第1軍軍医部長を歴任する。最終階級は陸軍軍医中将。功四級、医学博士。731部隊の創設者として防疫活動や細菌戦の研究、人体実験を主導した。
 227  鈴木貫太郎    千葉県    東葛飾郡関宿町(のちの野田市)(生まれは大阪府(旧関宿藩飛地))Wikipedia
鈴木 貫太郎(すずき かんたろう、1868年1月18日(慶応3年12月24日) - 1948年(昭和23年)4月17日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級・栄典は海軍大将従一位勲一等功三級男爵。
 228  鈴木貞一    千葉県    Wikipedia
鈴木 貞一(すずき ていいち、1888年(明治21年)12月16日 - 1989年(平成元年)7月15日)は、日本の軍人、陸軍中将。千葉県出身。通称「背広を着た軍人」。「三奸四愚」と呼ばれた東條英機側近三奸の一人とされる。


東京都
 229  平賀譲    東京都    戦艦「長門」「陸奥」などの設計者Wikipedia
平賀 譲(ひらが ゆずる、1878年(明治11年)3月8日 - 1943年(昭和18年)2月17日)は、日本の海軍軍人、工学者、華族。海軍技術中将従三位男爵、東京帝大総長、工学博士。東京府(現・東京都)生まれ、本籍地は広島県広島市。父は芸州藩士から維新政府に仕えた主計官。兄・徳太郎は海軍軍人。
1878年3月8日生まれ      3月8日生まれの人      東京都出身の1878年生まれ      世界の1878年生まれの人
 230  東條英機    東京都    Wikipedia
東條 英機(とうじょう ひでき、1884年(明治17年)7月30日(戸籍上は12月30日) - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級は陸軍大将従二位勲一等功二級。現在の百科事典や教科書等では新字体で東条 英機と表記されることが多い[注 3]。軍人および政治家として関東軍参謀長(第10代)、陸軍航空総監(初代)、陸軍大臣(第50-52代)、内閣総理大臣(第40代)、内務大臣(第64代)、外務大臣(第66代)、文部大臣(第53代)、商工大臣(第25代)、軍需大臣(初代)などを歴任した。
1884年12月30日生まれ      12月30日生まれの人      東京都出身の1884年生まれ      世界の1884年生まれの人
 231  さねよしいさ子    東京都    Wikipedia
さねよし いさ子(さねよし いさこ、本名:實吉 いさ子、1965年9月1日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。東京都出身。父は動物学者、ノンフィクション作家の實吉達郎。弟はロックミュージシャンのサネヨシ。明治の軍人、実吉安純(勲功華族)の曾孫。
1965年9月1日生まれ      9月1日生まれの人      東京都出身の1965年生まれ      世界の1965年生まれの人
 232  福地誠夫    東京都    Wikipedia
福地 誠夫(ふくち のぶお、1904年(明治37年)2月14日 - 2007年(平成19年)7月26日[1])は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は日本海軍では海軍大佐、海上自衛隊では海将。退官後は記念艦「三笠」艦長を務めた。
 233  近藤真琴    東京都    Wikipedia
近藤 真琴(こんどう まこと、天保2年9月24日(1831年10月29日) - 明治19年(1886年)9月4日)は、日本の教育家、思想家。明治の六大教育家の一人、攻玉社創立者。日本海軍軍人及び軍属、最終階級は海軍中佐。幼名は鉚之助。江戸生まれ。天保5年(1834年)9月14日に父を亡くし、4歳で家督を相続すると、諱を真琴、字を徽音、通称を誠一郎とした。
 234  小野友五郎    東京都    Wikipedia
小野 友五郎(おの ともごろう、文化14年10月23日(1817年12月1日) - 明治31年(1898年)10月29日)は、江戸時代末期から明治時代にかけての日本の数学者・海軍軍人・財務官僚。諱は広胖(ひろとき、しばしばこうはんとも音読される)。官位は内膳正。元常陸笠間藩士、後に幕臣。和算家としては広胖、洋算家としては友五郎と呼ばれることが多い。
 235  柳楢悦    東京都    Wikipedia
柳 楢悦(やなぎ ならよし、天保3年9月15日(1832年10月8日) - 明治24年(1891年)1月15日)は、日本の海軍軍人・和算家[2]・数学者・測量学者・政治家。最終階級は海軍少将。錦鶏間祗候・元老院議官・貴族院議員。


神奈川県
 236  山梨半造    神奈川県    平塚市Wikipedia
山梨 半造(やまなし はんぞう、元治元年3月1日(1864年4月6日) - 昭和19年(1944年)7月2日)は日本陸軍の軍人である。最終階級は陸軍大将。陸軍大臣、朝鮮総督、勲一等旭日大綬章。
 237  小松原道太郎    神奈川県    Wikipedia
小松原 道太郎(こまつばら みちたろう、1886年7月20日 - 1940年10月6日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 238  佐藤さとる    神奈川県    横須賀市Wikipedia
佐藤 さとる(さとう さとる、1928年2月13日 - )は、日本の童話作家。本名の佐藤暁名義による作品もある。実業之日本社で編集者生活を送った後、作家となった。「日本初のファンタジー小説」と謳われる『コロボックル物語』シリーズをはじめとするファンタジー的作品で知られる。海軍軍人の父(ミッドウェイ海戦で戦死)と小学校教員の母を持ち、10歳まで神奈川県横須賀市で育ち横浜に転居、以後横浜を拠点として創作活動を行う。
関東学院大学出身      神奈川県出身の関東学院大学の出身者      全国の関東学院大学の出身者


新潟県
 239  飯田貞固    新潟県    Wikipedia
飯田 貞固(いいだ さだかた、1884年2月18日 - 1977年9月15日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 240  五十嵐恵    新潟県    上越市Wikipedia
五十嵐 恵(いがらし めぐみ、1889年(明治22年)5月24日 - 1927年(昭和2年)8月24日)は、日本の海軍軍人。美保関事件で殉職した「蕨」駆逐艦長である。最終階級は海軍中佐。
 241  伊藤茂    新潟県    Wikipedia
伊藤 茂(いとう しげる、1904年(明治37年) - 1944年(昭和19年)11月21日)は、海軍軍人、海軍大佐。
 242  岩佐禄郎    新潟県    Wikipedia
岩佐 禄郎(いわさ ろくろう、1879年4月3日 - 1938年8月3日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。第23代憲兵司令官。士官候補生15期。
 243  岩淵三次    新潟県    Wikipedia
岩淵 三次(いわぶち さんじ、1895年(明治28年)3月2日 - 1945年(昭和20年)2月26日)は、日本の海軍軍人。海兵43期。最終階級は海軍中将。
 244  太田質平    新潟県    Wikipedia
太田 質平(おおた しちへい、1883年(明治16年)6月16日 - 1941年(昭和16年)6月16日)は、日本の海軍軍人。日本海軍軍人の標語であった『スマートで目先が利いて几帳面 負けじ魂 これぞ船乗り』を創ったといわれる[1]人物である。最終階級は海軍少将。
 245  角田覚治    新潟県    Wikipedia
角田 覚治(かくた かくじ、1890年(明治23年)9月23日-1944年(昭和19年)8月2日)は、新潟県南蒲原郡出身の海軍軍人。最終階級は海軍中将。テニアン島で戦死。
 246  小林省三郎    新潟県    Wikipedia
小林 省三郎(こばやし せいざぶろう、1883年(明治16年)9月5日 - 1956年(昭和31年)4月22日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。五・一五事件の黒幕[1]とも言われる人物である。
 247  小柳冨次    新潟県    Wikipedia
小柳 冨次[注釈 1](こやなぎ とみじ、1893年7月16日 - 1978年4月23日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 248  佐藤正四郎    新潟県    Wikipedia
佐藤 正四郎(さとう せいしろう、1886年(明治19年)10月25日 - 1958年(昭和33年)7月7日)は、日本の海軍軍人。二・二六事件において、東京に出動した海軍陸戦隊の指揮官を務めた海軍少将である。
 249  杉田庄一    新潟県    上越市Wikipedia
杉田 庄一(すぎた しょういち、1924年(大正13年)7月1日 - 1945年(昭和20年)4月15日)は、日本の海軍軍人。戦死による二階級特進で最終階級は海軍少尉。太平洋戦争における撃墜王。
1924年7月1日生まれ      7月1日生まれの人      新潟県出身の1924年生まれ      世界の1924年生まれの人
 250  鈴木荘六    新潟県    Wikipedia
鈴木 荘六(すずき そうろく、元治2年2月19日(1865年3月16日)- 昭和15年(1940年)2月20日)は、日本陸軍の軍人。陸軍大将正二位勲一等功二級。第4代帝国在郷軍人会長。
 251  竹垣純信    新潟県    Wikipedia
竹垣 純信(たけがき すみのぶ/じゅんしん、1881年(明治14年)2月 - 1917年(大正6年)6月11日)は、日本の海軍軍人。 第一次世界大戦で第11駆逐隊機関長を務め、地中海で戦死した機関中佐である。
 252  建川美次    新潟県    Wikipedia
建川 美次(たてかわ よしつぐ、1880年(明治13年)10月3日 - 1945年(昭和20年)9月9日)は、日本の陸軍軍人、外交官。最終階級は陸軍中将。栄典は勲一等功四級。
 253  豊辺新作    新潟県    Wikipedia
豊辺 新作(とよべ しんさく、(1862年6月23日(文久2年5月26日[* 1]) - 1927年(昭和2年)2月19日)は、日本の陸軍軍人。日清戦争で鳳凰城攻略一番乗りを果たし、日露戦争では沈旦堡を死守した騎兵将校である。最終階級は陸軍中将。
 254  長嶺喜一    新潟県    上越市Wikipedia
長嶺 喜一(ながみね きいち、明治28年(1895年)6月2日 - 昭和20年(1945年)11月15日)は、大正、昭和期の日本の陸軍軍人。新潟県頸城郡寺野村東山寺(現在の新潟県上越市板倉区)出身。陸士28期・陸大36期。最終階級は陸軍中将。
 255  野村貞    新潟県    Wikipedia
野村 貞(のむら てい / ただし、1845年2月22日(弘化2年1月16日) - 1899年(明治32年)5月4日)は、日本の武士(越後長岡藩士)、海軍軍人。日清戦争で武勲を挙げ、旧越後長岡藩出身者として最初の海軍将官となった。連合艦隊司令長官・山本五十六は義理の甥にあたる。貞之丞と称し、のち貞(てい)と改める。
 256  星野庄三郎    新潟県    Wikipedia
星野 庄三郎(ほしの しょうざぶろう、1869年6月15日(明治2年5月6日) - 1931年(昭和6年)1月22日)は、日本の陸軍軍人。陸士2期、陸大14期。栄典は従三位勲一等功三級[1]。最終階級は陸軍中将。
 257  星野利元    新潟県    Wikipedia
星野 利元(ほしの としもと、1892年(明治25年)5月5日 - 1978年(昭和53年)8月21日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 258  本間雅晴    新潟県    佐渡市Wikipedia
本間 雅晴(ほんま まさはる、1887年(明治20年)11月27日 - 1946年(昭和21年)4月3日)は、日本の陸軍軍人。陸士19期、陸大27期(優等)。最終階級は陸軍中将。栄典は従三位勲一等。
1887年11月27日生まれ      11月27日生まれの人      新潟県出身の1887年生まれ      世界の1887年生まれの人
 259  山縣初男    新潟県    Wikipedia
山縣 初男(やまがた はつお、1873年(明治6年)8月31日 - 1971年(昭和46年)1月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大佐。陸軍の中国通(支那通)の一人として知られ、繆斌工作に関与していた。別号は三志園、海城。娘婿は自由民主党の政治家である三原朝雄。新潟県村上本町表新町(現・村上市)に生まれる[1]。
 260  山本五十六    新潟県    長岡市Wikipedia
山本 五十六(やまもと いそろく、1884年(明治17年)4月4日 - 1943年(昭和18年)4月18日)は、日本の海軍軍人。第26、27代連合艦隊司令長官。海軍兵学校32期生。最終階級は元帥海軍大将。栄典は正三位大勲位功一級。1943年に前線視察の際、ブーゲンビル島上空で戦死(海軍甲事件)。旧姓は高野。
1884年4月4日生まれ      4月4日生まれの人      新潟県出身の1884年生まれ      世界の1884年生まれの人
 261  吉見乾海    新潟県    Wikipedia
吉見 乾海(よしみ けんかい / のりみ、 1864年12月16日(元治元年11月18日)- 1942年(昭和17年)11月29日)は、日本海軍の軍人、教育者。最終階級は海軍中将、海城学園の第2代理事長・校長。


富山県
 262  住栄作    富山県    魚津市Wikipedia
住 栄作(すみ えいさく、1920年5月20日 - 1986年12月20日)は、日本の内務官僚、海軍軍人(海軍主計大尉)、政治家(元衆議院議員)。
東京大学出身      富山県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 263  朝倉豊次    富山県    海軍少将、海軍兵学校第44期、軍艦「武蔵」艦長、黒部市教育長Wikipedia
朝倉 豊次(あさくら ぶんじ、1894年7月6日 - 1966年1月27日)は、日本海軍の軍人、最終階級は海軍少将。
 264  河辺虎四郎    富山県    陸軍中将、終戦時の陸軍参謀次長Wikipedia
河辺 虎四郎(かわべ とらしろう、1890年(明治23年)9月25日 - 1960年(昭和35年)6月25日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。富山県出身。
 265  河辺正三    富山県    陸軍大将、インパール作戦時のビルマ方面軍司令官Wikipedia
河辺 正三(かわべ まさかず、1886年12月5日 - 1965年3月2日)は、昭和初期の日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。富山県出身。ビルマ方面軍司令官、航空総軍司令官、第1総軍司令官を歴任した。インパール作戦を指揮した第15軍司令官牟田口廉也陸軍中将の上官でもあった。また、河辺虎四郎の兄でもある。陸士卒(19期)、陸大卒(27期)。
 266  瀬島龍三    富山県    陸軍中佐、大本営参謀、伊藤忠商事会長Wikipedia
瀬島 龍三(せじま りゅうぞう、1911年12月9日 - 2007年9月4日)は、日本の陸軍軍人、実業家。
1911年12月9日生まれ      12月9日生まれの人      富山県出身の1911年生まれ      世界の1911年生まれの人
 267  冨士信夫    富山県    Wikipedia
冨士 信夫(ふじ のぶお、1917年8月 - 2005年1月24日)は、日本の歴史家、海軍軍人。東京裁判(極東国際軍事裁判)研究家。


石川県
 268  前田利為    石川県    Wikipedia
前田 利為(まえだ としなり、1885年(明治18年)6月5日 - 1942年(昭和17年)9月5日)は、日本の華族、陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。旧加賀藩主前田本家第16代目当主(侯爵)である。
 269  中村孝太郎    石川県    Wikipedia
中村 孝太郎(なかむら こうたろう、1881年8月28日‐1947年8月29日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。林内閣の陸軍大臣。石川県出身。
 270  蓮沼蕃    石川県    Wikipedia
蓮沼 蕃(はすぬま しげる、1883年3月26日 - 1954年2月20日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将、勲等は勲一等功二級。石川県出身。
 271  木越安綱    石川県    Wikipedia
木越 安綱(きごし やすつな、1854年4月22日(嘉永7年3月25日) - 1932年3月26日)は、日本の陸軍軍人、政治家。陸士旧1期。最終階級は陸軍中将。栄典は正三位勲一等功二級。陸軍大臣、男爵。幼名、三次郎。
 272  三井清一郎    石川県    七尾市Wikipedia
三井 清一郎(みつい せいいちろう、慶応3年6月19日(1867年7月20日) - 1949年11月30日)は、石川県出身の日本の陸軍軍人・政治家(貴族院議員)である。従三位勲一等で、元功四級陸軍主計中将。宇垣一成陸相の下で宇垣軍縮を断行した陸軍省経理局長である。
 273  塩屋方圀    石川県    Wikipedia
塩屋 方圀(しおや かたくに、1850年(嘉永2年12月) - 1914年(大正3年)11月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 274  松村務本    石川県    Wikipedia
松村 務本(まつむら かねもと、1853年2月5日(嘉永5年12月27日) - 1905年2月4日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 275  南部辰丙    石川県    Wikipedia
南部 辰丙(なんぶ しんぺい、1856年5月13日(安政3年4月10日) - 1931年2月21日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 276  高柳保太郎    石川県    Wikipedia
高柳 保太郎(たかやなぎ やすたろう[1]、1870年1月10日(旧暦明治2年12月9日[1]) - 1951年(昭和26年)9月7日)は、大日本帝国陸軍の軍人。陸士3期、陸大13期。
 277  市川堅太郎    石川県    Wikipedia
市川 堅太郎(いちかわ けんたろう、1870年9月10日(明治3年8月15日) - 1925年2月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 278  井上一次    石川県    Wikipedia
井上 一次(いのうえ かずつぐ、1873年7月28日 - 没年不詳)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 279  林弥三吉    石川県    Wikipedia
林 弥三吉(はやし やさきち、1876年(明治9年)4月8日 - 1948年(昭和23年)8月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 280  鈴木重康    石川県    Wikipedia
鈴木 重康(すずき しげやす、1886年(明治19年)9月1日 - 1957年(昭和32年)6月1日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 281  藤田進    石川県    Wikipedia
藤田 進(ふじた すすむ、1884年12月21日 - 1959年2月7日)は、日本の陸軍軍人。第13軍司令官、第3師団長等を歴任した。階級は陸軍中将勲一等功二級。石川県出身。
 282  田辺盛武    石川県    Wikipedia
田辺 盛武(たなべ もりたけ、1889年2月26日 - 1949年7月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 283  青木重誠    石川県    Wikipedia
青木 重誠(あおき しげまさ、1893年3月15日 - 1943年6月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 284  安達二十三    石川県    Wikipedia
安達 二十三(あだち はたぞう、1890年6月17日 - 1947年9月10日)は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 285  塚田理喜智    石川県    Wikipedia
塚田 理喜智(つかだ りきち、1892年(明治25年)12月15日 - 1958年(昭和33年)5月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 286  河村参郎    石川県    Wikipedia
河村 参郎(かわむら さぶろう、1896年10月7日 - 1947年6月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。1924年陸大(36期)卒後、東京帝国大学で学び、陸軍省軍務局付として1934年までフランスに駐在。1936年には二・二六事件の軍法会議判士を務めた。1937年北支那方面軍参謀として日中戦争に出征。1941年歩兵第9旅団長としてマレー作戦に参加。1942年昭南警備司令官としてシンガポール市内の掃討作戦を指揮。同年12月、印度支那駐屯軍参謀長。終戦後、シンガポール華僑粛清事件の戦犯容疑で逮捕され、1947年4月に死刑判決を受け、同年6月、シンガポールで刑死。遺著『十三階段を上る』がある。
 287  岡本清福    石川県    Wikipedia
岡本 清福(おかもと きよとみ、1894年1月19日 - 1945年8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。陸軍大学校卒業(37期)。
 288  佐藤賢了    石川県    Wikipedia
佐藤 賢了(さとう けんりょう、1895年(明治28年)6月1日 - 1975年(昭和50年)2月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 289  辻政信    石川県    Wikipedia
辻 政信(つじ まさのぶ、1902年(明治35年)10月11日 - 1968年(昭和43年)7月20日[注釈 1])は、日本の陸軍軍人、政治家。軍人としての最終階級は陸軍大佐。
1902年10月11日生まれ      10月11日生まれの人      石川県出身の1902年生まれ      世界の1902年生まれの人
 290  瓜生外吉    石川県    Wikipedia
瓜生 外吉(うりゅう そときち、旧仮名遣い:うりう、安政4年1月2日(1857年1月27日) - 昭和12年(1937年)11月11日)は、大日本帝国の海軍軍人。最終階級は海軍大将。石川県出身。
 291  小栗孝三郎    石川県    Wikipedia
小栗 孝三郎(おぐり こうざぶろう、1868年9月19日(慶応4年8月4日) - 1944年(昭和19年)10月15日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍大将。
 292  寺垣猪三    石川県    Wikipedia
寺垣 猪三(てらがき いぞう、(1857年2月22日 (安政4年1月28日) - 1938年(昭和13年)6月1日)は、日本の海軍軍人。戦艦「敷島」艦長として日本海海戦を戦った。最終階級は海軍中将。旧名猪之助。
 293  石橋甫    石川県    金沢市Wikipedia
石橋 甫(いしばし はじめ、文久2年7月2日(1862年7月28日) - 昭和17年(1942年)1月11日)は、日本海軍の軍人。日清戦争では初代連合艦隊旗艦「松島」航海長、日露戦争開戦時は防護巡洋艦「高砂」の艦長、高砂の触雷・沈没後は仮装巡洋艦「亜米利加丸」の艦長。最終階級は海軍中将。従三位勲二等功四級。石川県金沢市瓢箪町出身。海軍随一の航海長であった[1]。
 294  川島令次郎    石川県    Wikipedia
川島 令次郎(かわしま れいじろう、1864年10月14日(元治元年9月14日) - 1947年(昭和22年)11月22日)は、日本海軍の軍人。海軍中将正三位勲一等功三級。宮中顧問官。
 295  斎藤半六    石川県    Wikipedia
斎藤 半六(さいとう はんろく、1869年7月24日 (明治2年6月16日) - 1952年(昭和27年)4月25日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 296  草鹿任一    石川県    Wikipedia
草鹿 任一(くさか じんいち、1888年(明治21年)12月7日 - 1972年(昭和47年)8月24日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。勲等は勲一等。
1888年12月7日生まれ      12月7日生まれの人      石川県出身の1888年生まれ      世界の1888年生まれの人
 297  草鹿龍之介    石川県    Wikipedia
草鹿 龍之介(くさか りゅうのすけ、1892年(明治25年)9月25日 - 1971年(昭和46年)11月23日)は、日本の海軍軍人、剣道家。海軍兵学校41期生。海軍大学校21期。最終階級は中将。一刀正伝無刀流第4代宗家。
 298  佐双左仲    石川県    Wikipedia
佐双 左仲(さそう さちゅう、1852年6月2日(嘉永5年4月15日) - 1905年10月9日)は、日本の海軍軍人、工学博士。旧名、堀尾友吉。位階勲等功級は、海軍造船総監・正四位・功三級・勲一等旭日大綬章・工学博士。
 299  井上敏夫    石川県    金沢市Wikipedia
井上 敏夫(いのうえ としお、1857年9月29日(安政4年8月12日) - 1924年(大正13年)3月9日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。衆議院議員2期。
 300  岸井孝一    石川県    Wikipedia
岸井 孝一(きしい こういち、1879年(明治12年)11月21日 - 1960年(昭和35年)3月23日)は、日本の海軍軍人。第一次世界大戦において第二水雷戦隊、第二特務艦隊の各参謀を務める。最終階級は海軍少将。
 301  森友一    石川県    Wikipedia
森 友一(もり ともかず/もり ともいち、1893年(明治26年)2月28日 - 1959年(昭和34年)1月23日)は、日本海軍の軍人。操艦の名手といわれ[1]、太平洋戦争において重巡洋艦・「羽黒」艦長として歴戦。のち第一水雷戦隊司令官を務めた海軍少将である。
 302  岡田次作    石川県    Wikipedia
岡田 次作(おかだ じさく、1893年(明治26年)8月13日 - 1942年(昭和17年)6月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
 303  松井健吉    石川県    Wikipedia
松井 健吉(まつい けんきち、1869年(明治2年)5月10日[1] - 1905年(明治38年)5月27日)は、日本の海軍軍人。日本海海戦において戦死した第1艦隊第1戦隊参謀である。最終階級は海軍中佐。
 304  ヘルベルト・ヴォールファールト    石川県    Wikipedia
ハインリヒ・ヴィルヘルム・ヘルベルト・ヴォールファールト(Heinrich Wilhelm Herbert Wohlfarth[1])は、ドイツ海軍の軍人。第二次世界大戦で活躍したUボートの指揮官のひとり。
 305  浦茂    石川県    金沢市Wikipedia
浦 茂(うら しげる、1909年2月11日 - 2001年11月18日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、実業家である。航空自衛隊では第5代航空幕僚長を務めた。最終階級は中佐(旧陸軍)、航空幕僚長たる空将(空自)。
 306  須摩洋朔    石川県    志賀町Wikipedia
須摩 洋朔(すま ようさく、1907年(明治40年)9月1日 - 2000年(平成12年)3月30日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官、作曲家、指揮者、トロンボーン奏者。最終階級は帝国陸軍では陸軍軍楽大尉、陸自では1等陸佐。石川県羽咋郡富来町(現志賀町)出身。別名は明石丈夫(あかしたけお)、築地洋(つきじひろし)、七海富夫。
 307  林銑十郎    石川県    金沢市Wikipedia
林 銑十郎(はやし せんじゅうろう、1876年(明治9年)2月23日 - 1943年(昭和18年)2月4日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は正二位。勲等は勲一等。功級は功四級。
1876年2月23日生まれ      2月23日生まれの人      石川県出身の1876年生まれ      世界の1876年生まれの人
 308  阿部信行    石川県    金沢市Wikipedia
阿部 信行(あべ のぶゆき、1875年(明治8年)11月24日 - 1953年(昭和28年)9月7日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は正二位。勲等は勲一等。
1875年11月24日生まれ      11月24日生まれの人      石川県出身の1875年生まれ      世界の1875年生まれの人


