職業別の有名人出身都道府県 >俳人・歌人という職業の出身県別有名人

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このサイトに登録されている有名人の「俳人・歌人」という職業の有名人の数:196人



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北海道
 1  岡野知十    北海道    様似町Wikipedia
岡野 知十(おかの ちじゅう、安政7年2月19日(1860年3月11日) - 昭和7年(1932年)8月13日)は、俳人。本名は、岡野 敬胤。通称は正之助、別号は正味。旧姓は木川。
 2  西川徹郎    北海道    芦別市Wikipedia
西川 徹郎(にしかわ てつろう 1947年9月29日 - )は、北海道芦別市生まれの俳人、文芸評論家。浄土真宗本願寺派正信寺住職。龍谷大学中退。本名は徹真。
龍谷大学出身      北海道出身の龍谷大学の出身者      全国の龍谷大学の出身者
 3  湊楊一郎    北海道    小樽市Wikipedia
湊 楊一郎(みなと よういちろう、1900年(明治33年)1月1日 - 2002年(平成14年)1月2日)は、俳人。新興俳句運動の理論的支柱として知られる。本名は久々湊与一郎(くくみなとよいちろう)。
中央大学出身      北海道出身の中央大学の出身者      全国の中央大学の出身者
 4  一原有徳    北海道    小樽市Wikipedia
一原 有徳(いちはら ありのり、1910年8月23日 - 2010年10月1日[1])は、北海道小樽市に居住していた版画家。モノタイプ手法を用いた特異な作風で、国際的にも名高い。また、俳人・登山家としても有名。
 5  大道寺将司    北海道    釧路市Wikipedia
大道寺 将司(だいどうじ まさし、1948年6月5日 - )は、日本の新左翼活動家、俳人。東アジア反日武装戦線“狼”部隊のメンバーで、リーダー格の人物。確定死刑囚。


青森県
 6  建部綾足    青森県    弘前市Wikipedia
建部 綾足(たけべ あやたり、享保4年(1719年) - 安永3年3月18日(1774年4月28日))は、江戸時代中期の俳人、小説家、国学者、絵師。片歌を好み、その復興に努めた。
 7  成田千空    青森県    Wikipedia
成田 千空(なりた せんくう、1921年3月31日 - 2007年11月17日)は、日本の俳人。青森県青森市出身。本名:力。青森工業学校(現・青森県立青森工業高等学校)卒業。上京し富士航空計器株式会社に就職するが、肺結核に罹患し帰郷。闘病中に句作を始める。高松玉麗らの俳句結社「松濤社」、吹田孤蓬らの青森俳句会に参加。1945年より母の実家のある五所川原市に疎開し、以後その地で農業を営みながら俳人として活動する。
 8  佐藤紅緑    青森県    Wikipedia
佐藤 紅緑(さとう こうろく、1874年(明治7年)7月6日 - 1949年(昭和24年)6月3日)は、日本の作家、俳人。
慶應義塾大学出身      青森県出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
1874年7月6日生まれ      7月6日生まれの人      青森県出身の1874年生まれ      世界の1874年生まれの人


岩手県
 9  山口青邨    岩手県    Wikipedia
山口 青邨(やまぐち せいそん、1892年5月10日 - 1988年12月15日)は、岩手県出身の俳人、鉱山学者。高浜虚子に俳句を師事、工学博士として東京大学に勤めながら俳誌「夏草」を主宰した。本名は吉朗(きちろう)。初号は泥邨。
東京大学出身      岩手県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1892年5月10日生まれ      5月10日生まれの人      岩手県出身の1892年生まれ      世界の1892年生まれの人
 10  山崎和賀流    岩手県    Wikipedia
山崎 和賀流(やまさき わがる、1938年(昭和13年)11月27日 - 1974年(昭和49年)3月16日)は、日本の俳人。本名は孝。