福井県
 309  長谷川清    福井県    Wikipedia
長谷川 清(はせがわ きよし、1883年(明治16年)5月7日 - 1970年(昭和45年)9月2日)は、日本の海軍軍人。最終階級は正三位 勲一等 功一級 海軍大将。福井県足羽郡社村(現・福井市)出身。
 310  岡田啓介    福井県    Wikipedia
岡田 啓介(おかだ けいすけ、1868年2月14日(慶応4年旧暦1月21日[注釈 1]) - 1952年(昭和27年)10月17日)は、日本の軍人、政治家。最終階級は海軍大将。栄典は勲一等功三級。
 311  津田静枝    福井県    Wikipedia
津田 静枝(つだ しずえ、1883年(明治16年)4月11日 - 1964年(昭和39年)9月13日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。福井県福井市出身。
 312  松尾伝蔵    福井県    Wikipedia
松尾 伝蔵(まつお でんぞう、明治5年8月16日(1872年9月18日) - 昭和11年(1936年)2月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
 313  小野寺重太郎    福井県    Wikipedia
小野寺 重太郎(おのでら じゅうたろう、1871年1月18日(明治3年11月28日) - 1939年(昭和14年)2月5日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 314  木下勇    福井県    Wikipedia
木下 勇(きのした いさむ、1893年(明治26年)11月4日 - 1945年(昭和20年)7月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。最後の功一級金鵄勲章受章者。
 315  塚原二四三    福井県    Wikipedia
塚原 二四三 (つかはら にしぞう、一説には「つかはら ふしみ」、明治20年(1887年)4月3日 - 昭和41年(1966年)3月6日)は大正~昭和期の日本の海軍軍人。海軍大将。福井県生まれ。本籍は山梨県中巨摩郡三恵村(現南アルプス市)[1] 。
 316  儀峨徹二    福井県    Wikipedia
儀峨 徹二(ぎが てつじ、1885年(明治18年)4月29日 - 1965年(昭和40年)1月27日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 317  長井満    福井県    Wikipedia
長井満(ながいみつる、1895年(明治28年)1月16日 - 1978年(昭和53年)12月13日)は、昭和期の大日本帝国海軍軍人。最終階級は従四位勲二等海軍少将。福井県丹生郡殿下村(現福井市風尾町)出身。長井斎藤別当実盛の後裔と伝える浄土真宗勝鬘寺の長井真応住職の四男。長兄に仏教学者長井真琴博士、三兄に真向法の創始者として知られる長井津がいる。弟の長井洗は陸軍中佐。
1895年1月16日生まれ      1月16日生まれの人      福井県出身の1895年生まれ      世界の1895年生まれの人
 318  古川鈊三郎    福井県    Wikipedia
古川 鈊三郎(ふるかわ しんざぶろう、1872年11月24日(明治5年10月24日) - 1959年1月1日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 319  名和又八郎    福井県    Wikipedia
名和 又八郎(なわ またはちろう、文久3年12月22日(1864年1月30日) - 昭和3年(1928年)1月12日)は、日本の海軍軍人、海軍大将。
 320  佐久間勉    福井県    Wikipedia
佐久間 勉(さくま つとむ、1879年9月13日 - 1910年4月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大尉。
 321  清水規矩    福井県    Wikipedia
清水 規矩(しみず のりつね、1890年(明治23年)2月10日 - 1968年(昭和43年)1月19日は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 322  下山琢磨    福井県    Wikipedia
下山 琢磨(しもやま たくま、1892年(明治25年)12月1日 - 1957年(昭和32年)12月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 323  松村知勝    福井県    Wikipedia
松村 知勝(まつむら ともかつ、1899年(明治32年)10月13日 - 1979年(昭和54年)5月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 324  加藤寛治    福井県    Wikipedia
加藤 寛治(かとう ひろはる、有職読み:かんじ、1870年10月26日(明治3年10月2日) - 1939年(昭和14年)4月9日)は、明治、大正、昭和期の日本の海軍軍人、海軍大将。福井県福井市出身。元福井藩士、海軍大尉・加藤直方の長男。子息・孝治は陸軍大将・武藤信義の養子。
 325  松井命    福井県    Wikipedia
松井 命(まつい まこと、1883年12月12日 - 1970年9月29日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。日野重工業社長。
 326  津田静枝    福井県    Wikipedia
津田 静枝(つだ しずえ、1883年(明治16年)4月11日 - 1964年(昭和39年)9月13日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。福井県福井市出身。
 327  井上継松    福井県    Wikipedia
井上 継松(いのうえ つぐまつ、1883年5月 - 1966年12月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 328  渋谷隆太郎    福井県    Wikipedia
渋谷 隆太郎(しぶや りゅうたろう、1887年4月5日 - 1973年4月8日)は、日本海軍軍人。最終階級は海軍中将。最後の海軍艦政本部長を勤める。杉政人、上田宗重らと同様に機関科出身者として最初の海軍大将候補であった[1]。
 329  東郷正路    福井県    Wikipedia
東郷 正路(とうごう まさみち、1852年4月19日(嘉永5年3月1日) - 1906年1月4日)は、日本海軍の軍人、最終階級は海軍中将。幼名、哲吉。
 330  横山彦六    福井県    Wikipedia
横山 彦六(よこやま ひころく、1866年(慶応2年10月) - 1957年2月15日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 331  鈴木敏通    福井県    Wikipedia
鈴木 敏通(すずき としみち、1924年(大正13年) - 2008年(平成20年)3月15日)は、日本の陸軍軍人及び陸上自衛官。陸軍士官学校本科修了(第57期)。第15代陸上幕僚長。
 332  岡田啓介    福井県    Wikipedia
岡田 啓介(おかだ けいすけ、1868年2月14日(慶応4年旧暦1月21日[注釈 1]) - 1952年(昭和27年)10月17日)は、日本の軍人、政治家。最終階級は海軍大将。栄典は勲一等功三級。


山梨県
 333  田村怡与造    山梨県    笛吹市Wikipedia
田村 怡与造(たむら いよぞう、嘉永7年10月11日(1854年11月30日) - 明治36年(1903年)10月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 334  塚原二四三    山梨県    南アルプス市Wikipedia
塚原 二四三 (つかはら にしぞう、一説には「つかはら ふしみ」、明治20年(1887年)4月3日 - 昭和41年(1966年)3月6日)は大正~昭和期の日本の海軍軍人。海軍大将。福井県生まれ。本籍は山梨県中巨摩郡三恵村(現南アルプス市)[1] 。
 335  山崎保代    山梨県    都留市Wikipedia
山崎 保代(やまさき やすよ、1891年10月17日 - 1943年5月29日)は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。太平洋戦争(大東亜戦争)中に、アッツ島の戦いを指揮し17日間の激しい抗戦の後戦死した。


長野県
 336  中原謹司    長野県    Wikipedia
中原 謹司(なかはら きんじ、1889年2月7日 - 1951年3月1日)は日本の政治家。長野県の在郷軍人有志で結成された政治結社信州郷軍同志会の理論的指導者であり、大政翼賛会では中央協力会議部副部長として新体制運動を担った。号は起雲子。
 337  安東貞美    長野県    Wikipedia
安東 貞美(あんどう さだよし、 または故実読みで ていび、嘉永6年8月19日(1853年10月20日) - 昭和7年(1932年)8月29日)は、日本の陸軍軍人。朝鮮駐剳軍司令官、第10師団長、第12師団長、台湾総督などを歴任した。階級は陸軍大将勲一等功三級。勲功により男爵に叙爵された。
 338  福島安正    長野県    Wikipedia
福島 安正(ふくしま やすまさ、嘉永5年9月15日(1852年10月27日) - 大正8年(1919年)2月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。男爵。萩野末吉に続く情報将校。
二松學舍大学出身      長野県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 339  神尾光臣    長野県    Wikipedia
神尾 光臣(かみお みつおみ、安政2年1月11日(1855年2月27日) - 1927年(昭和2年)2月6日)は、日本の陸軍軍人、華族。東京衛戍総督、青島守備軍司令官、第9師団・第18師団長等を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功一級男爵に至る。
 340  栗林忠道    長野県    長野市(旧西条村Wikipedia
栗林 忠道(くりばやし ただみち、1891年〈明治24年〉7月7日 ‐ 1945年〈昭和20年〉3月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。位階勲等は従四位勲一等(旭日大綬章)。長野県埴科郡西条村(現:長野市松代町)出身。
1891年7月7日生まれ      7月7日生まれの人      長野県出身の1891年生まれ      世界の1891年生まれの人
 341  山田乙三    長野県    Wikipedia
山田 乙三(やまだ おとぞう、1881年(明治14年)11月6日 - 1965年(昭和40年)7月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
 342  永田鉄山    長野県    Wikipedia
永田 鉄山(ながた てつざん、1884年(明治17年)1月14日 - 1935年(昭和10年)8月12日)は、日本の陸軍軍人。統制派の中心人物。陸軍中央幼年学校を2位、陸軍士官学校を首席、陸軍大学校も2位で卒業、参謀本部第2部長、歩兵第1旅団長などを歴任する。軍務官僚として常に本流を歩み「将来の陸軍大臣」「陸軍に永田あり」「永田の前に永田なく、永田の後に永田なし」[1]と評される秀才だったが、陸軍内部の統制派と皇道派の抗争に関連して相沢三郎陸軍中佐に殺害される。死亡時は、陸軍省軍務局長で階級は陸軍少将。陸軍三羽烏の一人。
1884年1月14日生まれ      1月14日生まれの人      長野県出身の1884年生まれ      世界の1884年生まれの人
 343  小須田勝造    長野県    Wikipedia
小須田 勝造(こすだ かつぞう、1886年2月20日 - 1977年12月26日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍中将。
 344  平林盛人    長野県    Wikipedia
平林 盛人(ひらばやし もりと、1887年11月10日 - 1969年5月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。
 345  細見惟雄    長野県    Wikipedia
細見 惟雄(ほそみ これお、1892年(明治25年)4月9日 - 1963年(昭和38年)8月10日)は、日本陸軍の軍人。陸士25期。最終階級は陸軍中将。
 346  堀内文次郎    長野県    Wikipedia
堀内 文次郎(ほりうち ぶんじろう、文久3年9月17日(1863年10月29日) - 1942年(昭和17年)3月14日)は、日本の陸軍軍人。陸士旧7期。栄典は従四位勲二等功二級。最終階級は陸軍中将。
 347  本多政材    長野県    Wikipedia
本多 政材(ほんだ まさき、1889年(明治22年)5月17日 - 1964年(昭和39年)7月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 348  丸山政男    長野県    Wikipedia
丸山 政男(まるやま まさお、1889年9月13日 - 1957年11月11日は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 349  宮崎周一    長野県    Wikipedia
宮崎 周一(みやざき しゅういち、1895年(明治28年)2月6日 - 1969年(昭和44年)10月16日)は、昭和期の日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。兵科は歩兵。
 350  両角業作    長野県    Wikipedia
両角 業作(もろずみ ぎょうさく、1888年1月4日 - 1963年9月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 351  柳田元三    長野県    Wikipedia
柳田 元三(やなぎた げんぞう、1893年1月3日 - 1952年10月7日)は、日本の陸軍軍人、最終階級は陸軍中将。
 352  今井武夫    長野県    Wikipedia
今井 武夫(いまい たけお、1898年2月23日 - 1982年6月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 353  木島袈裟雄    長野県    Wikipedia
木島 袈裟雄(きじま けさお、1889年(明治22年)11月20日 - 1965年(昭和40年)2月10日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。
 354  牧野毅    長野県    Wikipedia
牧野 毅(まきの つよし、1845年5月(弘化元年4月)- 1894年(明治27年)9月1日)は、日本の陸軍軍人。陸軍少将、正四位勲三等。大阪砲兵工廠提理。近代日本の砲兵術・製鉄事業の先駆けの一人[1]。
 355  塩沢幸一    長野県    Wikipedia
塩沢 幸一(しおざわ こういち、1883年(明治16年)3月5日 - 1943年(昭和18年)11月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。長野県伊那郡大草村(現上伊那郡中川村)出身。実家は養命酒で有名な養命酒製造で塩沢はその四男。妻すがは代議士・北原阿智之助次女。文芸評論家の中沢臨川は次兄。
1883年3月5日生まれ      3月5日生まれの人      長野県出身の1883年生まれ      世界の1883年生まれの人
 356  有賀幸作    長野県    辰野町(旧朝日村Wikipedia
有賀 幸作(あるが こうさく、1897年(明治30年)8月21日 - 1945年(昭和20年)4月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。戦艦大和最後の艦長として有名である。長野県南信地方に多い姓である有賀は、「ありが」ではなく「あるが」と読む例が多いが、当人は相手が聞き返すことを嫌い、ありがの読み方で通した[1]。軍帽裏のネーム刺繍もアリガとしていた。
 357  伊東義五郎    長野県    Wikipedia
伊東 義五郎(いとう よしごろう、1858年6月26日(安政5年5月16日) - 1919年2月22日)は、日本海軍の軍人、最終階級は海軍中将。男爵。
 358  金子繁治    長野県    Wikipedia
金子 繁治(かねこ しげじ、1894年(明治27年)4月20日 - 1981年(昭和56年)2月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 359  小林宗之助    長野県    Wikipedia
小林 宗之助(こばやし そうのすけ、1886年10月2日 - 1975年3月17日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 360  鹿野勇之進    長野県    Wikipedia
鹿野 勇之進(かの ゆうのしん、1851年10月8日(嘉永4年9月14日) - 1914年4月7日)は、日本の海軍軍人、政治家、華族。海軍中将正四位勲二等功三級男爵。貴族院議員。
 361  坂本俊篤    長野県    Wikipedia
坂本 俊篤(さかもと としあつ、1858年11月30日(安政5年10月25日) - 1941年3月17日)は、日本海軍の軍人、政治家。海軍中将従二位勲一等功三級男爵。貴族院議員。
 362  渋谷紫郎    長野県    Wikipedia
渋谷 紫郎(しぶや しろう、1893年(明治26年)11月18日 - 1945年(昭和20年)1月12日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争初期に第十六駆逐隊司令として南方攻略戦に参加し、のち第百一戦隊司令官として戦死した海軍中将である。
 363  清水光美    長野県    Wikipedia
清水光美(しみず みつみ、1888年(明治21年)3月16日 - 1971年(昭和46年)5月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 364  中澤佑    長野県    Wikipedia
中澤 佑(なかざわ たすく、1894年(明治27年)6月28日 - 1977年(昭和52年)12月22日)は、日本の海軍軍人。海兵43期、海大26期。最終階級は海軍中将。
 365  富岡定恭    長野県    Wikipedia
富岡 定恭(とみおか さだやす、1854年12月24日(嘉永7年11月5日) - 1917年(大正6年)7月1日)は、日本の海軍軍人、華族。最終階級は海軍中将。男爵。
 366  樋口修一郎    長野県    Wikipedia
樋口 修一郎(ひぐち しゅういちろう、1888年(明治21年)1月18日 - 1949年(昭和24年)11月24日)は、日本の海軍軍人。海軍潜水学校校長を務めた海軍中将である。
 367  藤森康男    長野県    Wikipedia
藤森 康男(ふじもり やすお、1907年(明治40年)11月28日-)は日本海軍軍人。海兵56期卒業。最終階級は海軍中佐。
 368  代田銀太郎    長野県    Wikipedia
代田 銀太郎(しろた ぎんたろう、1914年 - 2006年6月7日)は、日本の陸軍軍人・作詞家。最終階級は中尉。
 369  細萱戊子郎    長野県    Wikipedia
細萱 戊子郎(ほそがや ぼしろう、1888年(明治21年)6月24日 - 1964年(昭和39年)2月8日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 370  丸茂邦則    長野県    Wikipedia
丸茂 邦則(まるも くになり[1]、または まるも くにのり、1891年10月2日 - 1985年6月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 371  春日篤    長野県    Wikipedia
春日 篤(かすが あつし、1887年10月4日 - 1976年2月11日)は、長野県下高井郡穂波村佐野(現在、山ノ内町)出身の日本の帝国海軍軍人。最終階級は海軍少将。
 372  古村啓蔵    長野県    Wikipedia
古村 啓蔵(こむら けいぞう、1896年7月20日 - 1978年2月7日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。戦艦「武蔵」の第2代艦長であり、坊の岬沖海戦では軽巡洋艦「矢矧」に乗艦。第二水雷戦隊を指揮していた。あだ名は「両舷直の親玉」[1]。
 373  藤森清一朗    長野県    Wikipedia
藤森 清一朗(ふじもり せいいちろう、1888年11月10日 - 1975年5月20日)は、日本の海軍軍人。大東亜戦争に於ける一連の戦いでは、既に予備役となっていたにも拘らず充員召集され、司令官として各地を転戦した。海軍兵学校37期、海軍大学校19期卒。最終階級は海軍少将。
 374  柳澤蔵之助    長野県    Wikipedia
柳澤 蔵之助(やなぎさわ くらのすけ、1898年(明治31年)2月20日 - 1944年(昭和19年)3月31日)は、日本の海軍軍人。海兵46期、海大29期(首席)。最終階級は海軍少将。長野県佐久市出身。
 375  上原良司    長野県    Wikipedia
上原 良司(うえはら りょうじ、1922年9月27日 - 1945年5月11日)は、大日本帝国陸軍軍人。 陸軍特別攻撃隊第56振武隊員。
慶應義塾大学出身      長野県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 376  小沢豁郎    長野県    Wikipedia
小沢 豁郎(おざわ かつろう、安政5年3月12日(1858年4月25日) - 明治34年(1901年)3月19日)は、日本の陸軍軍人、国粋主義者。清仏戦争に乗じて清国改造の革命を起こそうとした。東邦協会設立発起人。
 377  小平好直    長野県    Wikipedia
小平 好直(こだいら よしなお)は、日本の海軍軍人、航空自衛官。第二次世界大戦中は日本海軍航空隊の一員で、撃墜王の1人にも数えられた。太平洋戦線では空母翔鶴や千代田に配置され、珊瑚海海戦やガダルカナル島の戦い、第二次ソロモン海戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦など、多くの激戦に参加した。公的な撃墜記録は13機とされている。戦後、航空自衛隊に入隊。2008年、航空自衛隊のOB組織であるつばさ会がホームページ上で小平の死を伝えた。
 378  島村信政    長野県    Wikipedia
島村 信政(しまむら のぶまさ、1902年(明治35年)8月7日 - 1944年(昭和19年)4月1日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中佐。殉職後は海軍大佐。
 379  西沢広義    長野県    Wikipedia
西澤 廣義/西沢 広義(にしざわ ひろよし、1920年(大正9年)1月27日 - 1944年(昭和19年)10月26日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争におけるエース・パイロット。戦死による二階級特進で最終階級は海軍中尉。
 380  原田要    長野県    Wikipedia
原田 要(はらだ かなめ、1916年(大正5年)8月11日 - 2016年(平成28年)5月3日)は、日本の海軍軍人、戦闘機操縦者、最終階級は海軍中尉。
 381  水城圭次    長野県    Wikipedia
水城 圭次(みずしろ けいじ、1883年(明治17年)11月10日 - 1927年(昭和2年)12月26日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
 382  渡辺静    長野県    Wikipedia
渡辺 静(わたなべ しずか、1923年4月15日 - 1945年6月6日)は、プロ野球選手(投手)、大日本帝国陸軍軍人。
 383  赤沼金三郎    長野県    Wikipedia
赤沼 金三郎(あかぬま きんざぶろう、1865年7月22日(慶応元年5月30日) - 1900年(明治33年)11月5日)は明治時代の教育者、軍人、倫理学者。字は士朗、号は天心狂史、枕戟学人[1]。死去時の地位は第一高等学校講師陸軍歩兵中尉従七位勲六等文学士。
 384  斎藤瀏    長野県    Wikipedia
斎藤 瀏(さいとう りゅう、1879年4月16日 - 1953年7月5日)は、日本の陸軍軍人、歌人。同じく歌人の斎藤史は長女。


岐阜県
 385  豊田穣    岐阜県    瑞穂市Wikipedia
豊田 穣(とよだ じょう、1920年(大正9年)3月14日 - 1994年(平成6年)1月30日)は、日本の小説家・作家、元海軍軍人(最終階級は海軍中尉)。
1920年3月14日生まれ      3月14日生まれの人      岐阜県出身の1920年生まれ      世界の1920年生まれの人
 386  長良治雄    岐阜県    Wikipedia
長良 治雄(ながら はるお[1]、1919年 - 1945年5月25日[2]) は、日本の元アマチュア野球選手、大日本帝国海軍[3]軍人。慶應義塾体育会野球部で二塁手として活躍した人物である。岐阜県出身。
 387  大島健一    岐阜県    恵那市Wikipedia
大島 健一(おおしま けんいち、1858年6月19日(安政5年5月9日) - 1947年(昭和22年)3月24日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。陸軍大臣、大東文化学院総長(第3代)などを歴任した。
 388  大島浩    岐阜県    恵那市Wikipedia
大島 浩(おおしま ひろし、1886年(明治19年)4月19日 - 1975年(昭和50年)6月6日)は、日本の昭和期の陸軍軍人である。最終階級は陸軍中将。
1886年4月19日生まれ      4月19日生まれの人      岐阜県出身の1886年生まれ      世界の1886年生まれの人
 389  樋口季一郎    岐阜県    大垣市Wikipedia
樋口 季一郎(ひぐち きいちろう、1888年8月20日 - 1970年10月11日)は、日本の陸軍軍人。兵庫県淡路島出身。最終階級は陸軍中将。歩兵第41連隊長、第3師団参謀長、ハルピン特務機関長、第9師団師団長等を歴任し、最終役職は第5方面軍司令官兼北部軍管区司令官。
1888年8月20日生まれ      8月20日生まれの人      岐阜県出身の1888年生まれ      世界の1888年生まれの人
 390  宮崎繁三郎    岐阜県    岐阜市Wikipedia
宮崎 繁三郎(みやざき しげさぶろう、明治25年(1892年)1月4日 - 昭和40年(1965年)8月30日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 391  中島完一    岐阜県     下呂市Wikipedia
中島 完一(なかしま かんいち、1882年(明治15年)2月3日 - 1943年(昭和18年)2月19日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 392  坂田義朗    岐阜県    Wikipedia
坂田 義朗(さかた よしろう、1888年7月26日 - 1933年7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
 393  塚本勝嘉    岐阜県    Wikipedia
塚本 勝嘉(つかもと かつよし、1847年12月27日(弘化4年11月20日) - 1912年1月15日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。幼名・琢磨。
 394  山田清一    岐阜県    Wikipedia
山田 清一(やまだ せいいち、1893年10月2日 - 1945年8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 395  渡辺寿 (陸軍軍人)    岐阜県    Wikipedia
渡邊 壽(わたなべ ひさし、1874年11月29日 - 1962年1月29日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 396  寺倉正三    岐阜県    Wikipedia
寺倉 正三(てらくら しょうぞう、1889年(明治22年)10月14日 - 1964年(昭和39年)7月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 397  前田正実    岐阜県    Wikipedia
前田 正実(まえだ まさみ、1892年11月10日 - 1953年7月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 398  安田伊左衛門    岐阜県    Wikipedia
安田 伊左衛門(やすだ いさえもん、安田 伊左衞門、1872年8月31日(明治5年7月28日[1]) - 1958年(昭和33年)5月18日)は、日本の陸軍軍人、政治家。軍人としての階級は陸軍騎兵大尉。衆議院議員ののち貴族院議員。他に日本競馬会理事長、日本中央競馬会理事長を務める。栄典は正五位勲三等旭日中綬章。
東京大学出身      岐阜県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 399  井田正孝    岐阜県    Wikipedia
井田 正孝(いだ まさたか、1912年10月5日 - 2004年2月6日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍中佐。後に旧姓・岩田に復した。
 400  坂井菴    岐阜県    Wikipedia
坂井 菴(さかい いおり、1909年(明治42年)8月6日 - ?)は、大日本帝国陸軍の軍人、戦闘機操縦者。少候13期。第二次世界大戦に参加した最古参の現役戦闘機乗りのひとりで、教官やテストパイロットとしても活躍した。最終階級は陸軍少佐。
 401  田結穣    岐阜県    大垣市Wikipedia
田結 穣(たゆい みのる、1890年(明治23年)1月20日 - 1977年(昭和52年)6月28日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 402  黒木博司    岐阜県    Wikipedia
黒木 博司(くろき ひろし、1921年(大正10年)9月11日 - 1944年(昭和19年)9月7日)は、日本の海軍軍人。海軍機関学校51期。太平洋戦争の末期、仁科関夫中尉とともに人間魚雷「回天」を創案し、自らも搭乗して訓練中の事故で殉職した。最終階級は海軍少佐。
 403  高井太郎    岐阜県    Wikipedia
高井 太郎(たかい たろう 、1920年(大正9年) - 2010年(平成22年)1月23日)は、日本の岐阜県出身の大日本帝国海軍軍人及び企業経営者である。海軍兵学校卒業(70期)。
 404  市岡寿    岐阜県    Wikipedia
市岡 寿(いちおか ひさし、1893年5月26日 - 1963年2月14日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 405  吉田学    岐阜県    Wikipedia
吉田 学(よしだ まなぶ、1927年(昭和2年)2月24日 - 2011年(平成23年)6月7日[1])は、日本の海軍軍人及び海上保安官、海上自衛官。第15代海上幕僚長。海上自衛隊におけるイージス艦導入を推し進めた人物。岐阜県出身。
 406  安東昌喬    岐阜県    Wikipedia
安東 昌喬(あんどう まさたか、1880年5月28日 - 1956年4月7日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 407  福田馬之助    岐阜県    Wikipedia
福田 馬之助(ふくだ うまのすけ、1856年(安政3年)10月24日 - 1936年(昭和11年)4月12日)は、日本の船舶工学者、海軍軍人。位階勲等功級は、海軍技術中将・従三位・功四級・勲一等旭日大綬章・勲二等瑞宝章。工学博士。


静岡県
 408  和泉覚    静岡県    Wikipedia
和泉 覚(いずみ さとる、1912年(明治44年)5月18日 - 2005年(平成17年)5月7日)は、創価学会理事長(第4代)、政治家。静岡県出身。職業軍人として、1942年(昭和17年)暮れ、最前線のニューギニアに出兵。九死に一生を得て、1946年(昭和21年)6月復員。戦後、戸田城聖の下で、柏原ヤスらと共に、創価学会の再建に奔走。同会理事、小岩支部長、江東総支部長などを経て、理事長(第4代)、日蓮正宗法華講大講頭となる。参議院議員(1期)を歴任する。
 409  井出謙治    静岡県    Wikipedia
井出 謙治(いで けんじ、1870年6月7日(明治3年5月9日) - 1946年(昭和21年)10月30日)は、日本の海軍軍人、海軍大将。
 410  井口省吾    静岡県    Wikipedia
井口 省吾(いぐち しょうご、安政2年8月10日(1855年9月20日) - 大正14年(1925年)3月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。日清戦争、日露戦争期を代表する軍人の一人である。駿河国出身。
 411  木村昌福    静岡県    Wikipedia
木村 昌福(きむら まさとみ、1891年(明治24年)12月6日 - 1960年(昭和35年)2月14日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。静岡県生まれ。


愛知県
 412  八代六郎    愛知県    犬山市Wikipedia
八代 六郎(やしろ ろくろう、安政7年1月3日(1860年1月25日)- 昭和5年(1930年)6月30日)は明治~大正期の日本海軍軍人。政治家。海軍大将。男爵。愛知県犬山市出身。兄は衆議院議員の松山義根。
 413  大角岑生    愛知県    稲沢市Wikipedia
大角 岑生(おおすみ みねお、明治9年(1876年)5月1日 - 昭和16年(1941年)2月5日)は、大正〜昭和期の日本の海軍軍人、政治家、華族。海軍大将。男爵。愛知県出身で本籍は高知県。
1876年5月1日生まれ      5月1日生まれの人      愛知県出身の1876年生まれ      世界の1876年生まれの人
 414  土屋光春    愛知県    岡崎市Wikipedia
土屋 光春(つちや みつはる、嘉永元年8月26日(1848年9月23日) - 1920年(大正9年)11月17日)は、明治時代~大正時代の陸軍軍人。階級及び位階勲等功級爵位は陸軍大将正三位勲一等功二級男爵。
 415  鈴木宗作    愛知県    Wikipedia
鈴木 宗作(すずき そうさく、1891年(明治24年)9月27日 - 1945年(昭和20年)4月19日は、日本の陸軍軍人。愛知県出身。陸士24期、陸大31期。
 416  松井石根    愛知県    名古屋市Wikipedia
松井 石根(まつい いわね、明治11年(1878年)7月27日 - 昭和23年(1948年)12月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。荒尾精の信奉者[1]として、「日中提携」「アジア保全」の運動に生涯をかけたが、ポツダム宣言受諾後、「南京事件」の責任を問われて極東国際軍事裁判(東京裁判)にて死刑判決(B級戦犯[2])を受け、処刑された。
1878年7月27日生まれ      7月27日生まれの人      愛知県出身の1878年生まれ      世界の1878年生まれの人
 417  渡辺錠太郎    愛知県    小牧市Wikipedia
渡辺 錠太郎(わたなべ じょうたろう、1874年4月16日 - 1936年2月26日)は、日本の昭和初期の陸軍軍人で、二・二六事件の犠牲者である。
1874年4月16日生まれ      4月16日生まれの人      愛知県出身の1874年生まれ      世界の1874年生まれの人
 418  伊藤乙次郎    愛知県    Wikipedia
伊藤 乙次郎(いとう おとじろう、1866年12月2日(慶応2年10月26日) - 1941年3月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 419  大野寛    愛知県    Wikipedia
大野 寛(おおの ひろし、1883年3月31日 - 1956年10月6日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。旧姓、磯村。
 420  杉浦嘉十    愛知県    Wikipedia
杉浦 嘉十(すぎうら かじゅう、1896年(明治29年)5月5日 - 1945年(昭和20年)5月16日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 421  土屋光金    愛知県    Wikipedia
土屋 光金(つちや みつかね、1864年12月1日(元治元年11月3日) - 1925年3月20日)は、日本の海軍軍人、政治家、華族。最終階級は海軍中将。貴族院議員、男爵。
慶應義塾大学出身      愛知県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 422  日比野正治    愛知県    Wikipedia
日比野 正治(ひびの まさはる、1885年(明治18年)2月2日 - 1947年(昭和22年)3月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 423  三輪茂義    愛知県    Wikipedia
三輪 茂義(みわ しげよし、1892年5月15日 - 1959年2月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 424  飯沼守    愛知県    Wikipedia
飯沼 守(いいぬま まもる、1888年11月25日 - 1978年3月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 425  今井清    愛知県    Wikipedia
今井 清(いまい きよし、1882年9月10日 - 1938年1月22日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
1882年9月10日生まれ      9月10日生まれの人      愛知県出身の1882年生まれ      世界の1882年生まれの人
 426  岩松義雄    愛知県    Wikipedia
岩松 義雄(いわまつ よしお、1886年5月3日 - 1958年4月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 427  大塚堅之助    愛知県    Wikipedia
大塚 堅之助(おおつか けんのすけ、1882年(明治15年)7月2日)- 1962年(昭和37年)11月22日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 428  荻洲立兵    愛知県    Wikipedia
荻洲 立兵(おぎす りっぺい、1884年1月24日 - 1949年12月22日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 429  神田正種    愛知県    Wikipedia
神田 正種(かんだ まさたね、1890年4月24日 - 1983年1月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 430  酒井鎬次    愛知県    Wikipedia
酒井 鎬次(さかい こうじ、明治18年(1885年)11月4日 - 昭和48年(1973年)3月2日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。鎬次を「たかつぐ」と読む文献もあり、注意を要する。
 431  桜井省三    愛知県    Wikipedia
桜井 省三(さくらい しょうぞう、1889年6月27日 - 1985年7月7日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 432  永津佐比重    愛知県    Wikipedia
永津 佐比重(ながつ さひじゅう、1889年(明治22年)3月1日 - 1979年(昭和54年)9月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 433  中村明人    愛知県    Wikipedia
中村 明人(なかむら あけと、1889年4月11日 - 1966年9月12日)は、大日本帝国の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。太平洋戦争時のタイ国駐屯軍司令官。
 434  橋本虎之助    愛知県    Wikipedia
橋本 虎之助(はしもと とらのすけ、1883年(明治16年)6月6日 - 1952年(昭和27年)1月26日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。愛知県出身。
 435  松井七夫    愛知県    Wikipedia
松井 七夫(まつい ななお/しちお、1880年3月15日 - 1943年2月20日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 436  若松只一    愛知県    Wikipedia
若松 只一(わかまつ ただかず、1893年3月8日 - 1959年11月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。終戦時の陸軍次官。
 437  鷲津鈆平    愛知県    Wikipedia
鷲津 鈆平(わしづ しょうへい、1885年1月20日 - 1970年2月20日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 438  大林末雄    愛知県    名古屋市Wikipedia
大林 末雄(おおばやし すえお、1895年(明治28年)3月8日 - 1983年(昭和58年)4月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。愛知県宝飯郡上佐脇出身。
 439  森下信衛    愛知県    Wikipedia
森下 信衛(もりした のぶえ、1895年(明治28年)2月2日 - 1960年(昭和35年)6月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。愛知県出身。正しくは、「衛」ではなく旧字体の「衞」である。[1]。
 440  横井俊之    愛知県    Wikipedia
横井 俊之(よこい としゆき、1897年3月11日 - 1969年12月23日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
 441  池田末男    愛知県    豊橋市Wikipedia
池田 末男(いけだ すえお、1900年12月21日 - 1945年8月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は少将。士候34期。占守島の戦いで戦死した。「戦車隊の神様」と呼ばれる。
 442  今沢義雄    愛知県    豊田市Wikipedia
今澤 義雄(いまさわ よしお、1858年11月29日(安政5年10月24日) - 1941年(昭和16年)12月5日)は、日本の武士(岡崎藩士)、日本陸軍の軍人。陸軍少将、従四位・勲三等・功三級。
 443  北川武    愛知県    Wikipedia
北川 武(きたがわ たけし、1858年(安政5年) - 1913年(大正2年)1月2日は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。位階勲等功級は、従四位・勲三等・功四級。陸軍電信部隊の創設者。
 444  桜井鐐三    愛知県    名古屋市Wikipedia
桜井 鐐三(さくらい りょうぞう、明治30年(1897年)1月15日 - 没年月日不詳)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 445  馬淵逸雄    愛知県    Wikipedia
馬淵 逸雄(まぶち いつお、1896年(明治29年)8月31日 - 1973年(昭和48年)9月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 446  飯沼守麿    愛知県    Wikipedia
飯沼 守麿(いいぬま もりまろ)は、日本の陸軍軍人、史学者。軍人として陸軍少佐に進む。飯木納文は筆名。兄は陸軍中将で第110師団長・第96師団長・陸軍省人事局長などを歴任した飯沼守。
 447  大橋武夫    愛知県    蒲郡市Wikipedia
大橋 武夫(おおはし たけお、1906年(明治39年)11月18日 - 1987年(昭和62年)7月13日)は、日本の陸軍軍人、実業家、経営評論家。軍人として第53軍参謀・東部軍参謀等を務め、階級は陸軍中佐に至る。戦後東洋精密工業社長、同社相談役や偕行社副会長を歴任する。愛知県蒲郡市出身。
 448  大場栄    愛知県    Wikipedia
大場 栄(おおば さかえ、1914年3月21日 - 1992年6月8日) は、大日本帝国陸軍軍人、実業家、政治家。最終階級は大尉。有限会社丸栄産業代表取締役、蒲郡市議会議員。愛知県蒲郡市出身[1]。
 449  久納好孚    愛知県    名古屋市Wikipedia
久納 好孚(くのう こうふ、1921年1月15日 - 1944年10月21日)は、日本の海軍軍人。戦死による特進で最終階級は海軍少佐。未帰還になった神風特攻隊大和隊の隊長であり、特攻第一号とする主張がある。
法政大学出身      愛知県出身の法政大学の出身者      全国の法政大学の出身者
 450  堀場一雄    愛知県    Wikipedia
堀場 一雄(ほりば かずお、1901年(明治34年)2月1日 - 1953年(昭和28年)10月21日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大佐。愛知県出身。陸軍士官学校34期卒業で、同期の服部卓四郎および西浦進と並んで「34期の三羽烏」と称された。
 451  武藤金義    愛知県    大治町Wikipedia
武藤 金義(むとう かねよし、1916年(大正5年)8月18日 - 1945年(昭和20年)7月24日)は、日本の海軍軍人。戦死による特進で最終階級は中尉。支那事変、太平洋戦争における撃墜王。
 452  山本舜勝    愛知県    Wikipedia
山本 舜勝(やまもと きよかつ、1919年2月28日 - 2001年7月9日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。
 453  横井庄一    愛知県    愛西市Wikipedia
横井 庄一(よこい しょういち、1915年3月31日 - 1997年9月22日)は、日本の陸軍軍人、評論家。最終階級は陸軍軍曹、栄典は勲七等青色桐葉章。
1915年3月31日生まれ      3月31日生まれの人      愛知県出身の1915年生まれ      世界の1915年生まれの人
 454  杉江一三    愛知県    Wikipedia
杉江 一三(すぎえ いちぞう、1908年(明治41年)9月18日 - 1999年(平成11年)7月27日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官。海軍兵学校卒業(56期)。第5代海上幕僚長、第2代統合幕僚会議議長。
 455  石田捨雄    愛知県    Wikipedia
石田 捨雄(いしだ すてお、1916年(大正5年)4月 - 2002年(平成14年)7月20日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官である。海軍兵学校卒業(64期)。第9代海上幕僚長。妻は有馬正文中将の長女百合子である。
 456  伊藤乙次郎    愛知県    Wikipedia
伊藤 乙次郎(いとう おとじろう、1866年12月2日(慶応2年10月26日) - 1941年3月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。


三重県
 457  立見尚文    三重県    Wikipedia
立見 尚文(たつみ なおふみ/なおぶみ[1]、弘化2年7月19日(1845年8月21日) - 明治40年(1907年)3月6日)は桑名藩士、日本の裁判官・陸軍軍人。陸軍大将、男爵。通称は鑑三郎。号は快堂。変名に倉田巴。父は桑名藩士江戸勤番・町田伝太夫。
 458  近藤真琴    三重県    Wikipedia
近藤 真琴(こんどう まこと、天保2年9月24日(1831年10月29日) - 明治19年(1886年)9月4日)は、日本の教育家、思想家。明治の六大教育家の一人、攻玉社創立者。日本海軍軍人及び軍属、最終階級は海軍中佐。幼名は鉚之助。江戸生まれ。天保5年(1834年)9月14日に父を亡くし、4歳で家督を相続すると、諱を真琴、字を徽音、通称を誠一郎とした。


滋賀県
 459  野村實    滋賀県    彦根市Wikipedia
野村 実(野村 實 のむら みのる、1922年(大正11年)4月16日 - 2001年(平成13年)5月18日)は、日本の海軍軍人、軍事史研究者。専門は日本海軍史。
 460  上阪香苗    滋賀県    大津市Wikipedia
上阪 香苗(こうさか かなえ、1892年(明治25年)10月8日 - 1974年(昭和49年)12月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。滋賀県大津市出身。
 461  仁科関夫    滋賀県    大津市Wikipedia
仁科 関夫(にしな せきお、1923年(大正12年)4月10日 - 1944年(昭和19年)11月20日)は、日本の海軍軍人。海兵71期。太平洋戦争(大東亜戦争)の末期、人間魚雷「回天」を創案するとともに自らも出撃して戦死した。最終階級は海軍少佐[1][2]。
 462  三須宗太郎    滋賀県    彦根市Wikipedia
三須 宗太郎(みす そうたろう、安政2年8月6日(1855年9月16日) - 大正10年(1921年)12月24日)は、明治の海軍軍人。海軍大将。男爵。近江国(現滋賀県)出身。
 463  磯村武亮    滋賀県    Wikipedia
磯村 武亮(いそむら たけすけ、1898年(明治31年)1月15日 - 1945年(昭和20年)8月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 464  磯村年    滋賀県    Wikipedia
磯村 年(いそむら とし、1872年11月1日(明治5年9月30日) - 1961年(昭和36年)9月12日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
 465  大谷敬二郎    滋賀県    Wikipedia
大谷 敬二郎(おおたに けいじろう、1897年9月7日 - 1976年12月9日)は、日本の陸軍軍人、憲兵。最終階級は憲兵大佐。
 466  喜多誠一    滋賀県    Wikipedia
喜多 誠一(きた せいいち、1886年(明治19年)12月20日 - 1947年(昭和22年)8月7日[1])は、昭和期の日本の陸軍軍人。階級は陸軍大将正三位勲一等功四級に至る。
 467  北野憲造    滋賀県    Wikipedia
北野 憲造(きたの けんぞう、1889年(明治22年)8月24日 - 1960年(昭和35年)7月25日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 468  草場辰巳    滋賀県    Wikipedia
草場 辰巳(くさば たつみ、1888年1月2日 - 1946年9月20日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 469  菅晴次    滋賀県    Wikipedia
菅 晴次(かん はるじ、明治24年(1891年)2月28日 - 昭和60年(1985年)4月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 470  武田馨    滋賀県    Wikipedia
武田 馨(たけだ かおる、1892年(明治25年)2月22日 - 1959年(昭和34年)9月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 471  中村覚    滋賀県    彦根市Wikipedia
中村 覚(なかむら さとる、安政元年2月20日(1854年3月18日) - 大正14年(1925年)1月29日)は、日本の陸軍軍人、華族。階級は陸軍大将勲一等功二級男爵に昇る。
 472  久村種樹    滋賀県    Wikipedia
久村 種樹(ひさむら たねき、1882年4月16日 - 1967年4月26日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 473  山内正文    滋賀県    Wikipedia
山内 正文(やまうち まさふみ、1891年10月8日 - 1944年8月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。旧姓・秋山。
 474  野村實    滋賀県    彦根市Wikipedia
野村 実(野村 實 のむら みのる、1922年(大正11年)4月16日 - 2001年(平成13年)5月18日)は、日本の海軍軍人、軍事史研究者。専門は日本海軍史。