宮城県
 11  佐藤鬼房    宮城県    Wikipedia
佐藤鬼房(さとう おにふさ、1919年3月20日 - 2002年1月19日)は、俳人。岩手県釜石市出身。本名は喜太郎。塩竈町立商業補習学校卒業。10代からロシア文学を耽読する一方で俳句に目覚め[1]、1935年より新興俳句系の「句と評論」に投句、渡辺白泉の選句を受ける。1936年より長谷川天更の「東南風」同人。1940年、徴兵により入隊、中国・南方に転戦。なお占領地の南京でそれまで面識のなかった鈴木六林男に出会っている[1]。
 12  山田みづえ    宮城県    Wikipedia
山田 みづえ(やまだ みづえ、1926年7月12日 - 2013年5月18日)は、日本の俳人。宮城県仙台市生まれ。国語学者・山田孝雄の次女[1]。兄に山田忠雄、山田俊雄らがいる。宇治山田高等女学校(現・三重県立宇治山田高等学校)卒。1957年、石田波郷に師事。俳誌「鶴」を経て、1979年に「木語」を創刊、主宰。同誌は2004年に終刊。門下に石田郷子、本郷をさむなどがいる。1968年、「梶の花」50句で第14回角川俳句賞、1976年、句集『木語』にて第15回俳人協会賞受賞。他の句集に『忘』『木語』『手甲』『草譜』『昧爽』『中今』などがある。2013年5月18日、老衰の為に他界[2]。86歳没。


秋田県
 13  菅礼之助    秋田県    湯沢市Wikipedia
菅 礼之助(すが れいのすけ、1883年11月25日 - 1971年2月18日)は、日本の実業家、俳人[1][2]。秋田県生まれ。旧制秋田中学、日本中学(現:日本学園)、東京高等商業学校(現:一橋大学)出身。古河鉱業(現古河機械金属)を経て、石炭庁長官、同和鉱業(現DOWAホールディングス)会長、昭和鉱業(現昭和KDE)会長、東京電力会長、経済団体連合会(現日本経済団体連合会)評議会議長等を務めた。1970年勲一等瑞宝章、1971年従三位勲一等。第九代、十代、十三代如水会理事長。初代日本相撲協会運営審議会会長。俳人としては裸馬と号し、俳誌「同人」を主宰した[2]。
一橋大学出身      秋田県出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者
 14  石井露月    秋田県    秋田市Wikipedia
石井 露月(いしい ろげつ、1873年(明治6年)5月17日) - 1928年(昭和3年)9月18日)は、日本の俳人。本名は祐治。
 15  北嶋南五    秋田県    五城目町Wikipedia
北嶋 南五(きたじま なんご、1879年3月12日 - 1951年4月2日)は、俳人である。五城目町長などの公職も歴任した[1]。
 16  草皆五沼    秋田県    能代市Wikipedia
草皆 五沼(くさかい ごぬま、1891年6月2日 - 1964年11月11日)は、日本の俳人、医師である。俳句結社「黛吟社」を興した。 


山形県
 17  鷹羽狩行    山形県    Wikipedia
鷹羽 狩行(たかは しゅぎょう、1930年(昭和5年)10月5日 - )は、山形県出身の俳人、日本藝術院会員。山口誓子に師事、「狩」を創刊・主宰。本名・髙橋行雄。
中央大学出身      山形県出身の中央大学の出身者      全国の中央大学の出身者
 18  村川透    山形県    Wikipedia
村川 透(むらかわ とおる、本名:高橋-(たかはし-)、旧姓:村川、1937年3月22日 - )は、日本の映画監督・音楽家。別名:山形 透。山形県村山市出身。福島大学経済学部卒業。上野国館林藩里正の血筋で、江戸前期に活躍した俳人・村川素英の子孫にあたる。
福島大学出身      山形県出身の福島大学の出身者      全国の福島大学の出身者
1937年3月22日生まれ      3月22日生まれの人      山形県出身の1937年生まれ      世界の1937年生まれの人
 19  村川千秋    山形県    Wikipedia
村川 千秋(むらかわ ちあき、1933年 - )は山形県村山市出身の男性オーケストラ指揮者。江戸前期に活躍した俳人・村川素英の子孫にあたり、弟は映画監督の村川透。


福島県
 20  久保猪之吉    福島県    Wikipedia
久保 猪之吉(くぼ いのきち、1874年12月26日 - 1939年11月12日)は日本の医学博士、歌人・俳人。京都帝国大学福岡医科大学(後の九州帝国大学、現九州大学)教授。
 21  横光利一    福島県    Wikipedia
横光 利一(よこみつ りいち、1898年(明治31年)3月17日 - 1947年(昭和22年)12月30日)は、日本の小説家・俳人・評論家である。本名は横光利一(としかず)[4]。
早稲田大学出身      福島県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
1898年3月17日生まれ      3月17日生まれの人      福島県出身の1898年生まれ      世界の1898年生まれの人
 22  藤村多加夫    福島県    Wikipedia
藤村 多加夫(ふじむら たかお、1925年(大正14年)11月10日 - 2011年(平成23年)1月13日)は、日本の俳人。本名、菅野 謙三(かんの けんぞう)。出生時の名は英輔。"謙三"は停(父)の後の名で、後に藤村が襲名した。