京都府
 475  東久邇宮稔彦王    京都府    Wikipedia
東久邇宮 稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう、1887年(明治20年)12月3日 - 1990年(平成2年)1月20日)は、日本の旧皇族、陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は従二位。勲等は大勲位。功級は功一級。皇籍離脱後は東久邇 稔彦(ひがしくに なるひこ)を名乗った。世界連邦建設同盟(現世界連邦運動協会)名誉会長、第2代会長。
1887年12月3日生まれ      12月3日生まれの人      京都府出身の1887年生まれ      世界の1887年生まれの人
 476  加藤昇    京都府    京都市Wikipedia
加藤 昇(かとう のぼる、1922年(大正11年)9月 - )は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中尉。(※正式な表記は加藤 曻)


大阪府
 477  鈴木貫太郎    大阪府    堺市中区伏尾(関宿藩の飛び地)本籍は千葉※群馬県育ちWikipedia
鈴木 貫太郎(すずき かんたろう、1868年1月18日(慶応3年12月24日) - 1948年(昭和23年)4月17日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級・栄典は海軍大将従一位勲一等功三級男爵。
 478  石井常次郎    大阪府    Wikipedia
石井 常次郎(いしい つねじろう、1887年11月18日 - 1951年1月16日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 479  植田謙吉    大阪府    Wikipedia
植田 謙吉(うえだ けんきち、1875年(明治8年)3月8日 - 1962年(昭和37年)9月11日)は、日本の陸軍軍人。陸士10期、陸大21期。陸軍大将正三位勲一等功三級[1]。
一橋大学出身      大阪府出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者
 480  小畑英良    大阪府    Wikipedia
小畑 英良(おばた ひでよし、1890年(明治23年)4月2日 - 1944年(昭和19年)8月11日)は、日本の陸軍軍人。官位は陸軍大将従三位勲一等。弟に小畑信良。
 481  近藤信竹    大阪府    Wikipedia
近藤 信竹(こんどう のぶたけ、1886年(明治19年)9月25日 - 1953年(昭和28年)2月19日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。
 482  林弥一郎    大阪府    Wikipedia
林 弥一郎(はやし やいちろう、1911年9月2日 - 1999年8月14日)は、大日本帝国陸軍の軍人、最終階級は陸軍少佐。日中友好会会長。中国人民解放軍空軍の父。大阪府出身。
 483  渡辺正夫    大阪府    Wikipedia
渡辺 正夫(わたなべ まさお、1888年10月10日 - 1950年10月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。


兵庫県
 484  安藤紀三郎    兵庫県    篠山市Wikipedia
安藤 紀三郎(あんどう きさぶろう、1879年2月11日 - 1954年5月10日)は、日本の政治家、陸軍軍人。
1879年2月11日生まれ      2月11日生まれの人      兵庫県出身の1879年生まれ      世界の1879年生まれの人
 485  石本新六    兵庫県    姫路市Wikipedia
石本 新六(いしもと しんろく、1854年2月17日(嘉永7年1月20日) - 1912年(明治45年)4月2日)は、日本陸軍の軍人。陸士旧1期。栄典は勲一等功二級。最終階級は陸軍中将。男爵。
 486  磯谷廉介    兵庫県    Wikipedia
磯谷 廉介(いそがい れんすけ、1886年9月3日 - 1967年6月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。太平洋戦争期に日本占領下の香港で総督を務めた。
 487  大西瀧治郎    兵庫県    丹波市(旧青垣町)Wikipedia
大西 瀧治郎(おおにし たきじろう、明治24年(1891年)6月2日 - 昭和20年(1945年)8月16日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校第40期生。神風特別攻撃隊の創始者。終戦時に自決。最終階級は海軍中将。
 488  河本大作    兵庫県    佐用町(旧三日月町)Wikipedia
河本 大作(こうもと だいさく、1883年(明治16年)1月24日 - 1955年(昭和30年)8月25日)は、昭和初期に活動した日本の陸軍軍人。張作霖爆殺事件の首謀者として知られる。
 489  小島秀雄    兵庫県    神戸市)Wikipedia
小島 秀雄(こじま ひでお、1896年4月5日 - 1982年3月22日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。3度に及ぶドイツ駐在歴があり、戦後には日独友好にも尽力した。
 490  柴崎恵次    兵庫県    加東市Wikipedia
柴崎 恵次(しばざき けいじ、1894年(明治27年)4月9日 - 1943年(昭和18年)11月25日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 491  四方諒二    兵庫県    神戸市Wikipedia
四方 諒二(しかた りょうじ、明治29年(1896年)4月28日 - 昭和52年(1977年)12月13日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 492  田中静壱    兵庫県    たつの市(旧龍野市)Wikipedia
田中 静壱(たなか しずいち、1887年(明治20年)10月1日 - 1945年(昭和20年)8月24日)は、日本の陸軍軍人。官位は陸軍大将、従三位、勲一等瑞宝章、功三級金鵄勲章。
 493  田中久一    兵庫県    Wikipedia
田中 久一(たなか ひさかず、1889年3月16日 - 1947年3月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。旧姓・小金井。
 494  藤江恵輔    兵庫県    たつの市(旧龍野市)Wikipedia
藤江 恵輔(ふじえ けいすけ、1885年(明治18年)11月8日 - 1969年(昭和44年)2月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
 495  藤原岩市    兵庫県    丹波市(旧氷上郡)Wikipedia
藤原 岩市(ふじわら いわいち、1908年3月1日‐1986年2月24日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。F機関を成功させた人物として有名。
 496  堀井富太郎    兵庫県    小野市(旧加東郡)Wikipedia
堀井 富太郎(ほりい とみたろう、1890年(明治23年)11月7日 - 1942年(昭和17年)11月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。兵庫県加東郡河合村(現在の小野市河合西町)出身。責任感の強い性格であったと言われる。また、陸軍大学校を卒業していない所謂“無天組”でありながら、中将にまで栄進した人物としても知られる。
 497  本郷房太郎    兵庫県    篠山市Wikipedia
本郷 房太郎(ほんごう ふさたろう、万延元年1月24日(1860年2月15日) - 昭和6年(1931年)3月20日)は、日本の陸軍軍人。軍事参議官・青島守備軍司令官や第1・第17師団長を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功三級。軍を退いてからは久邇宮宮務監督や大日本武徳会長を務める。
 498  本庄繁    兵庫県    篠山市Wikipedia
本庄 繁(ほんじょう しげる、1876年(明治9年)5月10日 - 1945年(昭和20年)11月20日)は、日本の陸軍軍人。第10師団長・関東軍司令官・侍従武官長を歴任し階級は陸軍大将正三位勲一等功一級男爵に至る。軍を退いてからは軍事保護院総裁や枢密顧問官を務める。長男一雄は陸軍主計中佐。娘は山口一太郎陸軍大尉に嫁ぐ。本庄は書を心得、剣華と号す。渾名は「たくわん石」。
1876年5月10日生まれ      5月10日生まれの人      兵庫県出身の1876年生まれ      世界の1876年生まれの人
 499  村上雄藏    兵庫県    神戸市Wikipedia
村上雄藏(むらかみ ゆうぞう、1926年(大正15年)3月20日 - 1986年(昭和61年)11月15日)は日本の教育者、日本海軍軍人。
神戸大学出身      兵庫県出身の神戸大学の出身者      全国の神戸大学の出身者


奈良県
 500  木村松治郎    奈良県    Wikipedia
木村 松治郎(きむら まつぢろう、1894年9月11日 - 1950年1月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 501  淵田美津雄    奈良県    葛城市Wikipedia
淵田 美津雄(ふちだ みつお、1902年(明治35年)12月3日 - 1976年(昭和51年)5月30日)は、日本の海軍軍人、キリスト教伝道者。最終階級は大佐。海軍兵学校52期。


和歌山県
 502  野村吉三郎    和歌山県    Wikipedia
野村 吉三郎(のむら きちさぶろう、1877年(明治10年)12月16日 - 1964年(昭和39年)5月8日)は、昭和初期に活躍した日本の海軍軍人、外交官、政治家。和歌山県和歌山市出身。位階勲功等は海軍大将従二位勲一等功二級。
学習院大学出身      和歌山県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 503  有馬良橘    和歌山県    和歌山市Wikipedia
有馬 良橘(ありま りょうきつ、文久元年11月15日(1861年12月16日) - 昭和19年(1944年)5月1日)は、日本の軍人。最終階級は海軍大将。和歌山県和歌山市出身。養子に海軍中将・有馬寛がいる。
同志社大学出身      和歌山県出身の同志社大学の出身者      全国の同志社大学の出身者
 504  茨木惟昭    和歌山県    Wikipedia
茨木 惟昭(いばらき これあき、嘉永2年9月9日(1849年10月24日) - 大正3年(1914年)7月14日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
 505  岡村誠之    和歌山県    Wikipedia
岡村 誠之(おかむら まさゆき、1904年(明治37年)11月11日 - 1974年(昭和49年)6月3日)は、日本の陸軍軍人。
 506  小野田寛郎    和歌山県    海南市Wikipedia
小野田 寛郎(おのだ ひろお、大正11年(1922年)3月19日 - 平成26年(2014年)1月16日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は予備陸軍少尉。旧制海南中学校・久留米第一陸軍予備士官学校・陸軍中野学校二俣分校卒。
1922年3月19日生まれ      3月19日生まれの人      和歌山県出身の1922年生まれ      世界の1922年生まれの人
 507  椎崎二郎    和歌山県    Wikipedia
椎崎 二郎(しいざき じろう、1911年9月20日 - 1945年8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中佐。
 508  津田出    和歌山県    和歌山市Wikipedia
津田 出(つだ いずる、天保3年2月1日(1832年3月3日) - 明治38年(1905年)6月2日)は、幕末期から明治前期にかけて活躍した武士・官僚、陸軍軍人。明治新政府に先駆けて紀州藩藩政を改革して徴兵制を施行するなど、テストケースとして廃藩置県及び徴兵令に影響を与えた。官位は錦鶏間祗候陸軍少将従二位勲一等。通称は又太郎。号は芝山。
 509  寺島健    和歌山県    田辺市Wikipedia
寺島 健(てらじま けん、1882年(明治15年)9月23日 - 1972年(昭和47年)10月30日)は、日本の海軍軍人、政治家。海軍中将で予備役となったのち、東條内閣で逓信大臣、鉄道大臣を務めた。
 510  小槙和輔    和歌山県    有田川町Wikipedia
小槙 和輔(こまき わすけ、1884年(明治17年)12月10日 - 1932年(昭和7年)8月20日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。1932年ジュネーブ会議の全権随員。和歌山県鳥屋城村(現有田川町)出身。
 511  外松孫太郎    和歌山県    Wikipedia
外松 孫太郎(とまつ まごたろう、1847年9月10日(弘化4年8月1日) - 1926年7月13日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍主計総監(のちの主計中将)。貴族院議員、男爵。
 512  豊田貞次郎    和歌山県    Wikipedia
豊田 貞次郎(とよだ ていじろう、1885年(明治18年)8月7日 - 1961年(昭和36年)11月21日)は、日本の海軍軍人、政治家、実業家。最終階級は海軍大将。海兵33期首席。和歌山県出身。紀伊田辺藩士・豊田信太郎の次男。従二位勲一等。
東京外国語大学出身      和歌山県出身の東京外国語大学の出身者      全国の東京外国語大学の出身者
1885年8月7日生まれ      8月7日生まれの人      和歌山県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 513  野村吉三郎    和歌山県    Wikipedia
野村 吉三郎(のむら きちさぶろう、1877年(明治10年)12月16日 - 1964年(昭和39年)5月8日)は、昭和初期に活躍した日本の海軍軍人、外交官、政治家。和歌山県和歌山市出身。位階勲功等は海軍大将従二位勲一等功二級。
学習院大学出身      和歌山県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 514  林桂    和歌山県    Wikipedia
林 桂(はやし かつら、明治13年(1880年)11月15日 - 昭和36年(1961年)3月1日)は、日本の陸軍軍人。第5師団長、教育総監部本部長、陸軍省整備局長を歴任する。階級は陸軍中将で、昭和9年(1934年)勲一等旭日大綬章を受章する。
 515  林義秀    和歌山県    Wikipedia
林 義秀(はやし よしひで、1891年8月25日 - 1978年2月5日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 516  三宅篤夫    和歌山県    Wikipedia
三宅 篤夫(みやけ あつお、1879年10月19日 - 1961年9月25日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。陸士12期憲兵科。和歌山県、士族出身。
 517  山本茂一郎    和歌山県    Wikipedia
山本 茂一郎(やまもと もいちろう、1898年(明治31年)10月8日 - 1978年(昭和53年)5月13日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。
 518  岡本連一郎    和歌山県    Wikipedia
岡本 連一郎(おかもと れんいちろう、1878年1月21日 - 1934年2月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。


鳥取県
 519  西尾寿造    鳥取県    鳥取市Wikipedia
西尾 寿造(にしお としぞう、明治14年(1881年)10月31日 − 昭和35年(1960年)10月26日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功一級。初代支那派遣軍総司令官。
 520  猪口力平    鳥取県    鳥取市Wikipedia
猪口 力平(いのぐち りきへい、1903年10月17日 - 1983年7月13日)は、鳥取県出身の日本海軍軍人。 海兵52期。最終階級は海軍大佐。戦後改姓し、詫間 力平(たくま りきへい)となった。神風特別攻撃隊の命名者。
 521  岡田資    鳥取県    鳥取市Wikipedia
岡田 資(おかだ たすく、1890年4月14日 - 1949年9月17日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
1890年4月14日生まれ      4月14日生まれの人      鳥取県出身の1890年生まれ      世界の1890年生まれの人
 522  吉岡忠一    鳥取県    鳥取市Wikipedia
吉岡 忠一(よしおか ただかず、1908年5月14日 - 2000年)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校57期。最終階級は海軍中佐。旧姓は大杉。
 523  八原博通    鳥取県    米子市Wikipedia
八原 博通(やはら ひろみち、明治35年(1902年)10月2日 - 昭和56年(1981年)5月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。
1902年10月2日生まれ      10月2日生まれの人      鳥取県出身の1902年生まれ      世界の1902年生まれの人
 524  西田税    鳥取県    米子市Wikipedia
西田 税(にしだ みつぎ、明治34年(1901年)10月3日 - 昭和12年(1937年)8月19日)は、日本の陸軍軍人、思想家。
 525  鹿野澄    鳥取県    米子市Wikipedia
鹿野 澄(かの きよし、明治18年(1885年)8月23日 - 昭和34年(1959年)1月11日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍主計中将。
 526  杵村久蔵    鳥取県    米子市Wikipedia
杵村 久蔵(きねむら ひさぞう、1891年(明治24年)12月28日 - 1938年(昭和13年)8月2日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 527  松本象二郎    鳥取県    米子市Wikipedia
松本 象二郎(まつもと しょうじろう、明治22年(1889年)9月27日 - 昭和17年(1942年)5月12日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
 528  山形政二    鳥取県    米子市Wikipedia
山形 政二(やまがた せいじ / まさじ、1893年(明治26年)2月6日 - 1944年(昭和19年)2月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
 529  福留繁    鳥取県    大山町Wikipedia
福留 繁(ふくとめ[注釈 1] しげる、1891年(明治24年)2月1日 - 1971年(昭和46年)2月6日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校40期。最終階級は海軍中将。
1891年2月1日生まれ      2月1日生まれの人      鳥取県出身の1891年生まれ      世界の1891年生まれの人
 530  坂西一良    鳥取県    日野町Wikipedia
坂西 一良(ばんざい いちろう、1891年1月26日 - 1946年9月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。勲一等旭日大綬章。
 531  稲田正純    鳥取県    日野町Wikipedia
稲田 正純(いなだ まさずみ、1896年(明治29年)8月27日 - 1986年(昭和61年)1月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 532  水木しげる    鳥取県    境港市Wikipedia
水木 しげる(みずき しげる、男性、1922年[注 1]3月8日 - 2015年11月30日[1])は、日本の漫画家。文化功労者、傷痍軍人。本名は武良 茂(むら しげる)。
武蔵野美術大学出身      鳥取県出身の武蔵野美術大学の出身者      全国の武蔵野美術大学の出身者
1922年3月8日生まれ      3月8日生まれの人      鳥取県出身の1922年生まれ      世界の1922年生まれの人


島根県
 533  岩本徹三    島根県    益田市Wikipedia
岩本 徹三(いわもと てつぞう、1916年6月14日 - 1955年5月20日)は、日本海軍の軍人。支那事変、太平洋戦争における撃墜王。最終階級は海軍中尉。
1916年6月14日生まれ      6月14日生まれの人      島根県出身の1916年生まれ      世界の1916年生まれの人
 534  岡崎清三郎    島根県    Wikipedia
岡崎 清三郎(おかざき せいざぶろう、1893年3月17日 - 1979年5月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 535  佐々木直吉    島根県    浜田市Wikipedia
佐々木 直吉(ささき なおきち/なおよし、1913年(大正2年)5月20日- 1941年(昭和16年)12月8日)は日本の海軍軍人。真珠湾攻撃において「甲標的」(特殊潜航艇)搭乗員として戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍特務少尉。
 536  栗原安秀    島根県    松江市Wikipedia
栗原 安秀(くりはら やすひで、明治41年(1908年)11月17日 - 昭和11年(1936年)7月12日)は、日本の陸軍軍人、国家社会主義者。1936年2月26日に勃発した二・二六事件に参加した。磯部浅一に並ぶ急進派として知られる。最終階級は陸軍歩兵中尉。
 537  田中隆吉    島根県    安来市Wikipedia
田中 隆吉(たなか りゅうきち、1893年(明治26年)7月9日 - 1972年(昭和47年)6月5日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 538  中山定義    島根県    松江市Wikipedia
中山 定義(なかやま さだよし、1905年(明治38年)8月16日 - 1995年(平成7年)1月16日[1])は、日本の海軍軍人、海上自衛官。第4代海上幕僚長。島根県出雲市出身。東京都目黒区在住であった[1]。長男は第10代明治学院長の中山弘正[1]。
 539  原忠一    島根県    松江市Wikipedia
原 忠一(はら ちゅういち、1889年(明治22年)3月15日 - 1964年(昭和39年)2月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 540  村上兵衛    島根県    浜田市Wikipedia
村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12月6日 - 2003年(平成15年)1月6日)は日本の陸軍軍人、評論家、作家。本名は宏城(ひろき)。兄は武藤電機創業者の村上稔夫。


岡山県
 541  宇垣一成    岡山県    瀬戸町Wikipedia
宇垣 一成(うがき かずしげ、慶応4年6月21日(1868年8月9日) - 昭和31年(1956年)4月30日)は、日本の陸軍軍人、政治家。
 542  岸本綾夫    岡山県    Wikipedia
岸本 綾夫(きしもと あやお、1879年6月27日 - 1946年11月28日)は、日本の陸軍軍人、東京市長。軍人としての最終階級は陸軍大将。
東京大学出身      岡山県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 543  岸本鹿太郎    岡山県    Wikipedia
岸本 鹿太郎(きしもと しかたろう、1869年2月19日(明治2年1月9日) - 1942年9月3日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
 544  土肥原賢二    岡山県    Wikipedia
土肥原 賢二(どいはら けんじ、明治16年(1883年)8月8日 - 昭和23年(1948年)12月23日)は、日本の陸軍軍人。謀略部門のトップとして満州国建国及び華北分離工作に中心的役割を果たす。昭和20年4月には、陸軍三長官(陸軍大臣、参謀総長、教育総監)の一つ、教育総監も務めた。敗戦後、三長官会議で東久邇宮内閣の陸軍大臣に推挙されたが、下村定が就任。
1883年8月8日生まれ      8月8日生まれの人      岡山県出身の1883年生まれ      世界の1883年生まれの人
 545  大蔵平三    岡山県    Wikipedia
大蔵 平三(おおくら へいぞう、1853年1月30日(嘉永5年12月21日) - 1911年8月25日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
 546  谷寿夫    岡山県    Wikipedia
谷 寿夫(たに ひさお、1882年(明治15年)12月23日 - 1947年(昭和22年)4月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 547  二宮治重    岡山県    Wikipedia
二宮 治重(にのみや はるしげ、1879年2月17日 - 1945年2月17日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。文部大臣。
 548  額田坦    岡山県    Wikipedia
額田 坦(ぬかた ひろし[1]、1895年9月5日 - 1976年9月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 549  花谷正    岡山県    Wikipedia
花谷 正(はなや ただし、1894年(明治27年)1月5日 - 1957年(昭和32年)8月28日)は、日本の陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 550  安田武雄    岡山県    Wikipedia
安田 武雄(やすだ たけお、1889年1月16日 - 1964年8月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
東京大学出身      岡山県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 551  原田一道    岡山県    笠岡市Wikipedia
原田 一道(はらだ いちどう / かづみち[1]、文政13年8月21日(1830年10月7日) - 明治43年(1910年)12月8日)は、江戸幕府旗本[2]、幕末・明治期の兵学者、日本陸軍軍人。陸軍少将正二位勲一等男爵。
 552  藤原武    岡山県    Wikipedia
藤原 武(ふじわら たけし、1898年(明治31年)2月3日 - 1942年(昭和17年)12月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 553  藤井較一    岡山県    Wikipedia
藤井 較一(ふじい こういち、安政5年8月18日(1858年9月24日) - 大正15年(1926年)7月9日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。
 554  高橋三吉    岡山県    Wikipedia
高橋 三吉(たかはし さんきち、明治15年(1882年)8月24日 - 昭和41年(1966年)6月15日)は、大正から昭和期の日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。
1882年8月24日生まれ      8月24日生まれの人      岡山県出身の1882年生まれ      世界の1882年生まれの人
 555  宇垣纏    岡山県    瀬戸町Wikipedia
宇垣 纏(うがき まとめ、1890年(明治23年)2月15日 - 1945年(昭和20年)8月15日)は、日本の海軍軍人。海兵40期。最終階級は海軍中将。陣中日記『戦藻録』が有名。
1890年2月15日生まれ      2月15日生まれの人      岡山県出身の1890年生まれ      世界の1890年生まれの人
 556  宇垣完爾    岡山県    Wikipedia
宇垣 完爾(うがき かんじ、1889年(明治22年)1月23日 - 1974年(昭和49年)9月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 557  坂野常善    岡山県    Wikipedia
坂野 常善(さかの つねよし、1884年(明治17年)12月1日 - 1971年(昭和46年)9月21日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 558  杉政人    岡山県    Wikipedia
杉政人(すぎ まさと、明治13年(1880年)8月13日 - 昭和26年(1951年)11月19日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。岡山県高梁市出身。
 559  濱野英次郎    岡山県    Wikipedia
濱野 英次郎(はまの えいじろう、1880年(明治13年)5月24日 - 1952年(昭和27年)3月2日)は、日本の海軍軍人。美保関事件後に連合艦隊参謀長を務めた海軍中将である。
 560  岸本鹿子治    岡山県    Wikipedia
岸本 鹿子治(きしもと かねじ、1888年(明治21年)4月14日 - 1981年(昭和56年)1月1日)は、大日本帝国海軍の軍人。酸素魚雷と特殊潜航艇(甲標的)の開発を成功させた。実兄は岸本信太海軍中将(海軍機関学校10期)。岳父は豊辺新作陸軍中将。
 561  横田稔    岡山県    Wikipedia
横田 稔(よこた みのる、1903年(明治36年)4月1日 - 没年不明)は、日本の海軍軍人、宣教師。空母「サラトガ」、軽巡洋艦「ジュノー」を雷撃し、前者を3ヶ月間戦線離脱させ、後者を撃沈した「伊26」潜水艦長である。最終階級は海軍大佐。戦後は長谷川と改姓。高校教師として教鞭をとり、またキリスト教宣教師となった[1]。
 562  小福田租    岡山県    Wikipedia
小福田 晧文(こふくだ てるふみ、1909年(明治42年 2月) - 1995年(平成7年 7月)は日本の海軍軍人、航空自衛官である。海軍兵学校第59期卒業。最終階級は海軍で海軍中佐、自衛隊で空将。旧名は小福田 租(こふくだ みつぎ)。
 563  国定謙男    岡山県    Wikipedia
国定 謙男(くにさだ かねお、1913年(大正2年)2月10日 - 1945年(昭和20年)8月22日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争の敗戦を受けて、一家四人で自決した海軍少佐である。
 564  片山義雄    岡山県    Wikipedia
片山 義雄(かたやま よしお、1918年(大正7年)9月[1] - 1941年(昭和16年)12月8日)は日本の海軍軍人。太平洋戦争劈頭の真珠湾攻撃において特殊潜航艇「甲標的」搭乗員として戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍兵曹長。