茨城県
 23  高野素十    茨城県    取手市Wikipedia
高野 素十(たかの すじゅう、1893年3月3日 - 1976年10月4日)は、茨城県出身の俳人、医師(医学博士)。高浜虚子に師事。虚子の唱えた「客観写生」を忠実に実践、簡潔で即物的な写生句で頭角を現し、山口誓子、阿波野青畝、水原秋桜子とともに「ホトトギス」の四Sと称された。「芹」主宰。本名は高野与巳(よしみ)。
1893年3月3日生まれ      3月3日生まれの人      茨城県出身の1893年生まれ      世界の1893年生まれの人


栃木県
 24  早野巴人    栃木県    旧烏山町(現那須烏山市)Wikipedia
早野巴人(はやの はじん、延宝4年(1676年) - 寛保2年6月6日(1742年7月7日)) 江戸時代の俳人。与謝蕪村の師。のち夜半亭宋阿(やはんてい そうあ)と改める。


群馬県
 25  木暮剛平    群馬県    Wikipedia
木暮 剛平(こぐれ ごうへい、1924年9月19日 - 2008年12月14日)は、電通社長・会長を経て電通相談役。日本広告業協会理事長・日本広告業協会会長として広告代理店業界の発展に尽力。 経済同友会副代表幹事、経済団体連合会理事、東京商工会議所議員などを歴任。 通商産業省(現在の経済産業省)情報処理振興審議会会長として行政運営の円滑化にも手腕を発揮した。 また、 60歳を過ぎて始めた俳句だったが、 俳人としても知られ、「万象」同人。国際俳句交流協会会長を務めた。 2008年12月14日、肺炎のため死去[1]。
 26  阿部知代    群馬県    桐生市Wikipedia
阿部 知代(あべ ちよ、1963年7月23日[1] - )は、フジテレビの元アナウンサーで報道局の社員。俳人。群馬県桐生市出身。身長168cm。
上智大学出身      群馬県出身の上智大学の出身者      全国の上智大学の出身者
 27  木暮陶句郎    群馬県    Wikipedia
木暮 陶句郎(こぐれ とうくろう、1961年10月21日 -)は、日本の俳人、陶芸家。 本名は木暮宏明。
 28  鈴木伸一    群馬県    Wikipedia
鈴木伸一(すずき しんいち、1957年4月20日 - )は、日本の俳人。群馬県出身。
 29  長谷川零余子    群馬県    Wikipedia
長谷川 零余子(はせがわ れいよし、1886年(明治19年)5月23日 - 1928年(昭和3年)7月27日)は、明治から昭和初期にかけて活躍した日本の俳人。群馬県出身。本名は長谷川諧三(旧姓富田)。東京大学薬学科専科を卒業。高浜虚子に師事し、「ホトトギス」の編集に従事。1916年、「枯野」を創刊。立体俳句を提唱する。東大卒のキャリアを感じさせる幾何学的な俳風で、知識人層の支持を得た。1928年、41歳の若さでこの世を去った。妻は俳人の長谷川かな女。小説家の三田完は孫。
1886年5月23日生まれ      5月23日生まれの人      群馬県出身の1886年生まれ      世界の1886年生まれの人
 30  林桂    群馬県    Wikipedia
林桂(はやし けい、1953年4月8日 - )は、俳人。本名・政美。群馬県利根郡生。新潟大学法文学部卒。中学時代より作句、高校時代「歯車」「寒雷」に入会。高柳重信選の『俳句研究』50句競作に登場し注目される。1978年、澤好摩、夏石番矢らと「未定」創刊。1998年、「吟遊」創刊に参加。2001年、水野眞由美らと「鬣TATEGAMI」創刊。
新潟大学出身      群馬県出身の新潟大学の出身者      全国の新潟大学の出身者
 31  水野眞由美    群馬県    Wikipedia
水野眞由美(みずの まゆみ、1957年 - )は、群馬県前橋市出身の俳人。和光大学人文学部卒業。前橋市にて古書店「山猫館書房」を経営しながら句作活動を行う。1985年より金子兜太に師事。「俳句空間」新人賞準賞、海程新人賞などを受賞。2001年、句集「陸封譚」で第6回中新田俳句大賞を受賞。女性ならではのみずみずしい感性を生かした作風で注目される。現在、「海程」同人・「鬣-TATEGAMI」編集人。朝日新聞群馬版・上毛俳壇選者。エッセイ集「猫も歩けば」、評論集「現代の俳人101」(共著)などの著書もある。
和光大学出身      群馬県出身の和光大学の出身者      全国の和光大学の出身者


埼玉県
 32  魚住陽子    埼玉県    Wikipedia
魚住 陽子(うおずみ ようこ、本名: 加藤陽子、1951年10月23日[1] - )は、日本の小説家。埼玉県出身。埼玉県立小川高等学校卒業。書店、出版社に勤務するかたわら同人誌で詩を書く。池袋コミュニティ・カレッジの小説講座に通い、同人誌『こみゅにてぃ』に小説を発表。1989年「静かな家」で芥川賞候補、「奇術師の家」で第1回朝日新人文学賞受賞、1991年「別々の皿」で芥川賞候補、「公園」で三島由紀夫賞候補、93年「流れる家」で芥川賞候補。1996年『動く箱』で野間文芸新人賞候補。個人誌「花眼」を発行している。また、近年は俳人としても活動している。
 33  金子兜太    埼玉県    比企郡小川町Wikipedia
金子 兜太(かねこ とうた、1919年(大正8年)9月23日 - )は、埼玉県出身の俳人。加藤楸邨に師事、「寒雷」所属を経て「海程」を創刊、主宰。戦後の社会性俳句運動、前衛俳句運動において理論・実作両面で中心的な役割を果たし、その後も後身を育てつつ第一線で活動している。上武大学文学部教授、現代俳句協会会長などを歴任。現代俳句協会名誉会長、日本芸術院会員、文化功労者。小林一茶、種田山頭火の研究家としても知られる。
東京大学出身      埼玉県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 34  飯田藤村子    埼玉県    Wikipedia
飯田 藤村子(いいだ とうそんし、1914年 - 1995年7月4日)は昭和初・中期の俳人。
 35  府川志風    埼玉県    桶川市(旧・桶川宿)Wikipedia
府川 志風(ふかわ しふう、寛保元年(1741年) - 文化2年閏8月28日(1805年10月8日))は、江戸時代の俳人。武蔵国桶川宿本陣の8代目。甚右衛門豊義。俳号を志風。横田柳几の門人。柳几の追善に発刊された「春眠集」に「消る身や世にをしまるゝ春の雪」の句が載っている。俳人の与野の鈴木荘丹らと親交をもった。65歳で没する。辞世の句は、「法の旅花野や杖の曳ちから」(墓石に刻まれている)。墓所は桶川市の大雲寺。子の府川不莠(ふゆう、甚右衛門義重)も俳人。
 36  府川不莠    埼玉県    桶川市(旧・桶川宿)Wikipedia
府川 不莠(ふかわ ふゆう、明和7年(1770年) - 天保4年1月29日(1833年3月8日))は、江戸時代の俳人。武蔵国桶川宿本陣の9代目。甚右衛門義重。俳号を不莠。府川志風の子。松村篁雨の追善集「盆かはらけ」(文政7年刊)に「匕置て二百十日のあらしかな」と句を寄稿している。辞世の句は、「まくさ刈る野辺のわらはや道遠く我住里へ径連行ばや」(墓石に刻まれている)。墓所は桶川市の大雲寺。
 37  星野紗一    埼玉県    さいたま市(旧・浦和市)Wikipedia
星野 紗一(ほしの さいち、1921年(大正10年)10月31日 - 2006年6月22日)は、日本の俳人。 埼玉県浦和市(現・さいたま市)に生れる。
拓殖大学出身      埼玉県出身の拓殖大学の出身者      全国の拓殖大学の出身者
 38  松村篁雨    埼玉県    鴻巣市(旧・足立郡下上谷村)Wikipedia
松村 篁雨(まつむら こうう 享保18年(1733年) - 文化6年7月17日(1809年8月15日))は、江戸時代の俳人、医師。武蔵国足立郡下上谷村(現・鴻巣市上谷)生まれ。幼名を小十郎、通称正敏。同郷の横田柳几の門人。鴻巣宿で医業を始める。その傍ら柳几の門人となり、松蘿堂と号する。安永、天明年間、師匠の柳几とともに諸国行脚する。「松蘿堂随筆」、「鹿島紀行」、「筑紫紀行」、「篁雨句集」などの著書がある。実家の家督は弟の甚兵衛に譲っていたが晩年は実家に戻り、77歳で没する。辞世の句は、「道ばたに盆かわらけの破れけり」。墓は上谷の観音堂。
 39  横田柳几    埼玉県    鴻巣市Wikipedia
横田柳几(よこた りゅうき、享保元年(1716年) - 天明8年2月9日(1788年3月5日))は、江戸時代中期の俳人。鴻巣宿石橋町(現・鴻巣市本町6丁目)の酒造家に生まれ、これを生業とする。本名、横田盛英(八代目)。通称、三九郎。若い時より俳諧を学び、伊勢国の麦林舎中川乙由の門下となり、布袋庵の号を授けられる。のちにその高弟佐久間柳居に師事して、布袋庵柳几と号する。旅を好み、「つくば紀行」などの紀行文を残している。ほかに「百花集」、「大和耕作集」などの著書がある。宝暦3年(1763年)、芭蕉70年忌の追善興業で布袋庵に20数名が集まり、1日千句を詠んだ。明和4年(1767年)の振袖火事により彼の住む布袋庵も類焼し、多くが灰燼に帰してしまう。天明7年に前に詠んだ千句を集めて勝願寺に芭蕉忌千句塚を建立した。翌年、73歳で没する。辞世の句は、「老いらくの 寝こころもよく 春の雨」。墓所は勝願寺。養子の横田柳也(布袋庵二世)も俳人。
 40  小島慶三    埼玉県    羽生市Wikipedia
小島 慶三(こじま けいぞう、1917年(大正6年)3月11日 - 2008年(平成20年)8月30日[1])は、日本のエコノミスト、思想家、教育者、実業家、官僚、政治家、俳人。参議院議員(1期)[1]。
一橋大学出身      埼玉県出身の一橋大学の出身者      全国の一橋大学の出身者