広島県
 565  加藤友三郎    広島県     広島市Wikipedia
加藤 友三郎(かとう ともさぶろう、1861年4月1日(文久元年2月22日) - 1923年(大正12年)8月24日)は、日本の海軍軍人、政治家。階級は海軍大将。位階は正二位。勲等は大勲位。功級は功二級。爵位は子爵。
 566  小林躋造    広島県     広島市Wikipedia
小林 躋造(こばやし せいぞう、1877年(明治10年)10月1日 - 1962年(昭和37年)7月4日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍大将。小磯國昭内閣の国務大臣。広島県広島市出身。
 567  河石達吾    広島県     佐伯郡大柿村Wikipedia
河石 達吾(かわいし たつご、1911年(明治44年)12月10日 - 1945年(昭和20年)3月17日)は、大日本帝国陸軍の軍人、最終階級は陸軍大尉。水泳選手。1932年ロサンゼルスオリンピック100m自由形銀メダリスト。慶應義塾大学法学部出身。
慶應義塾大学出身      広島県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 568  安保清康    広島県     広島市Wikipedia
安保 清康(あぼ きよやす、1843年1月30日(天保14年1月1日) - 1909年10月27日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。男爵。旧姓、林。通称、謙三。海軍の先覚者の一人[1]。
 569  山内万寿治    広島県    Wikipedia
山内 万寿治(やまのうち ますじ、1860年4月19日(万延元年3月29日) - 1919年9月18日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。男爵。
 570  谷口尚真    広島県     広島市Wikipedia
谷口 尚真(たにぐち なおみ、明治3年3月17日(1870年4月17日) - 昭和16年(1941年)10月30日)は、日本の海軍の軍人。18代連合艦隊司令長官、14代軍令部長を務めた海軍大将。海軍良識派を代表した一人と言われる提督である。
 571  金子養三    広島県    Wikipedia
金子 養三(かねこ ようぞう、1882年(明治15年)6月11日 - 1941年(昭和16年)12月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。日本海軍の最初期の搭乗員で、また搭乗員経験者として最初の将官となった。日本海軍飛行機の元祖[1]、また海鷲育ての親ともいわれる[2]人物である。
 572  佐々木到一    広島県    Wikipedia
佐々木 到一(ささき とういち、1886年1月27日 - 1955年5月30日)は、日本の陸軍の軍人。陸士18期、陸大29期。最終階級は陸軍中将。陸軍きっての中国通で、蒋介石以下国民党領袖のほとんどと親しく、国民党の革命にも理解をよく理解を示した[1]。人民服(中山装)の考案、デザインを行った事でも有名。
 573  岡部直三郎    広島県     広島市Wikipedia
岡部 直三郎(おかべ なおざぶろう、1887年9月30日 - 1946年11月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。北支那方面軍総司令官、第3方面軍司令官、第6方面軍司令官。
 574  酒井隆    広島県     東広島市Wikipedia
酒井 隆(さかい たかし、1887年10月18日 - 1946年9月30日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。太平洋戦争勃発時に第23軍司令官として香港を攻略した。
 575  永井建子    広島県     佐伯郡石内村Wikipedia
永井 建子(ながい けんし、慶応元年9月8日(1865年10月27日) - 昭和15年(1940年)3月13日)は、日本の陸軍軍人、音楽家、作曲家。陸軍軍楽隊第6代隊長。広島県佐伯郡石内村(現・広島市佐伯区五日市町)生まれ。草分けと言われる軍歌のほかに歌劇や唱歌、校歌(崇徳高等学校、早稲田実業、拓殖大学、大谷大学ほか)も多く手掛けている。軍歌「元寇」、「雪の進軍」は特に有名。長男・永井巴も作曲家。声楽家・川崎豊は甥(妹の子)。
 576  木村兵太郎    広島県     広島市Wikipedia
木村 兵太郎(きむら へいたろう、明治21年(1888年)9月28日 - 昭和23年(1948年)12月23日)は、日本の昭和期の陸軍軍人。太平洋戦争(大東亜戦争)後、A級戦犯として逮捕、極東国際軍事裁判にて死刑の判決を受け、絞首刑に処された。最終階級は陸軍大将
 577  影佐禎昭    広島県     沼隈郡柳津村Wikipedia
影佐 禎昭(かげさ さだあき、明治26年(1893年)3月7日 - 昭和23年(1948年)9月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
1893年3月7日生まれ      3月7日生まれの人      広島県出身の1893年生まれ      世界の1893年生まれの人
 578  黒島亀人    広島県     呉市Wikipedia
黒島 亀人(くろしま かめと、1893年(明治26年)10月10日 - 1965年(昭和40年)10月20日)は、日本の大日本帝国海軍軍人。海兵44期卒業。最終階級は海軍少将。広島県安芸郡出身。
 579  岩畔豪雄    広島県     安芸郡倉橋島Wikipedia
岩畔 豪雄(いわくろ ひでお[1]、1897年10月10日 - 1970年11月22日)は、日本の陸軍軍人、最終階級は陸軍少将。後方勤務要員養成所(陸軍中野学校)設立者、京都産業大学設立者の一人で元理事[1][2]。
 580  杉本五郎    広島県     広島市Wikipedia
杉本 五郎(すぎもと ごろう、明治33年(1900年)5月25日 - 昭和12年(1937年)9月14日)は、日本の陸軍軍人。「天皇信仰の極北」とされる遺言本『大義』で知られる。
 581  吉川潔    広島県     広島市Wikipedia
吉川 潔(きっかわ きよし、1900年(明治33年)11月3日 - 1943年(昭和18年)11月25日)は、日本海軍の軍人[2]。戦死後、二階級特進して海軍少将[3][4]。広島県広島市段原町出身。海兵50期[2]。
 582  住吉正    広島県    安芸高田市Wikipedia
住吉 正(すみよし ただし、1893年2月10日 - 1976年3月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 583  源田実    広島県     安芸太田町Wikipedia
源田 実(げんだ みのる、源田 實、1904年(明治37年)8月16日 - 1989年(平成元年)8月15日)は、日本の海軍軍人、航空自衛官、政治家。海軍では海兵52期を卒業し、最終階級は大佐。戦闘機パイロット、航空参謀を歴任し、第三四三海軍航空隊司令として終戦を迎えた。自衛隊では初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長を務め、ブルーインパルスを創設した。航空自衛隊の育ての親。政治家としては参議院議員を4期24年務めた。赤十字飛行隊の初代飛行隊長を務める。
 584  江草隆繁    広島県     芦品郡有磨村Wikipedia
江草 隆繁(えくさ たかしげ、1909年(明治42年)9月4日 - 1944年(昭和19年)6月15日)は、日本の海軍軍人。海兵58期。五二一空陸上爆撃機搭乗員として参加したあ号作戦で戦死した。最終階級は海軍大佐。
 585  進藤三郎    広島県     呉市Wikipedia
進藤 三郎(しんどう さぶろう、1911年(明治44年)8月28日 - 2000年(平成12年)2月2日)は、神奈川県横須賀市出身の日本海軍軍人。海兵60期。
 586  ハリー・K・フクハラ    広島県    Wikipedia
ハリー・カツジ・フクハラ(Harry Katsuji Fukuhara、日本名:福原 克治(ふくはら かつじ)、1920年1月1日 - 2015年4月8日)は、元アメリカ陸軍情報部所属の軍人。最終階級は大佐。
 587  栗栖弘臣    広島県     呉市Wikipedia
栗栖 弘臣(くりす ひろおみ、1920年(大正9年)2月27日 - 2004年(平成16年)7月19日)は、日本の内務省官僚、海軍軍人及び陸上自衛官。第12代陸上幕僚長、第10代統合幕僚会議議長。
東京大学出身      広島県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 588  田坂虎之助    広島県    Wikipedia
田坂 虎之助(たさか とらのすけ、1850年12月6日(嘉永3年11月3日) - 1933年(昭和8年)1月25日)は、日本陸軍の軍人。日本における測地測量の基礎を築いた。最終階級は陸軍少将。
 589  平賀譲    広島県    Wikipedia
平賀 譲(ひらが ゆずる、1878年(明治11年)3月8日 - 1943年(昭和18年)2月17日)は、日本の海軍軍人、工学者、華族。海軍技術中将従三位男爵、東京帝大総長、工学博士。東京府(現・東京都)生まれ、本籍地は広島県広島市。父は芸州藩士から維新政府に仕えた主計官。兄・徳太郎は海軍軍人。
1878年3月8日生まれ      3月8日生まれの人      広島県出身の1878年生まれ      世界の1878年生まれの人
 590  有坂秀世    広島県    Wikipedia
有坂 秀世(ありさか ひでよ、1908年(明治41年)9月5日 - 1952年(昭和27年)3月13日)は、日本の言語学者、日本語学者。日本語の音韻史や音韻論に関して業績を遺した。上代特殊仮名遣に関する有坂の法則で知られる。父は軍人の有坂鉊蔵。


山口県
 591  山縣有朋    山口県    Wikipedia
山縣 有朋[注 1](やまがた ありとも、天保9年閏4月22日(1838年6月14日) - 大正11年(1922年)2月1日)は、日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級爵位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵。内務大臣(初・第2・第3代)、内閣総理大臣(第3・9代)、元老、司法大臣(第7代)、枢密院議長(第5・9・11代)、陸軍第一軍司令官、貴族院議員、陸軍参謀総長(第5代)などを歴任した。
 592  桂太郎    山口県    Wikipedia
桂 太郎(かつら たろう、弘化4年11月28日(1848年1月4日) - 大正2年(1913年)10月10日)は、日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階勲等功級爵位は、従一位大勲位功三級公爵。諱は清澄(きよずみ)。幼名は寿熊、左中。号は海城。元老・井上馨とは義理の親子の関係。
 593  寺内正毅    山口県    Wikipedia
寺内 正毅(てらうち まさたけ[注釈 1]、旧字体: 寺內 正毅、嘉永5年2月5日(1852年2月24日) - 大正8年(1919年)11月3日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級爵位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級伯爵。書の雅号は桜圃、魯庵。「ビリケン宰相」の異名を持つ。
 594  田中義一    山口県    Wikipedia
田中 義一(たなか ぎいち、1864年7月25日(元治元年6月22日) - 1929年(昭和4年)9月29日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。勲等は勲一等。功級は功三級。爵位は男爵。
 595  井上馨    山口県    Wikipedia
井上 馨(いのうえ かおる、天保6年11月28日(1836年1月16日) - 大正4年(1915年)9月1日)は、日本の武士(長州藩士)、政治家、実業家。本姓は源氏。清和源氏の一家系河内源氏の流れを汲む安芸国人毛利氏家臣・井上氏。首相・桂太郎は姻戚。同時代の政治家・井上毅や軍人・井上良馨は同姓だが血縁関係はない。
 596  田中穂積    山口県    Wikipedia
田中 穂積(たなか ほづみ、Tanaka Hozumi, (1855年12月22日(安政2年 旧暦11月14日) - 1904年(明治37年)12月31日)は、現在の山口県岩国市出身の作曲家、海軍軍人。
 597  山田顕義    山口県    Wikipedia
山田 顕義[注 1](やまだ あきよし、天保15年10月9日(1844年11月18日) - 明治25年(1892年)11月11日)は、日本の江戸時代末期(幕末)の武士(長州藩士)、明治時代の政治家、陸軍軍人。諱は顕孝、のち顕義と改めた。幼名は市之允(いちのじょう)。号は「養浩斎(ようこうさい)」、「狂痴(きょうち)」、「韓峰山人(かん お(ね) さんじん)」、「不抜(ふばつ)」など。特に「空斎(くうさい)」と表記されることが多い。階級は陸軍中将。栄典は正二位勲一等伯爵。
 598  有坂成章    山口県    Wikipedia
有坂 成章(ありさか なりあきら、嘉永5年2月18日(1852年4月5日)-大正4年(1915年)1月12日)は日本陸軍軍人、男爵。帝国陸軍初の国産小銃の開発者である村田経芳の後継者である。最終階級は陸軍中将。別名に淳蔵。
 599  井上光    山口県    Wikipedia
井上 光(いのうえ ひかる、嘉永4年11月8日(1851年11月30日) - 1908年(明治41年)12月17日[1])は、日本の陸軍軍人、華族。第12師団長、第4師団長などを歴任。陸軍大将勲一等功二級男爵。
 600  宇佐川一正    山口県    Wikipedia
宇佐川 一正(うさがわ かずまさ、1849年12月24日(嘉永2年11月10日) - 1927年11月10日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
 601  大井成元    山口県    Wikipedia
大井 成元(おおい しげもと、文久3年9月10日(1863年10月22日) - 1951年(昭和26年)7月15日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将従二位勲一等功一級男爵。旧名菊太郎。
 602  大島義昌    山口県    Wikipedia
大島 義昌(おおしま よしまさ、嘉永3年8月15日(1850年9月20日) - 大正15年(1926年)4月10日)は、日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、華族。関東都督、軍事参議官、第3師団長等を歴任する。官位は陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。第90・96・97代内閣総理大臣の安倍晋三は玄孫にあたる(安倍の父方の祖母・本堂静子が大島の孫娘)。
 603  岡沢精    山口県    Wikipedia
岡沢 精(おかざわ くわし、弘化元年7月7日(1844年8月20日) - 1908年(明治41年)12月12日)は、日本の陸軍軍人、華族。陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。
 604  沖原光孚    山口県    Wikipedia
沖原 光孚(おきはら こうふ、1848年4月6日(嘉永元年3月3日) - 1931年9月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
 605  児玉源太郎    山口県    Wikipedia
児玉[注 1] 源太郎(こだま げんたろう、嘉永5年閏2月25日(1852年4月14日) - 明治39年(1906年)7月23日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級爵位は陸軍大将正二位勲一等功一級子爵。日露戦争において満州軍総参謀長を勤め、勝利に貢献した。
 606  佐久間左馬太    山口県    Wikipedia
佐久間 左馬太(さくま さまた、天保15年10月10日(1844年11月19日) - 大正4年(1915年)8月5日)は、日本の陸軍軍人、華族。栄典は正二位勲一等伯爵。台湾総督・東京衛戍総督・近衛師団長等を歴任し、最終階級は陸軍大将に昇る。
 607  沢本頼雄    山口県    Wikipedia
沢本 頼雄(さわもとよりお、1886年(明治19年)11月15日 - 1965年(昭和40年)6月29日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校36期、海軍大学校17期。最終階級は海軍大将。山口県出身。兵学校の同期生に南雲忠一大将、清水光美中将、塚原二四三大将、有栖川宮栽仁王少尉などがいる。
 608  滋野清彦    山口県    Wikipedia
滋野 清彦(しげの きよひこ、1846年3月5日(弘化3年2月8日) - 1896年9月16日)は、日本陸軍の軍人。陸軍中将従三位勲一等男爵。通称は謙太郎や謙太、字は公美、号は生雲山人。初名は真田市太郎、真弓田七助など。
 609  勝田四方蔵    山口県    Wikipedia
勝田 四方蔵(しょうだ よもぞう、1845年(弘化2年11月) - 1918年(大正7年)7月9日[1])は、日本の陸軍軍人、政治家、華族。栄典は正三位勲一等功三級[2]。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。
 610  菅野尚一    山口県    Wikipedia
菅野 尚一(すがの ひさいち、1871年5月10日(明治4年3月21日) - 1953年(昭和28年)6月20日)は、長府藩出身の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功三級。
 611  坪井航三    山口県    Wikipedia
坪井 航三(つぼい こうぞう、天保14年3月7日(1843年4月6日) - 明治31年(1898年)2月1日)は、日本の幕末から明治期の長州藩士、海軍軍人。海軍中将従三位勲二等功三級男爵。幼名・信次郎、のち則光。ミスター単縦陣のあだ名を持つ。
 612  鳥尾小弥太    山口県    Wikipedia
鳥尾 小弥太(とりお こやた、弘化4年12月5日(1848年1月10日) - 明治38年(1905年)4月13日)は、日本の陸軍軍人、政治家。陸軍中将正二位勲一等子爵。諱は照光、のち敬高(孝)。幼名は一之助。通称は百太郎、鳳輔など。号は得庵居士、不識道人など。
 613  梨羽時起    山口県    Wikipedia
梨羽 時起(なしは ときおき、1850年9月24日(嘉永3年8月19日) - 1928年10月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。貴族院議員、男爵。
 614  西島助義    山口県    Wikipedia
西島 助義(にしじま すけよし、1847年10月11日(弘化4年9月3日) - 1933年(昭和8年)2月8日)は、日本の陸軍軍人。通称は吉太郎。陸軍中将正二位勲一等功二級男爵。
 615  西村精一    山口県    Wikipedia
西村 精一(にしむら せいいち、1855年7月21日(安政2年6月8日) - 1924年3月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家、華族。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。
 616  乃木希典    山口県    Wikipedia
乃木 希典(のぎ まれすけ、嘉永2年11月11日(1849年12月25日) - 1912年(大正元年)9月13日)は、日本の武士(長府藩士)、軍人、教育者。日露戦争における旅順攻囲戦の指揮や、明治天皇の後を慕って殉死したことで国際的にも著名である。
学習院大学出身      山口県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 617  長谷川好道    山口県    Wikipedia
長谷川 好道(はせがわ よしみち、1850年10月1日(嘉永3年8月26日) - 1924年(大正13年)1月27日)は、日本の陸軍軍人。韓国駐剳軍司令官、参謀総長、朝鮮総督を歴任。官位は元帥陸軍大将・従一位・大勲位・功一級・伯爵。
 618  平佐良蔵    山口県    Wikipedia
平佐 良蔵(ひらさ りょうぞう、1851年(嘉永4年7月) - 1912年(明治45年)7月5日)は、日本の陸軍軍人、華族。最終階級は陸軍中将。男爵。
 619  真鍋斌    山口県    Wikipedia
真鍋 斌(まなべ あきら/さかり、1851年3月7日(嘉永4年2月5日) - 1918年12月14日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。幼名・熊槌。
 620  三浦梧楼    山口県    Wikipedia
三浦 梧楼(梧樓)(みうら ごろう、弘化3年11月15日(1847年1月1日) - 大正15年(1926年)1月28日)は、日本の武士、陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。栄典は従一位勲一等子爵。号は観樹。
学習院大学出身      山口県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 621  三好重臣    山口県    Wikipedia
三好 重臣(みよし しげおみ、1840年11月14日(天保11年10月21日)- 1900年(明治33年)11月28日)は、長州藩士。日本陸軍の軍人、最終階級は陸軍中将。子爵。幼名は軍太郎。別名は会田春輔。
 622  山口素臣    山口県    Wikipedia
山口 素臣(やまぐち もとおみ、弘化3年5月15日(1846年6月8日) - 1904年(明治37年)8月7日)は、日本の陸軍軍人、華族。第5師団長、歩兵第3・10旅団長を歴任し数々の戦役に悉く従軍した事から「戦将中の戦将」と評された。階級は陸軍大将従三位勲一等功二級子爵。
 623  山中信儀    山口県    Wikipedia
山中 信儀(やまなか のぶよし、1851年2月15日(嘉永4年1月15日) - 1926年(大正15年)4月18日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。
 624  山根武亮    山口県    Wikipedia
山根 武亮(やまね たけすけ、嘉永6年2月15日(1853年3月24日) - 昭和3年(1928年)4月4日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。勲一等受章。
 625  渡辺章    山口県    Wikipedia
渡辺 章(わたなべ しょう、1851年3月31日(嘉永4年2月29日) - 1934年(昭和9年)5月27日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。


徳島県
 626  酒巻和男    徳島県    阿波市Wikipedia
酒巻 和男(さかまき かずお、1918年(大正7年)11月8日 - 1999年(平成11年)11月29日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争劈頭の真珠湾攻撃において特殊潜航艇「甲標的」搭乗員として参加。艇が座礁し、最初の日本人捕虜となる。最終階級は海軍少尉[1]。
 627  高橋赫一    徳島県    Wikipedia
高橋 赫一(たかはし かくいち、1906年(明治39年)11月29日 - 1942年(昭和17年)5月8日)は、日本の海軍軍人。海兵56期。珊瑚海海戦に空母「翔鶴」艦上爆撃機搭乗員として参加し、米空母「レキシントン」攻撃後に戦死。最終階級は海軍大佐。
 628  吉本貞一    徳島県    Wikipedia
吉本 貞一(よしもと ていいち、1887年3月23日 - 1945年9月14日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。


香川県
 629  宮脇長吉    香川県    Wikipedia
宮脇 長吉(みやわき ちょうきち、1880年2月5日 - 1953年2月16日)は、日本の陸軍軍人、政治家、実業家。最終階級は陸軍大佐。衆議院議員。紀行作家宮脇俊三の父。
1880年2月5日生まれ      2月5日生まれの人      香川県出身の1880年生まれ      世界の1880年生まれの人
 630  近藤新八    香川県    Wikipedia
近藤 新八(こんどう しんぱち、1893年10月15日 - 1947年10月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。香川県出身。陸士28期、陸大41期。
 631  原為一    香川県    Wikipedia
原 為一(はら ためいち、1900年10月16日 - 1980年10月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
 632  穴吹智    香川県    Wikipedia
穴吹 智(あなぶき さとる[1]、1921年(大正10年)12月5日 - 2005年(平成17年)6月)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。戦闘機操縦者、ヘリコプター操縦者。最終階級は陸軍では陸軍曹長、自衛隊では2等陸佐。香川県出身。
 633  田辺弥八    香川県    Wikipedia
田辺 弥八(たなべ やはち、1905年(明治38年) 8月13日 - 1990年(平成2年)4月29日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争において米空母ヨークタウンを撃沈した「伊一六八」潜水艦長でもある。最終階級は海軍中佐。


愛媛県
 634  武田斐三郎    愛媛県    Wikipedia
武田 斐三郎(たけだ あやさぶろう、文政10年9月15日(1827年11月4日) - 明治13年(1880年)1月28日)は、日本の武士(伊予大洲藩士)、科学者、教育者、陸軍軍人。函館時代までは斐三郎、明治政府時代からは成章(しげあきら)の名を使った。竹塘(ちくとう)と号す。
 635  勝田主計    愛媛県    Wikipedia
勝田 主計(しょうだ かずえ、明治2年旧暦9月15日(1869年10月19日)- 昭和23年(1948年)10月10日)は日本の大蔵官僚、政治家。同郷の俳人・正岡子規や海軍軍人・秋山真之の友人だった[1]。
東京大学出身      愛媛県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 636  仙波太郎    愛媛県    Wikipedia
仙波 太郎(せんば たろう、1855年6月5日(安政2年4月21日) - 1929年2月19日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。衆議院議員。
 637  秋山真之    愛媛県    Wikipedia
秋山 真之(あきやま さねゆき、旧字体: 秋山 眞之、慶応4年3月20日(1868年4月12日) - 大正7年(1918年)2月4日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。位階勲等功級は従四位勲二等功三級。勲二等旭日重光章、功三級金鵄勲章を授与された。幼名は淳五郎(じゅんごろう)。
 638  秋山好古    愛媛県    Wikipedia
秋山 好古(あきやま よしふる、安政6年1月7日(1859年2月9日)- 昭和5年(1930年)11月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級及び位階勲等功級は陸軍大将従二位勲一等功二級。幼名は信三郎。
大阪教育大学出身      愛媛県出身の大阪教育大学の出身者      全国の大阪教育大学の出身者
 639  川島義之    愛媛県    Wikipedia
川島義之(かわしま よしゆき、明治11年(1878年)5月25日 - 昭和20年(1945年)9月8日)は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。愛媛県生まれ。
 640  櫻井忠温    愛媛県    Wikipedia
櫻井 忠温(さくらい ただよし、1879年(明治12年)6月11日 - 1965年(昭和40年)9月17日)は、日本陸軍軍人、作家。最終階級は陸軍少将。翻訳家、教育者の櫻井鴎村は実兄。木村駿吉の娘婿で海軍中将の櫻井忠武は実弟。
1879年6月11日生まれ      6月11日生まれの人      愛媛県出身の1879年生まれ      世界の1879年生まれの人
 641  佐々木到一    愛媛県    Wikipedia
佐々木 到一(ささき とういち、1886年1月27日 - 1955年5月30日)は、日本の陸軍の軍人。陸士18期、陸大29期。最終階級は陸軍中将。陸軍きっての中国通で、蒋介石以下国民党領袖のほとんどと親しく、国民党の革命にも理解をよく理解を示した[1]。人民服(中山装)の考案、デザインを行った事でも有名。
 642  白川義則    愛媛県    Wikipedia
白川 義則(しらかわ よしのり、1869年1月24日(明治元年12月12日) - 1932年(昭和7年)5月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将、栄典は勲一等功二級男爵。
 643  関行男    愛媛県    Wikipedia
関 行男(せき ゆきお/つらお[注釈 1]、1921年8月29日 - 1944年10月25日)は、日本の海軍軍人。海兵70期。レイテ沖海戦において、初の神風特別攻撃隊の一隊である「敷島隊」の隊長として特攻し、アメリカ海軍の護衛空母セント・ローを撃沈したことで、死後「敷島隊五軍神」の1人として顕彰された。特攻による二階級特進で最終階級は海軍中佐。
 644  仙波太郎    愛媛県    Wikipedia
仙波 太郎(せんば たろう、1855年6月5日(安政2年4月21日) - 1929年2月19日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。衆議院議員。
 645  武田斐三郎    愛媛県    Wikipedia
武田 斐三郎(たけだ あやさぶろう、文政10年9月15日(1827年11月4日) - 明治13年(1880年)1月28日)は、日本の武士(伊予大洲藩士)、科学者、教育者、陸軍軍人。函館時代までは斐三郎、明治政府時代からは成章(しげあきら)の名を使った。竹塘(ちくとう)と号す。
 646  羽藤一志    愛媛県    Wikipedia
羽藤 一志(うとう かずし、1922年(大正11年)8月18日 - 1942年(昭和17年)9月13日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争のエース・パイロット。戦死による特進で最終階級は二等飛行兵曹。
 647  水野廣徳    愛媛県    Wikipedia
水野 広徳(みずの ひろのり、旧字体: 水野 廣德、明治8年(1875年)5月24日 - 昭和20年(1945年)10月18日)は、日本海軍の軍人・軍事評論家。最終階級は海軍大佐。父は旧松山藩能方の水野光之で末子。
1875年5月24日生まれ      5月24日生まれの人      愛媛県出身の1875年生まれ      世界の1875年生まれの人


高知県
 648  奥宮正武    高知県    Wikipedia
奥宮 正武(おくみや まさたけ、1909年(明治42年)7月27日 - 2007年(平成19年)2月22日)は、日本の海軍軍人、航空自衛官。海兵58期。最終階級は、海軍では海軍中佐、自衛隊では空将。
 649  谷干城    高知県    Wikipedia
谷 干城(たに たてき / かんじょう、天保8年2月12日(1837年3月18日) - 明治44年(1911年)5月13日)は、幕末から明治にかけて活躍した、土佐藩士、軍人、政治家。通称は申太郎、守部。号は隈山。
学習院大学出身      高知県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 650  永野修身    高知県    Wikipedia
永野 修身(ながの おさみ、1880年(明治13年)6月15日 - 1947年(昭和22年)1月5日)は、日本の海軍軍人、教育者。海軍兵学校28期、海軍大学校甲種8期。最終階級および栄典は元帥海軍大将従二位勲一等功五級。第24代連合艦隊司令長官。第38代海軍大臣。第16代軍令部総長。海軍三長官全てを経験した唯一の軍人。A級戦犯の容疑で東京裁判中に巣鴨プリズンにて病死。千葉工業大学の創設者。
1880年6月15日生まれ      6月15日生まれの人      高知県出身の1880年生まれ      世界の1880年生まれの人
 651  山下奉文    高知県    Wikipedia
山下 奉文(やました ともゆき、1885年(明治18年)11月8日 - 1946年(昭和21年)2月23日)は、日本の陸軍軍人。第二次世界大戦当時の陸軍大将である。官位は陸軍大将従三位勲一等功三級。
1885年11月8日生まれ      11月8日生まれの人      高知県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 652  山脇正隆    高知県    Wikipedia
山脇 正隆(やまわき まさたか、1886年(明治19年)3月2日 - 1974年(昭和49年)4月21日)は、日本の陸軍軍人、陸軍大将。官位は従三位勲一等功三級。
 653  吉松茂太郎    高知県    Wikipedia
吉松 茂太郎(よしまつ しげたろう、安政6年1月7日(1859年2月9日) - 昭和10年(1935年)1月2日)は日本の海軍軍人、海軍大将。名は「もたろう」と読む場合がある。


福岡県
 654  三原朝雄    福岡県    遠賀郡遠賀町Wikipedia
三原 朝雄(みはら あさお、1909年(明治42年)8月20日 - 2001年(平成13年)3月7日)は日本の政治家。元衆議院議員。文部大臣、防衛庁長官、総理府総務長官を歴任。勲一等旭日大綬章(1986年)。北九州市議会議員の三原征彦は長男、衆議院議員の三原朝彦は次男にあたる。陸軍軍人の山縣初男は岳父である。
明治大学出身      福岡県出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
 655  明石元二郎    福岡県    福岡市福岡藩士族Wikipedia
明石 元二郎(あかし もとじろう、元治元年8月1日(1864年9月1日) - 大正8年(1919年)10月26日)は明治・大正期の日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功三級男爵。第7代台湾総督。福岡藩出身。夫人は国子、後妻に黒田信子(黒田一葦の娘)。
二松學舍大学出身      福岡県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 656  井浦祥二郎    福岡県    朝倉市Wikipedia
井浦 祥二郎(いうら しょうじろう、1902年(明治35年)3月31日 - 1965年(昭和40年)7月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
 657  板倉光馬    福岡県    北九州市Wikipedia
板倉光馬(いたくら みつま、1912年(大正元年)11月18日 - 2005年(平成17年)10月24日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少佐[1]。福岡県小倉市(現、北九州市)出身。
 658  伊藤整一    福岡県    みやま市(旧三池郡高田町)Wikipedia
伊藤 整一(いとう せいいち、1890年(明治23年)7月26日 - 1945年(昭和20年)4月7日)は、日本の海軍軍人。福岡県三池郡高田町(現・みやま市)出身。海軍兵学校39期。最終階級は海軍大将。
 659  井原美岐雄    福岡県    福岡市Wikipedia
井原 美岐雄(いはら みきお、生年不詳 - 1942年11月25日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。
 660  小川又次    福岡県    北九州市小倉藩士族Wikipedia
小川 又次(おがわ またじ、嘉永元年7月24日(1848年8月22日) - 明治42年(1909年)10月20日)は、明治時代の陸軍軍人。陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。幼名・助太郎。
 661  奥保鞏    福岡県    北九州市小倉藩士族Wikipedia
奥 保鞏(おく やすかた、弘化3年11月19日(1847年1月5日) - 昭和5年(1930年)7月19日)は、明治の陸軍軍人。官位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級伯爵。
 662  小沢武雄    福岡県    北九州市小倉藩士族Wikipedia
小沢 武雄(おざわ たけお、1844年12月19日(天保15年11月10日) - 1926年1月29日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。貴族院議員、男爵。幼名・直之丞。
 663  香椎浩平    福岡県    Wikipedia
香椎 浩平(かしい こうへい、1881年(明治14年)1月25日 - 1954年(昭和29年)12月3日)は、日本陸軍の軍人。
 664  香椎秀一    福岡県    Wikipedia
香椎 秀一(かしい しゅういち、1874年2月23日 - 1962年4月13日)は、大正~昭和期の日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。陸軍中将香椎浩平の兄。
 665  杉山元    福岡県    北九州市小倉藩士族Wikipedia
杉山 元 (すぎやま げん[1]/はじめ、1880年(明治13年)1月1日 - 1945年(昭和20年)9月12日)は、大日本帝国陸軍軍人。元帥陸軍大将、陸軍大臣、教育総監、太平洋戦争開戦時の参謀総長。福岡県出身。
 666  杉山龍丸    福岡県    福岡市Wikipedia
杉山 龍丸(すぎやま たつまる、1919年(大正8年)5月26日 - 1987年(昭和62年)9月20日)は、日本の陸軍軍人。インドの緑の父(Green Father)と呼ばれる人物である。「夢野久作と杉山三代研究会」の杉山満丸は息子。
1919年5月26日生まれ      5月26日生まれの人      福岡県出身の1919年生まれ      世界の1919年生まれの人
 667  中島正    福岡県    Wikipedia
中島 正(なかじま ただし、1910年(明治43年)6月25日 - 1996年(平成8年)8月22日)は日本の海軍軍人、航空自衛官である。海軍では海兵58期卒業、最終階級は中佐。空自での最終階級は空将補。
 668  橋本欣五郎    福岡県    Wikipedia
橋本 欣五郎(はしもと きんごろう、1890年2月19日 - 1957年6月29日)は、昭和時代の日本の陸軍軍人、政治家(衆議院議員1期)。右翼活動家。たびたびクーデターを試みたが失敗し、極東国際軍事裁判(東京裁判)で訴追された。通称「ハッシー」「欽ちゃん」。
1890年2月19日生まれ      2月19日生まれの人      福岡県出身の1890年生まれ      世界の1890年生まれの人
 669  横山静雄    福岡県    Wikipedia
横山 静雄(よこやま しずお、1890年12月1日 - 1961年1月6日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。


佐賀県
 670  相浦紀道    佐賀県    Wikipedia
相浦 紀道(あいうら のりみち[1]、天保12年6月23日(1841年8月9日) - 1911年(明治44年)4月1日)は、日本の海軍軍人、政治家、華族。最終階級は海軍中将。貴族院議員、従二位、勲一等、功三級、男爵。旧名、忠一郎。
 671  石井義太郎    佐賀県    Wikipedia
石井 義太郎(いしい よしたろう / ぎたろう、慶応2年7月27日(1866年9月5日) - 昭和2年(1927年)2月16日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
 672  市丸利之助    佐賀県    Wikipedia
市丸 利之助(いちまる りのすけ、1891年(明治24年)9月20日 - 1945年(昭和20年)3月26日)は、日本の海軍軍人である。最終階級は海軍中将(戦死による特進)。佐賀県東松浦郡久里村(現在の唐津市)出身。
 673  伊東祐保    佐賀県    Wikipedia
伊東 祐保(いとう すけやす、明治2年3月3日(1869年4月14日) - 大正3年(1914年)10月18日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。 第一次世界大戦において防護巡洋艦・「高千穂」艦長として戦死した。
 674  犬塚太郎    佐賀県    Wikipedia
犬塚 太郎(いぬづか たろう、1875年(明治8年)10月23日 - 1936年(昭和11年)7月17日)は、日本の海軍軍人。第三回旅順港閉塞作戦に「愛国丸」指揮官として参戦。大正天皇の侍従武官、昭和天皇の皇太子時代における東宮武官、日本海海戦における東伏見宮依仁親王の皇族附武官、秩父宮別当を務める。最終階級は海軍中将。
 675  宇都宮太郎    佐賀県    Wikipedia
宇都宮 太郎(うつのみや たろう、文久元年3月18日(1861年4月27日) - 1922年(大正11年)2月15日)は、日本の陸軍軍人。イギリス大使館付武官、参謀本部第二部長、第7師団長、第4師団長、三・一運動時の朝鮮軍司令官、軍事参議官を歴任した。階級は陸軍大将、位階・勲等は正三位勲一等功三級[1]。桂太郎、仙波太郎と共に「陸軍の三太郎」と呼ばれる。最近15年分の日記を遺族が公開し、2007年4月から11月にかけて出版された。いわゆる「佐賀の左肩党」の盟主で、荒木貞夫・真崎甚三郎の庇護者でもあった。子息にミノファーゲン社長・衆議院議員の宇都宮徳馬。
 676  江頭安太郎    佐賀県    Wikipedia
江頭 安太郎(えがしら やすたろう、1865年3月9日(元治2年2月12日) - 1913年(大正2年)1月23日)は日本の海軍軍人。海軍中将従四位勲二等功三級。皇太子徳仁親王妃雅子は曾孫にあたる[1]。
 677  鹿江三郎    佐賀県    Wikipedia
鹿江 三郎(かのえ さぶろう 1881年(明治14年)10月6日 - 没年不詳)は、日本の海軍軍人、教育者。海軍砲術学校校長を務めた海軍少将であり、予備役後は逗子開成中学校長[1]を務めた。
 678  古賀峯一    佐賀県    Wikipedia
古賀 峯一(こが みねいち、1885年(明治18年)9月25日 - 1944年(昭和19年)3月31日)は、日本の海軍軍人。第28代連合艦隊司令長官。太平洋戦争中の海軍乙事件にて殉職した。最終階級は元帥海軍大将(殉職後、特旨による授与)。
1885年4月25日生まれ      4月25日生まれの人      佐賀県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 679  坂井三郎    佐賀県    Wikipedia
坂井 三郎(さかい さぶろう、1916年(大正5年)8月26日 - 2000年(平成12年)9月22日)は、日本の海軍軍人。ポツダム進級により最終階級は海軍中尉。太平洋戦争におけるエース・パイロット。著書『大空のサムライ』で有名。
1916年8月26日生まれ      8月26日生まれの人      佐賀県出身の1916年生まれ      世界の1916年生まれの人
 680  城島高次    佐賀県    Wikipedia
城島 高次(じょうじま たかつぐ、1890年(明治23年)6月20日 - 1967年(昭和42年)10月9日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍少将。
 681  高柳直夫    佐賀県    Wikipedia
高柳 直夫(たかやなぎ ただお、1878年5月4日[1] - 1904年(明治37年)5月3日)は、日本の海軍軍人。第三回旅順港閉塞作戦で「江戸丸」指揮官を務め戦死した海軍少佐である。従六位勲五等功五級。
 682  鳥巣玉樹    佐賀県    Wikipedia
鳥巣 玉樹(とす たまき、1877年(明治10年)12月1日 - 1949年(昭和24年)5月21日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。佐賀県佐賀市出身。
 683  中野信陽    佐賀県    Wikipedia
中野 信陽(なかの しんよう、1856年(安政2年)2月4日(12月28日)[1] - 1895年(明治28年)2月11日)は、日本の海軍軍人。日清戦争で戦死した海軍大尉である。
 684  中島親孝    佐賀県    Wikipedia
中島 親孝(なかじま ちかたか、1905年(明治38年)5月28日 - 1992年(平成4年)5月31日)は、日本の海軍軍人。海兵54期。最終階級は海軍中佐。
 685  樋口敬七郎    佐賀県    Wikipedia
樋口 敬七郎(ひぐち けいしちろう、1893年(明治26年)11月22日 - 1971年(昭和46年)12月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 686  百武源吾    佐賀県    Wikipedia
百武 源吾(ひゃくたけ げんご、1882年(明治15年)1月28日 - 1976年(昭和51年)1月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。第7代九州帝国大学総長。佐賀県出身。兄・三郎と源吾は海軍兵学校を首席卒業し、ともに海軍大将となった日本海軍史上唯一の兄弟である。
1882年1月28日生まれ      1月28日生まれの人      佐賀県出身の1882年生まれ      世界の1882年生まれの人
 687  百武三郎    佐賀県    Wikipedia
百武 三郎(ひゃくたけ さぶろう、1872年6月3日(明治5年4月28日) - 1963年(昭和38年)10月30日)は、日本の海軍軍人、海軍大将、侍従長。二人の弟、百武源吾は海軍大将、百武晴吉は陸軍中将。三郎・源吾は海軍史上唯一組の海軍大将兄弟である。
 688  百武晴吉    佐賀県    Wikipedia
百武 晴吉(ひゃくたけ はるよし/せいきち/はるきち、1888年(明治21年)5月25日 - 1947年(昭和22年)3月10日)は、大正~昭和期の日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。佐賀県出身。
 689  広尾彰    佐賀県    Wikipedia
広尾 彰(ひろお あきら、1920年(大正9年)1月 - 1941年(昭和16年)12月8日)は、日本の海軍軍人。特殊潜航艇「甲標的」艇長として真珠湾攻撃に参加し、戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍大尉。
 690  福地周夫    佐賀県    Wikipedia
福地 周夫(ふくち かねお、1902年(明治35年)6月5日 - 1996年)は、日本の海軍軍人。珊瑚海海戦及び南太平洋海戦に「翔鶴」運用長として参戦し、その被害の局限化に成功した海軍大佐である。戦後は著作家としても活動した。
 691  福地誠夫    佐賀県    Wikipedia
福地 誠夫(ふくち のぶお、1904年(明治37年)2月14日 - 2007年(平成19年)7月26日[1])は、日本の海軍軍人、海上自衛官。最終階級は日本海軍では海軍大佐、海上自衛隊では海将。退官後は記念艦「三笠」艦長を務めた。
 692  藤井斉    佐賀県    Wikipedia
藤井 斉(ふじい ひとし、1904年〈明治37年〉8月3日 - 1932年〈昭和7年〉2月5日)は、日本の海軍軍人。海兵53期卒。五・一五事件を起こした海軍青年士官の指導者で革命児と称された人物であり、また、日本海軍搭乗員最初の戦死者の一人である[1]。戦死による一階級昇進で最終階級は海軍少佐。
 693  真崎勝次    佐賀県    Wikipedia
眞崎 勝次(まさき かつじ、1884年12月22日 - 1966年10月15日)は、日本海軍の軍人、政治家。最終階級は海軍少将。衆議院議員。
 694  真崎甚三郎    佐賀県    Wikipedia
眞崎 甚三郎(まさき じんざぶろう、1876年(明治9年)11月27日 - 1956年(昭和31年)8月31日)は、日本の陸軍軍人。陸軍士官学校9期、陸軍大学校19期。最終階級は陸軍大将。栄典は正三位勲三等功四級[2]。
 695  松永貞市    佐賀県    Wikipedia
松永 貞市(まつなが さだいち、1892年(明治25年)4月25日 - 1965年(昭和40年)12月2日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。太平洋戦争初期、マレー沖海戦でイギリスの東洋艦隊を壊滅させた航空隊指揮官として名高い。
 696  三浦虎次郎    佐賀県    Wikipedia
三浦 虎次郎(みうら とらじろう、1875年(明治8年)12月23日 - 1894年(明治27年)9月17日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍三等水兵。『勇敢なる水兵』のモデル。
 697  牟田口廉也    佐賀県    Wikipedia
牟田口 廉也(むたぐち れんや、1888年(明治21年)10月7日 - 1966年(昭和41年)8月2日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は中将。盧溝橋事件や、太平洋戦争(大東亜戦争)開戦時のマレー作戦や同戦争中のインパール作戦において部隊を指揮した。
 698  武藤信義    佐賀県    Wikipedia
武藤 信義(むとう のぶよし、1868年9月1日(慶応4年7月15日) - 1933年7月27日)は、日本の陸軍軍人。元帥、陸軍大将、正二位勲一等功一級男爵。関東軍司令官兼駐満大使兼関東長官・教育総監・軍事参議官・東京警備司令官等を歴任した。
 699  森山慶三郎    佐賀県    Wikipedia
森山 慶三郎(もりやま けいざぶろう、1870年7月18日 (明治3年6月20日) - 1944年5月24日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 700  村上格一    佐賀県    Wikipedia
村上 格一(むらかみ かくいち、文久2年11月1日(1862年12月21日) - 昭和2年(1927年)11月15日)は日本の海軍軍人。海軍大将。清浦内閣の海軍大臣。佐賀県出身。幼名、袈裟之助。養子の村上暢之助は海軍少将。娘は横井忠雄海軍少将と結婚。
 701  安保清種    佐賀県    Wikipedia
安保 清種(あぼ きよかず、明治3年10月15日(1870年11月8日) - 昭和23年(1948年)6月8日)は、明治期から昭和期にかけての日本海軍軍人。海軍大将。
 702  吉田善吾    佐賀県    Wikipedia
吉田 善吾(よしだ ぜんご、明治18年(1885年)2月14日 - 昭和41年(1966年)11月14日)は、日本の海軍軍人。海軍大将。海軍大臣、連合艦隊司令長官を歴任した。
1885年2月14日生まれ      2月14日生まれの人      佐賀県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人


長崎県
 703  鄭成功    長崎県    Wikipedia
鄭 成功(てい せいこう、チェン チェンコン、繁体字: 鄭成功; 簡体字: 郑成功; ピン音: Zhèng Chénggōng; ウェード式: Cheng Ch'eng-kung、寛永元年/大明天啓4年7月14日(1624年8月27日) - 大明永暦16年5月8日(1662年6月23日))は、中国明代の軍人、政治家。元の諱は森。字は明儼。日本名は福松[1]。清に滅ぼされようとしている明を擁護し抵抗運動を続け、台湾に渡り鄭氏政権の祖となった。様々な功績から隆武帝は明の国姓である「朱」と称することを許したことから国姓爺とも呼ばれていた。台湾・中国では民族的英雄として描かれており、特に台湾ではオランダ軍を討ち払ったことから、孫文、蒋介石とならぶ「三人の国神」の一人として尊敬されている[1]。鉄人(鉄の甲冑を着込んでいたための呼び名)や倭銃隊と呼ばれた日本式の鎧を身に纏った鉄砲隊や騎馬兵などの武者を巧みに指揮したことでも有名。
 704  村田重治    長崎県    Wikipedia
村田 重治(むらた しげはる、1909年(明治42年)4月9日 - 1942年(昭和17年)10月26日)は、日本の海軍軍人。海兵58期。南太平洋海戦で米空母「ホーネット」攻撃後に戦死した。二階級特進により最終階級は海軍大佐。
 705  鴛淵孝    長崎県    Wikipedia
鴛淵 孝(おしぶち たかし、1919年(大正8年)10月22日 - 1945年(昭和20年)7月25日戦死認定[1])は日本の海軍軍人。海兵68期。戦闘機搭乗員であり、太平洋戦争における撃墜王。戦死による一階級進級で最終階級は海軍少佐[1]。
 706  柳本柳作    長崎県    Wikipedia
柳本 柳作(やなぎもと りゅうさく、1894年(明治27年)1月9日 - 1942年(昭和17年)6月5日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。
 707  橘周太    長崎県    Wikipedia
橘 周太(たちばな しゅうた、慶応元年9月15日(1865年11月3日) - 明治37年(1904年)8月31日)は、日本の陸軍軍人。日露戦争における遼陽の戦いで戦死し、以後軍神として尊崇される。官位は陸軍歩兵中佐正六位勲四等功四級。
二松學舍大学出身      長崎県出身の二松學舍大学の出身者      全国の二松學舍大学の出身者
 708  作江伊之助    長崎県    Wikipedia
作江 伊之助(さくえ いのすけ、1910年〈明治43年〉10月17日 - 1932年〈昭和7年〉2月22日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は工兵伍長。勲八等功六級。長崎県旧北松浦郡平戸町大字平戸田助浦出身。
 709  大賀良平    長崎県    長崎市Wikipedia
大賀 良平(おおが りょうへい 、1923年(大正12年)4月 - 2006年(平成18年)6月25日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官、海上保安官である。海軍兵学校卒業(71期)。第12代海上幕僚長。長崎県出身。


熊本県
 710  深沢友彦    熊本県    熊本区藪内町(現・熊本市上通町)Wikipedia
深沢 友彦(ふかざわ ともひこ、1880年(明治13年)7月20日 - 1970年(昭和45年)8月27日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。第10代八王子市長を務めた。
 711  荒木克業    熊本県    飽託郡内田村(現・熊本市南区)Wikipedia
荒木 克業(あらき かつなり、1907年(明治40年)10月20日‐1932年12月3日)は、日本陸軍の軍人。 陸士41期。熊本県旧飽託郡内田村(現・熊本市南区)出身。最終階級は工兵中尉、死後大尉。
 712  石光真臣    熊本県    熊本市Wikipedia
石光 真臣(眞臣)(いしみつ まおみ、明治3年5月9日(1870年6月7日) - 1937年(昭和12年)12月8日)は、日本陸軍の軍人。陸軍中将従三位勲一等功四級。
 713  石光真清    熊本県    熊本市Wikipedia
石光 真清(眞清)(いしみつ まきよ、慶応4年8月30日(1868年)10月15日) - 昭和17年(1942年)5月15日)は、日本陸軍の軍人(最終階級陸軍少佐)、諜報活動家。明治から大正にかけてシベリア、満州での諜報活動に従事した。
一橋大学出身      熊本県出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者
 714  井上貞衛    熊本県    Wikipedia
井上 貞衛(いのうえ さだえ、1886年11月5日 - 1961年10月26日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 715  上村利道    熊本県    Wikipedia
上村 利道(うえむら としみち、1889年(明治22年)2月10日 - 1947年(昭和22年)9月19日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 716  牛島貞雄    熊本県    Wikipedia
牛島 貞雄(うしじま さだお、1876年1月30日 - 1960年9月1日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 717  釜賀一夫    熊本県    宇土市Wikipedia
釜賀 一夫(かまが かずお、1917年(大正6年)1月1日 - 2003年(平成15年)11月23日)は熊本県出身の陸軍軍人及び陸上自衛官。日本陸軍における暗号作成者、暗号解読者である。戦後も陸上自衛隊で暗号解読に従事した。ペンネーム加藤正隆として暗号関係の著作がある。
 718  清原康平    熊本県    三角町(現・宇城市)Wikipedia
清原 康平(きよはら やすひら、1914年(大正3年)1月14日 - 2001年(平成13年)4月7日)は、日本の陸軍軍人。歩兵少尉。歩兵第3連隊附。二・二六事件に参加、反逆罪(群衆指揮等)で無期禁固刑を受ける。その後恩赦により釈放、公職追放になるものの、恩赦の後も活躍した。2.26事件の直前、湯川智恵子と結婚して姓は、湯川康平となったが、軍関係では清原が使われている。
 719  隈部正美    熊本県    Wikipedia
隈部 正美(くまべ まさみ、1897年5月26日 - 1945年8月16日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。熊本県出身。
 720  上月良夫    熊本県    Wikipedia
上月 良夫(こうづき よしお、1886年11月7日 - 1971年4月3日)は、日本の陸軍軍人、陸軍中将。熊本県出身。陸士21期、陸大29期。
 721  河野壽    熊本県    熊本市Wikipedia
河野 壽(こうの ひさし、1907年(明治40年)3月7日 - 1936年(昭和11年)3月6日)は、日本の陸軍軍人。航空兵大尉。所沢陸軍飛行学校操縦学生。二・二六事件に参加、湯河原で牧野伸顕伯爵を襲撃したが負傷、後、自決した。
 722  木庭知時    熊本県    Wikipedia
木庭 知時(こば ともとき、1890年9月22日 - 1983年7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。熊本県出身。
 723  坂口静夫    熊本県    Wikipedia
坂口 静夫(さかぐち しずお、1887年1月17日 - 1947年3月23日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 724  園部和一郎    熊本県    Wikipedia
園部 和一郎(そのべ わいちろう、1883年3月29日 - 1963年3月18日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 725  竹下平作    熊本県    Wikipedia
竹下 平作(たけした へいさく、1865年1月14日(元治元年12月17日) - 1927年(昭和2年)10月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 726  竹原三郎    熊本県    Wikipedia
竹原 三郎(たけはら さぶろう、1888年(明治21年)2月10日 - 1948年(昭和23年)6月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 727  田副登    熊本県    Wikipedia
田副 登(たぞえ のぼる、1893年(明治26年)12月13日 - 1948年(昭和23年)7月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 728  筑紫熊七    熊本県    Wikipedia
筑紫 熊七(つくし くましち、1863年3月14日(文久3年1月25日) - 1944年(昭和19年)1月21日)は、日本陸軍の軍人。陸軍中将従三位勲一等功三級。
 729  津野田是重    熊本県    Wikipedia
津野田 是重(つのだ これしげ、1873年(明治6年)11月25日 - 1930年(昭和5年)9月2日)は、大日本帝国陸軍の軍人、政治家。熊本県出身。最終階級は陸軍少将。衆議院議員。
 730  津野田知重    熊本県    Wikipedia
津野田 知重(つのだ ともしげ、1917年(大正6年)2月1日 - 1987年7月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は歩兵少佐。熊本県出身。
 731  富田直亮    熊本県    Wikipedia
富田 直亮(とみた なおすけ、1899年(明治32年)7月27日 - 1979年(昭和54年)4月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将(日本)、陸軍上将(中華民国)[1]。熊本県出身。陸士32期。陸大39期。日中戦争後、台湾で中華民国国軍の軍事顧問団(白団)の団長を務めた。 晩年の秘書は阿尾博政。 遺骨は分骨され、日本と台湾新北市の樹林にある海明禅寺に安置されている。
 732  中川州男    熊本県    南関町Wikipedia
中川 州男(なかがわ くにお、1898年1月23日 - 1944年11月24日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 733  中熊直正    熊本県    Wikipedia
中熊 直正(なかぐま なおまさ、1893年7月18日 - 1942年11月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
 734  中村一夫    熊本県    熊本市Wikipedia
中村 一夫(なかむら かずお、1906年3月10日 - )は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大尉。通化守備隊長。熊本県出身。
 735  西住小次郎    熊本県    甲佐町Wikipedia
西住 小次郎(にしずみ こじろう、1914年〈大正3年〉1月13日 - 1938年〈昭和13年〉5月17日)は、大日本帝国陸軍の軍人。陸士46期。最終階級は陸軍歩兵大尉。勲五等功四級[1]。熊本県上益城郡甲佐町仁田子出身。
 736  野田謙吾    熊本県    Wikipedia
野田 謙吾(のだ けんご、1891年(明治24年)4月22日 - 1961年(昭和36年)11月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
 737  野田豁通    熊本県    Wikipedia
野田 豁通(のだ ひろみち、天保15年7月24日(1844年9月6日) - 1913年1月6日)は、日本の武士(熊本藩士)、陸軍軍人、陸軍経理組織の創設者[1]。最終階級は陸軍監督総監(のちの陸軍主計総監)。旧姓石光。
 738  馬場正郎    熊本県    Wikipedia
馬場 正郎(ばば まさお、1892年1月7日 - 1947年8月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。熊本県出身。
 739  林仙之    熊本県    Wikipedia
林 仙之(はやし なりゆき、1877年1月5日 - 1944年5月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
 740  日野熊蔵    熊本県    人吉市Wikipedia
日野 熊蔵(ひの くまぞう、1878年6月9日[1] - 1946年1月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍歩兵中佐。発明家としての一面も持ち、日本の航空界黎明期のパイロットの1人であった。
1878年6月9日生まれ      6月9日生まれの人      熊本県出身の1878年生まれ      世界の1878年生まれの人
 741  古荘幹郎    熊本県    Wikipedia
古荘 幹郎(ふるしょう もとお、1882年9月14日 - 1940年7月21日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
 742  松尾敬宇    熊本県    山鹿市Wikipedia
松尾 敬宇(まつお けいう / よしたか、1917年(大正6年)7月21日 - 1942年(昭和17年)5月31日)は、日本の海軍軍人。海兵66期。太平洋戦争におけるシドニー湾攻撃で特殊潜航艇「甲標的」艇長として戦死。二階級特進により最終階級は海軍中佐。
 743  松永正敏    熊本県    Wikipedia
松永 正敏(まつなが まさとし、嘉永4年6月1日(1851年6月29日) - 明治45年(1912年)2月18日)は、日本陸軍の軍人。陸軍中将正三位勲一等功二級男爵。幼名・山平。
 744  松村秀逸    熊本県    八代市Wikipedia
松村 秀逸(まつむら しゅういつ、1900年3月1日 - 1962年9月7日)は、日本の陸軍軍人、国会議員(参議院議員)。最終階級は陸軍少将。
 745  武藤章    熊本県    Wikipedia
武藤 章(むとう あきら、1892年(明治25年)12月15日 - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の昭和時代の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。極東国際軍事裁判(東京裁判)で唯一中将として絞首刑判決を受けた。岳父は陸軍次官、関東軍司令官などを歴任した尾野実信大将。
 746  安田優    熊本県    天草郡Wikipedia
安田 優(やすだ ゆたか、1912年(明治45年)2月1日 - 1936年(昭和11年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。陸軍砲工学校学生。二・二六事件に参加、他の将校らと斎藤實内大臣、渡辺錠太郎教育総監を相次いで襲撃した。最終階級は砲兵少尉。
 747  山室宗武    熊本県    Wikipedia
山室 宗武(やまむろ そうぶ、1880年10月21日 - 1963年10月31日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
 748  秋山輝男    熊本県    Wikipedia
秋山 輝男(あきやま てるお、1891年(明治24年)9月16日 - 1943年(昭和18年)7月6日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
 749  岩辺季貴    熊本県    小川町(現・宇城市)Wikipedia
岩辺 季貴(いわべ すえたか、1872年2月17日(明治5年1月9日) - 1955年(昭和30年)4月24日)は、日本海軍の軍人。海軍中将。
 750  大森仙太郎    熊本県    熊本市Wikipedia
大森 仙太郎(おおもり せんたろう、1892年10月3日 - 1974年12月24日)は、熊本県出身の日本海軍軍人。最終階級は海軍中将。海軍特攻部長を務めた。
 751  加来止男    熊本県    八代市Wikipedia
加来 止男(かく とめお、1893年(明治26年)11月8日 - 1942年(昭和17年)6月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。空母「飛龍」艦長をつとめ、ミッドウェー海戦で戦死した。
 752  城 英一郎    熊本県    熊本市Wikipedia
城 英一郎(じょう えいいちろう、1899年(明治32年)4月1日 - 1944年(昭和19年)10月25日)は、日本の海軍軍人。海兵47期。最終階級は海軍少将。
 753  高木惣吉    熊本県    人吉市Wikipedia
高木 惣吉(たかぎ そうきち、1893年(明治26年)8月9日 - 1979年(昭和54年)7月27日)は、日本の海軍軍人で最終階級は海軍少将。東久邇宮内閣の内閣副書記官長を務めた。
東京理科大学出身      熊本県出身の東京理科大学の出身者      全国の東京理科大学の出身者
 754  立花止    熊本県    Wikipedia
立花 止(たちばな いたる、1903年(明治36年)3月29日 - 1954年(昭和29年)6月7日)は、日本の海軍軍人。米国駐在時代に情報活動に従事しFBIに逮捕され国外追放処分を受ける(立花事件)。最後の連合艦隊参謀の一人である。最終階級は海軍大佐。
 755  鍋島俊策    熊本県    小川町(現・宇城市)Wikipedia
鍋島 俊策(なべしま しゅんさく、1892年9月10日 - 1948年4月28日)は、日本の海軍軍人。海軍少将。
 756  林正義    熊本県    飽託郡池上村(現・熊本市)Wikipedia
林 正義(はやし まさよし、1906年(明治39年) 2月14日 - 1980年(昭和55年)9月26日)は、日本の海軍軍人。五・一五事件に連座し、反乱予備罪で有罪となった海軍中尉である。幽顕塾塾長。
 757  福田良三    熊本県    玉名市Wikipedia
福田 良三(ふくだ りょうぞう、1889年(明治22年)11月1日 - 1980年(昭和55年)3月26日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 758  福村利明    熊本県    Wikipedia
福村 利明(ふくむら としあき、1905年(明治38年)10月2日 - 1944年(昭和19年)5月15日)は、日本の海軍軍人。海兵54期卒。戦死による二階級特進で、最終階級は海軍少将。
 759  堀内豊秋    熊本県    熊本市Wikipedia
堀内 豊秋(ほりうち とよあき、1900年(明治33年)9月27日 - 1948年(昭和23年)9月25日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍大佐。熊本県熊本市出身。
 760  本田稔    熊本県    Wikipedia
本田 稔(ほんだ みのる、1923年(大正12年) - )は、日本の海軍軍人。最終階級は日本海軍では海軍少尉、航空自衛隊では一等空尉。太平洋戦争における撃墜王。
 761  松田千秋    熊本県    鹿本郡Wikipedia
松田 千秋(まつだ ちあき、 1896年(明治29年)9月29日 - 1995年(平成7年)11月6日)は、日本の海軍軍人。海兵44期。最終階級は海軍少将。
 762  吉岡範策    熊本県    小川町(現・宇城市)Wikipedia
吉岡 範策(よしおか はんさく、1869年5月8日 - 1930年3月19日)は、日本海軍の軍人。海軍中将。
 763  米村末喜    熊本県    Wikipedia
米村 末喜(よねむら すえき、1879年(明治11年)3月13日 - 1941年(昭和16年)12月27日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。航海術の権威であり、海軍部内で航海の神様[1]と呼ばれた人物である。
 764  益田兼利    熊本県    Wikipedia
益田 兼利(ました かねとし、1913年(大正2年)9月17日 - 1973年(昭和48年)7月24日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。陸軍士官学校第46期卒業、陸軍大学校第54期首席。綜警常駐警備(現・ALSOK常駐警備)元代表取締役社長益田兼弘の実父。
1913年9月17日生まれ      9月17日生まれの人      熊本県出身の1913年生まれ      世界の1913年生まれの人
 765  菊池武夫 (陸軍軍人)    熊本県    菊池郡Wikipedia
菊池 武夫(きくち たけお、1875年(明治8年)7月23日 - 1955年(昭和30年)12月1日)は、日本の陸軍軍人、政治家。貴族院議員(男爵議員)。陸軍中将功四級男爵。熊本県菊池郡出身。
 766  江口卯吉    熊本県    Wikipedia
江口 卯吉(えぐち うきち、1884年(明治17年) - ?)は、日本陸軍の軍人。階級は陸軍歩兵中佐。武道の称号は大日本武徳会銃剣術教士、剣道教士。
 767  園田直    熊本県    天草島Wikipedia
園田 直(そのだ すなお、1913年(大正2年)12月11日 - 1984年(昭和59年)4月2日)は、日本の政治家、陸軍軍人。挺進第1連隊第2中隊長等を務める。階級は陸軍大尉。戦後一町田村助役・同村長・を経て衆議院議員に当選、内閣官房長官・外務大臣・厚生大臣等を歴任。熊本県天草島出身。弟の幹男は陸軍少佐。後妻・よし子との間に生まれた長男の博之は内閣官房副長官・自由民主党衆議院議員。また後々妻・天光光との間に生まれた次男の直飛人は自身の議員秘書にしている。
大阪歯科大学出身      熊本県出身の大阪歯科大学の出身者      全国の大阪歯科大学の出身者
 768  松野頼三    熊本県    山鹿郡(現・山鹿市)Wikipedia
松野 頼三(まつの らいぞう、1917年(大正6年)2月12日 - 2006年(平成18年)5月10日)は、日本の政治家。軍人時代の最終階級は海軍主計少佐。位階は正三位。勲等は旭日大綬章。総理府総務長官、労働大臣、防衛庁長官、農林大臣を歴任した。長男に松野頼久(政治家)、孫娘に松野未佳(2016年ミス日本グランプリ)がいる。
慶應義塾大学出身      熊本県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
1917年2月12日生まれ      2月12日生まれの人      熊本県出身の1917年生まれ      世界の1917年生まれの人


大分県
 769  村山富市    大分県    Wikipedia
村山 富市(むらやま とみいち、1924年3月3日 - )は、日本の政治家、労働組合指導者、陸軍軍人。
明治大学出身      大分県出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
1924年3月3日生まれ      3月3日生まれの人      大分県出身の1924年生まれ      世界の1924年生まれの人
 770  野村吉三郎    大分県    Wikipedia
野村 吉三郎(のむら きちさぶろう、1877年(明治10年)12月16日 - 1964年(昭和39年)5月8日)は、昭和初期に活躍した日本の海軍軍人、外交官、政治家。和歌山県和歌山市出身。位階勲功等は海軍大将従二位勲一等功二級。
学習院大学出身      大分県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
1877年12月16日生まれ      12月16日生まれの人      大分県出身の1877年生まれ      世界の1877年生まれの人
 771  梅津美治郎    大分県    中津市Wikipedia
梅津 美治郎(うめづ よしじろう[注釈 1]、1882年(明治15年)1月4日 - 1949年(昭和24年)1月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
1882年1月4日生まれ      1月4日生まれの人      大分県出身の1882年生まれ      世界の1882年生まれの人
 772  金谷範三    大分県    豊後高田市Wikipedia
金谷 範三(かなや はんぞう、1873年4月24日 - 1933年6月6日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
 773  河合操    大分県    杵築市Wikipedia
河合 操(かわい みさお、1864年10月26日(元治元年9月26日) - 1941年10月11日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
 774  吉良俊一    大分県    大分市Wikipedia
吉良 俊一(きら しゅんいち、1889年(明治22年)9月9日 - 1947年(昭和22年)4月30日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。日本海軍搭乗員として空母初着艦を成功させ、着艦三羽烏の異名があった[1]。
 775  友永丈市    大分県    別府市、ミッドウェー海戦第一次攻撃隊隊長Wikipedia
友永 丈市(ともなが じょういち、1911年(明治44年)1月9日 - 1942年(昭和17年)6月5日)は、日本の海軍軍人。海兵59期。ミッドウェー海戦に空母「飛龍」艦上攻撃機搭乗員として参加し、ミッドウェー島攻撃隊長を務め、その後の米空母「ヨークタウン」攻撃時に戦死。最終階級は海軍中佐[1]。
 776  豊田隈雄    大分県    杵築市Wikipedia
豊田 隈雄(とよだ くまお、1901年(明治34年)12月13日 - 1995年(平成7年)2月23日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。
 777  豊田副武    大分県    杵築市Wikipedia
豊田 副武(とよだ そえむ、1885年(明治18年)5月22日 - 1957年(昭和32年)9月22日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。第29代・第30代連合艦隊司令長官。最後となる第19代軍令部総長を務めた。
 778  広瀬武夫    大分県    竹田市Wikipedia
広瀬武夫(ひろせ たけお、旧字体: 廣瀨武夫、1868年7月16日(慶応4年5月27日) - 1904年(明治37年)3月27日)は、日本の海軍軍人。
 779  藤田怡与蔵    大分県    旧制杵築中学卒、「零戦搭乗員会」元代表世話人Wikipedia
藤田 怡与蔵(ふじた いよぞう、古い文書では「怡與藏」とも、1917年(大正6年)11月2日 - 2006年(平成18年)12月1日)は、天津出身の海軍軍人、日本航空機長。海兵66期。
 780  堀悌吉    大分県    杵築市Wikipedia
堀 悌吉(ほり ていきち、1883年(明治16年)8月16日 - 1959年(昭和34年)5月12日)は日本の海軍軍人。大分県杵築市出身。
 781  溝部洋六    大分県    大分市Wikipedia
溝部 洋六(みぞべ ようろく、1881年(明治14年)6月27日-1919年(大正8年)11月6日)は、大日本帝国海軍の軍人。最終階級は海軍大佐。大分市出身。
 782  南次郎    大分県    豊後高田市Wikipedia
南 次郎(みなみ じろう、1874年(明治7年)8月10日 - 1955年(昭和30年)12月5日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正二位勲一等功四級。
 783  葉子・ハュス・綿貫    大分県    Wikipedia
葉子・ハュス・綿貫(ようこ・ハュス・わたぬき、Yoko Huijs-Watanuki、1959年 - )は、大分県出身の作家、翻訳家。太平洋戦争中に日本により占領されたインドネシアにて、オランダ系の女性と日本の軍人や商社員との間に生まれた日系2世のオランダ人に対する父親を捜すボランティアを行っている[1][2]。九州大学医療技術短期大学部卒。


宮崎県
 784  上原勇作    宮崎県    都城市Wikipedia
上原 勇作(うえはら ゆうさく、安政3年11月9日(1856年12月6日) - 1933年(昭和8年)11月8日)は、明治~昭和期の陸軍軍人。
 785  青木宣純    宮崎県    宮崎市佐土原Wikipedia
青木 宣純(あおき のぶずみ、安政6年5月19日(1859年6月19日) - 大正13年(1924年)12月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。最も初期の「支那通軍人」。通算13年の中国生活を送った。
 786  財部彪    宮崎県    都城市Wikipedia
財部 彪(たからべ たけし、慶応3年4月7日(1867年5月10日) - 昭和24年(1949年)1月13日)は、日本の軍人、政治家。宮崎県都城市出身。階級は海軍大将。
 787  小沢治三郎    宮崎県    高鍋町Wikipedia
小沢 治三郎(おざわ じさぶろう、1886年(明治19年)10月2日 - 1966年(昭和41年)11月9日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。海軍兵学校37期生。第31代となる最後の連合艦隊司令長官を務めた。
1886年10月2日生まれ      10月2日生まれの人      宮崎県出身の1886年生まれ      世界の1886年生まれの人
 788  萱嶋高    宮崎県    高鍋町Wikipedia
萱嶋 高(かやしま たかし、1889年4月18日 - 1956年2月18日)は、大日本帝国陸軍軍人、陸軍中将。宮崎県児湯郡高鍋町出身。陸士21期、陸大32期。
 789  高木兼寛    宮崎県    宮崎市(旧高岡町(誕生時は、穆佐(むかさ)村)Wikipedia
高木 兼寛(たかき かねひろ[注 1]、嘉永2年9月15日(1849年10月30日) - 大正9年(1920年)4月13日)は日本の海軍軍人、最終階級は海軍軍医総監(少将相当)。医学博士。男爵。東京慈恵会医科大学の創設者。脚気の撲滅に尽力し、「ビタミンの父」とも呼ばれる。当時日本の食文化では馴染みの薄かったカレーを脚気の予防として海軍の食事に取り入れた(海軍カレー)。


鹿児島県
 790  池田清    鹿児島県    Wikipedia
池田 清(いけだ きよし、1925年 - 2006年)は、日本海軍の軍人、政治学者。最終階級は海軍中尉。東北大学名誉教授。息子に、国際政治学者の池田明史がいる。
青山学院大学出身      鹿児島県出身の青山学院大学の出身者      全国の青山学院大学の出身者
 791  黒田清隆    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
黒田 清隆(くろだ きよたか、旧字体: 黑田 淸隆[注釈 1]、天保11年10月16日(1840年11月9日) - 明治33年(1900年)8月23日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。階級は陸軍中将。位階勲等爵位は従一位大勲位伯爵。通称は仲太郎、了介。
 792  山本権兵衛    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
山本 権兵衛(やまもと ごんのひょうえ、旧字体: 山本 權兵衞、1852年11月26日(嘉永5年10月15日) - 1933年(昭和8年)12月8日)は、日本の武士、海軍軍人、政治家。階級・位階・勲等・功級・爵位は海軍大将従一位大勲位功一級伯爵。諱は盛武。出生時より若輩時にかけて使用した本称は「ごんべえ」であるが、進水式で祝詞用に神主がつけた名前であり、宮中でも使用したごんのひょうえが公称である。
 793  川路利良    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
川路 利良(かわじ としよし、天保5年5月11日(1834年6月17日) - 明治12年(1879年)10月13日)は、日本の幕末から明治初期の薩摩藩士、警察官僚、陸軍軍人。階級は大警視、陸軍少将。位階は正五位。勲等は勲二等。
 794  川路利良    鹿児島県    Wikipedia
川路 利良(かわじ としよし、天保5年5月11日(1834年6月17日) - 明治12年(1879年)10月13日)は、日本の幕末から明治初期の薩摩藩士、警察官僚、陸軍軍人。階級は大警視、陸軍少将。位階は正五位。勲等は勲二等。
 795  大山巌    鹿児島県    Wikipedia
大山 巌(おおやま いわお、正字: 大山 巖、天保13年10月10日(1842年11月12日) - 大正5年(1916年)12月10日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。幼名は岩次郎。通称は弥助。雅号は赫山、瑞岩。字は清海。称号・階級は元帥陸軍大将。栄典(位階勲等および爵位)は従一位大勲位功一級公爵。
 796  樺山資紀    鹿児島県    Wikipedia
樺山 資紀(かばやま すけのり、天保8年11月2日(1837年12月9日) - 大正11年(1922年)2月8日)は、日本の武士(薩摩藩士)、軍人、政治家。階級は海軍大将。栄典は従一位大勲位功二級伯爵。
 797  大山綱昌    鹿児島県    Wikipedia
大山 綱昌(おおやま つなまさ、1853年12月24日(嘉永6年11月24日) - 1934年(昭和9年)10月18日[1])は、日本の官僚、政治家、警察官、陸軍軍人。貴族院議員、錦鶏間祗候。4県の知事を務めた。幼名・勘助[1]。
 798  山下耕作    鹿児島県    Wikipedia
山下 耕作(やました こうさく、1930年1月10日 - 1998年12月6日)は、日本の映画監督。時代劇・任侠映画を中心に、テレビ時代劇も演出してきた。鹿児島県阿久根市出身。鹿児島県出水高等学校・京都大学法学部卒業。愛称は同姓の軍人・山下奉文に因んで「将軍」。[1]両者に姻戚関係はない。長男は映画監督の山下耕一郎、次男はテレビドラマの監督でテレビ映画制作会社「京都組」代表取締役の山下智彦。
京都大学出身      鹿児島県出身の京都大学の出身者      全国の京都大学の出身者
 799  桐野利秋    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
桐野 利秋(きりの としあき、天保9年(1838年)12月 - 明治10年(1877年)9月24日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人。諱は利秋、通称は半次郎、桐野に復姓後は信作(晋作、新作)。初め中村 半次郎(なかむら はんじろう)と称した。
 800  大山巌    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
大山 巌(おおやま いわお、正字: 大山 巖、天保13年10月10日(1842年11月12日) - 大正5年(1916年)12月10日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。幼名は岩次郎。通称は弥助。雅号は赫山、瑞岩。字は清海。称号・階級は元帥陸軍大将。栄典(位階勲等および爵位)は従一位大勲位功一級公爵。
 801  種田政明    鹿児島県    Wikipedia
種田 政明(たねだ まさあき、天保8年8月(1837年) - 1876年(明治9年)10月24日)は、江戸時代後期(幕末)の薩摩藩士。明治時代前期の官僚、陸軍軍人である。最終階級は陸軍少将。諱は政明。種子田政明と表記される場合がある。通称は清八郎・健一郎・左門。
 802  野津鎮雄    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
野津 鎮雄(のづ しずお、天保6年9月5日(1835年10月26日) - 明治13年(1880年)7月22日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。栄典は正三位勲二等。薩摩国鹿児島城下高麗町(現・鹿児島県鹿児島市高麗町)出身。幼名は七左衛門。諱は鎮雄。
 803  野津道貫    鹿児島県    Wikipedia
野津 道貫(のづ みちつら(どうがん)、天保12年11月5日(1841年12月17日) - 1908年(明治41年)10月18日)は、幕末の薩摩藩士、明治の陸軍軍人、貴族院議員。東部都督、教育総監、第4軍司令官を歴任した。通称は七次。諱は道貫。最終階級は元帥陸軍大将正二位大勲位功一級侯爵。兄に陸軍中将・野津鎮雄がいる。
 804  川上操六    鹿児島県    Wikipedia
川上 操六(かわかみ そうろく、嘉永元年11月11日(1848年12月6日) - 明治32年(1899年)5月11日)は、日本の陸軍軍人、華族。官位は参謀総長・陸軍大将。栄典は従二位・勲一等・功二級・子爵。幼名宗之丞。長男の素一は陸軍少佐、娘は小原伝陸軍中将に嫁ぐ。桂太郎、児玉源太郎とともに、「明治陸軍の三羽烏」とされる。
 805  篠原国幹    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
篠原 国幹(しのはら くにもと、天保7年12月5日(1837年1月11日) - 明治10年(1877年)3月4日)は日本の武士(薩摩藩士)・陸軍軍人である。位階は贈正五位。
 806  黒木為楨    鹿児島県    Wikipedia
黒木 為楨(くろき ためもと、天保15年3月16日(1844年5月3日) - 大正12年(1923年)2月3日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。伯爵。通称は七左衛門。
 807  高島鞆之助    鹿児島県    Wikipedia
高島 鞆之助(たかしま とものすけ、天保15年11月9日(1844年12月18日) - 大正5年(1916年)1月11日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。薩摩藩士・高島喜兵衛の四男。諱は昭光。階級は陸軍中将、位階は正二位、勲等は勲一等、爵位は子爵。陸軍大臣・拓殖務大臣・枢密顧問官等を歴任した。また、現在の追手門学院小学校の前身である、大阪偕行社附属小学校の設立者でもある。当時の自宅は上智大学四谷キャンパスのクルトゥルハイム聖堂として現存。
 808  西寛二郎    鹿児島県    Wikipedia
西 寛二郎(にし かんじろう、弘化3年3月10日(1846年4月5日) - 1912年(明治45年)1月27日)は、日本の陸軍軍人。教育総監、遼東守備軍司令官、軍事参議官等を歴任する。官位は陸軍大将正二位勲一等功一級子爵。
 809  川村景明    鹿児島県    Wikipedia
川村 景明(かわむら かげあき、嘉永3年2月26日(1850年4月8日) - 大正15年(1926年)4月28日)は、日本の陸軍軍人、華族。東京衛戍総督、鴨緑江軍司令官等を歴任した。官位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級子爵。通称は源十郎。
 810  大迫尚敏    鹿児島県    Wikipedia
大迫 尚敏(おおさこ なおはる、天保15年11月15日(1844年12月24日) - 昭和2年(1927年)9月20日)は、日本の武士・薩摩藩士、陸軍軍人、華族。学習院長、第7師団長等を務める。栄典は陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。
学習院大学出身      鹿児島県出身の学習院大学の出身者      全国の学習院大学の出身者
 811  鮫島重雄    鹿児島県    南九州市(旧川辺郡川辺町平山)Wikipedia
鮫島 重雄(さめしま しげお、嘉永2年9月6日(1849年10月21日) - 昭和3年(1928年)4月17日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将正三位勲一等功二級男爵。
 812  大迫尚道    鹿児島県    Wikipedia
大迫 尚道(おおさこ なおみち、嘉永7年7月25日(1854年9月6日) - 昭和9年(1934年)9月12日)は、日本の陸軍軍人。軍事参議官・第4師団長・第18師団長・野砲兵監を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功二級に至る。
 813  町田経宇    鹿児島県    Wikipedia
町田 経宇(まちだ けいう、1865年10月22日(慶応元年9月3日) - 1939年(昭和14年)1月10日)は、日本陸軍の軍人。陸士旧9期、陸大9期。
 814  田中国重    鹿児島県    Wikipedia
田中 国重(たなか くにしげ、 1870年1月18日(明治2年12月17日) - 1941年3月9日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。
 815  菱刈隆    鹿児島県    Wikipedia
菱刈 隆(ひしかり たかし、1871年12月27日(明治4年11月16日) - 1952年(昭和27年)7月31日)は、日本陸軍の軍人、外交官。最終階級は陸軍大将。栄典は勲一等功五級。幼名、幸吉。
 816  吉田豊彦    鹿児島県    Wikipedia
吉田 豊彦(よしだ とよひこ、明治6年(1873年)11月1日 - 昭和26年(1951年)1月10日)は、日本の陸軍軍人。陸軍省兵器局長、陸軍造兵廠長官、陸軍技術本部長等を歴任し、階級は陸軍大将勲一等功四級に至る。軍を退いてからは日本製鐵取締役や満州電業社長を務める。
 817  牛島満    鹿児島県    Wikipedia
牛島 満(うしじま みつる、1887年(明治20年)7月31日 - 1945年(昭和20年)6月23日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将(中将から、戦死により即日大将に親任される)。鹿児島県鹿児島市出身。
 818  西竹一    鹿児島県    本籍地が鹿児島県Wikipedia
西 竹一(にし たけいち、1902年7月12日 - 1945年3月22日)は、日本の陸軍軍人、華族(男爵)。最終階級は陸軍大佐。愛称・通称はバロン西(バロン・ニシ、Baron Nishi)。
 819  千田貞季    鹿児島県    Wikipedia
千田貞季(せんだ さだすえ 1892年12月16日 - 1945年3月8日)は、大日本帝国陸軍の軍人。栄典は従四位勲二等功四級。士候26期。栗林忠道大将とは同期。
 820  若松幸禧    鹿児島県    薩摩川内市Wikipedia
若松 幸禧(わかまつ ゆきよし、1911年(明治44年)- 1944年(昭和19年)12月18日)は、大日本帝国陸軍の軍人。戦闘機操縦者。最終階級は中佐。鹿児島県薩摩郡高江村(現在の薩摩川内市)出身。通り名・異名は「赤鼻のエース」。
 821  東郷平八郎    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
東郷 平八郎(とうごう へいはちろう、弘化4年12月22日(1848年1月27日) - 昭和9年(1934年)5月30日)は、日本の幕末から明治時代の薩摩藩士、軍人。階級は元帥海軍大将。栄典は従一位大勲位功一級侯爵。
 822  樺山資紀    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
樺山 資紀(かばやま すけのり、天保8年11月2日(1837年12月9日) - 大正11年(1922年)2月8日)は、日本の武士(薩摩藩士)、軍人、政治家。階級は海軍大将。栄典は従一位大勲位功二級伯爵。
 823  伊東祐亨    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
伊東 祐亨(いとう すけゆき、天保14年5月12日(1843年6月9日) - 大正3年(1914年)1月16日)は、日本の武士(薩摩藩士)、海軍軍人、華族。元帥海軍大将・従一位・大勲位・功一級・伯爵。初代連合艦隊司令長官を務めた。通称は四郎左衛門、四郎。号は碧海。家紋は庵木瓜。海軍兵学校長の海軍中将子爵・伊東祐麿は兄、弟に海軍大尉・伊東祐道、海軍大佐・窪田祐章。
 824  井上良馨    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
井上 良馨(いのうえ よしか、弘化2年11月3日(1845年12月1日) - 昭和4年(1929年)3月22日)は、幕末から明治時代の日本の軍人。元帥海軍大将・従一位・大勲位・功二級・子爵。薩摩国(現鹿児島県)出身。
 825  伊集院五郎    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
伊集院 五郎(いじゅういん ごろう、嘉永5年9月28日(1852年11月9日) - 大正10年(1921年)1月13日)は、日本の海軍軍人。元帥海軍大将正二位勲一等功一級男爵。
 826  野村直邦    鹿児島県    日置市Wikipedia
野村 直邦(のむら なおくに、1885年(明治18)5月15日 - 1973年(昭和48)12月12日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。東條英機内閣の海軍大臣。
1885年5月15日生まれ      5月15日生まれの人      鹿児島県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 827  上村彦之丞    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
上村 彦之丞(かみむら ひこのじょう、嘉永2年5月1日(1849年6月20日) - 大正5年(1916年)8月8日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍大将。従二位勲一等功一級男爵。あだ名は「船乗り将軍」。
 828  肝付兼行    鹿児島県    Wikipedia
肝付 兼行(きもつき かねゆき、嘉永6年3月16日(1853年4月23日) - 大正11年(1922年)1月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。貴族院男爵議員、大阪市長。
 829  有馬正文    鹿児島県    日置市Wikipedia
有馬 正文(ありま まさふみ、1895年(明治28)9月25日 - 1944年(昭和19)10月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。
 830  神重徳    鹿児島県    出水市高尾野町Wikipedia
神 重徳(かみ しげのり、1900年(明治33年)1月23日 - 1945年(昭和20年)9月15日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。海軍兵学校48期生。
1900年1月23日生まれ      1月23日生まれの人      鹿児島県出身の1900年生まれ      世界の1900年生まれの人
 831  前田精    鹿児島県    姶良市加治木町Wikipedia
前田 精(まえだ ただし、1898年3月3日 - 1977年12月13日)は、大日本帝国海軍の軍人[1]。最終階級は海軍少将。海兵46期。1945年8月17日のインドネシア独立の平穏無事な実現に重要な貢献をした[2]。栄典はインドネシア共和国建国功労章。兄は大本営海軍報道部長、第10航空艦隊司令長官前田稔海軍中将(41期)。
 832  小園安名    鹿児島県    南九州市Wikipedia
小園 安名(こぞの やすな、1902年(明治35年)11月1日 - 1960年(昭和35年)11月25日)は、日本の海軍軍人。海軍兵学校第51期卒業。最終階級は海軍大佐剥奪。
 833  河原要一    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
河原 要一(かわはら よういち、1850年7月7日(嘉永3年5月28日) - 1926年(大正15年)12月17日)は、日本の武士・薩摩藩士、海軍軍人。官位は海軍中将正四位勲三等功四級。
 834  横山正治    鹿児島県    鹿児島市、真珠湾攻撃における九軍神の一人Wikipedia
横山 正治(よこやま まさはる、1919年(大正8年)11月8日 - 1941年(昭和16年)12月8日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争劈頭の真珠湾攻撃において特殊潜航艇「甲標的」搭乗員として戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍少佐。岩田豊雄(獅子文六)の小説「海軍」及びこれを原作とした映画「海軍」の主人公・谷真人のモデル。
 835  鮫島博一    鹿児島県    Wikipedia
鮫島 博一(さめしま ひろいち、1918年(大正7年)10月26日 - 2000年(平成12年)8月14日)は、日本の海軍軍人及び海上自衛官。海軍兵学校卒業(第66期)。第10代海上幕僚長、第9代統合幕僚会議議長。
 836  飯山茂    鹿児島県    Wikipedia
飯山 茂(いいやま しげる、1923年(大正12年) - 2004年(平成16年)11月12日)は、日本の元陸軍軍人及び陸上自衛官。東部方面総監。
 837  大室孟    鹿児島県    Wikipedia
大室 孟(おおむろ つとむ、1912年(明治45年)1月15日 - 2001年(平成13年)2月14日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官。最終階級は日本陸軍では陸軍少佐、航空自衛隊では航空幕僚長たる空将。
 838  緒方景俊    鹿児島県    Wikipedia
緒方 景俊(おがた かげとし、1913年(大正2年)9月1日 - 1982年(昭和57年)12月26日)は、日本の陸軍軍人及び航空自衛官、第8代航空幕僚長。
 839  平野晃    鹿児島県    Wikipedia
平野 晃(ひらの あきら、1922年〈大正11年〉 - 2009年〈平成21年〉12月27日)は、大日本帝国海軍軍人及び航空自衛官である。第13代航空幕僚長。航空幕僚長就任中にミグ25事件が発生、これに対処する。
 840  左近允尚敏    鹿児島県    Wikipedia
左近允 尚敏(さこんじょう なおとし、1925年 -2013年6月30日)は大日本帝国海軍軍人、海上自衛官。最終階級は海将。鹿児島県出身。海兵72期。海軍中将左近允尚正の次男。兄は多号作戦で駆逐艦「島風」砲術長[1]として同艦沈没時(多号作戦)に戦死した海軍大尉左近允正章(まさふみ)。
 841  黒江保彦    鹿児島県    日置市Wikipedia
黒江 保彦(くろえ やすひこ、1918年(大正7年)2月17日 - 1965年(昭和40年)12月5日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、戦闘機操縦者。
1918年2月17日生まれ      2月17日生まれの人      鹿児島県出身の1918年生まれ      世界の1918年生まれの人
 842  高島鞆之助    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
高島 鞆之助(たかしま とものすけ、天保15年11月9日(1844年12月18日) - 大正5年(1916年)1月11日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。薩摩藩士・高島喜兵衛の四男。諱は昭光。階級は陸軍中将、位階は正二位、勲等は勲一等、爵位は子爵。陸軍大臣・拓殖務大臣・枢密顧問官等を歴任した。また、現在の追手門学院小学校の前身である、大阪偕行社附属小学校の設立者でもある。当時の自宅は上智大学四谷キャンパスのクルトゥルハイム聖堂として現存。


沖縄県
 843  親泊朝省    沖縄県    Wikipedia
親泊 朝省(おやどまり ちょうせい、1903年(明治36年)9月18日 - 1945年(昭和20年)9月3日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大佐。沖縄県出身。大本営陸軍部報道部部長、内閣情報局情報官。
 844  漢那憲和    沖縄県    Wikipedia
漢那 憲和(かんな けんわ、1877年9月6日 - 1950年7月29日)は、日本の海軍軍人、政治家。最終階級は海軍少将。衆議院議員。海軍兵学校27期卒。
 845  当山全信    沖縄県    Wikipedia
当山 全信(とうやま ぜんしん、1910年(明治43年) - 1945年(昭和20年)1月23日)は、日本の海軍軍人。「伊48」潜水艦長として「回天」作戦中、米駆逐艦に乗艦を撃沈され戦死した。最終階級は海軍中佐。
 846  渡名喜守定    沖縄県    Wikipedia
渡名喜 守定(となき しゅてい、1902年2月5日 - 1993年2月1日)は、日本の海軍軍人。
 847  稲嶺一郎    沖縄県    本部町Wikipedia
稲嶺 一郎(いなみね いちろう、1905年9月23日 - 1989年6月19日)は、日本の政治家・実業家・軍人。沖縄県国頭郡本部村出身。元沖縄県知事稲嶺惠一の父。
早稲田大学出身      沖縄県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者


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