千葉県
 41  斎藤園女    千葉県    船橋市Wikipedia
斎藤その女(さいとう そのじょ、天明元年(1781年) - 慶応3年(1867年))は、江戸時代後期に活躍した女流俳人である。
 42  升月亭居山    千葉県    船橋市Wikipedia
升月亭居山(しょうげつてい きょざん、1826年 - 1897年)は、江戸時代後期に活躍した俳人である。


東京都
 43  木下順二    東京都    Wikipedia
木下 順二(きのした じゅんじ、1914年(大正3年)8月2日 - 2006年(平成18年)10月30日)は、日本の劇作家、評論家。代表作に『夕鶴』がある。日本劇作家協会顧問。伯父は佐々醒雪(俳人、国文学者)。著名な進歩的文化人であった。
東京大学出身      東京都出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 44  吉行和子    東京都    東京府Wikipedia
吉行 和子(よしゆき かずこ、本名 同じ、1935年8月9日 - )は、東京府(現:東京都)出身の女優、エッセイスト、俳人。
1935年8月9日生まれ      8月9日生まれの人      東京都出身の1935年生まれ      世界の1935年生まれの人
 45  神吉拓郎    東京都    直木賞Wikipedia
神吉 拓郎(かんき たくろう、1928年(昭和3年)9月11日 - 1994年(平成6年)6月28日)は、日本の小説家、俳人、随筆家。
成城大学出身      東京都出身の成城大学の出身者      全国の成城大学の出身者
 46  ねじめ正一    東京都    直木賞Wikipedia
ねじめ 正一(ねじめ しょういち、1948年6月16日 - )は、日本の詩人、小説家。本名は禰寝 正一(読みは同じ)。東京都杉並区生まれ。杉並区立杉並第四小学校→杉並区立高円寺中学校→日本大学第二高等学校卒業。青山学院大学経済学部中退。父は俳人のねじめ正也。長男は俳優のねじめ宗吾(ねじめ そうご、本名:禰寝宗吾、1975年5月4日 - )。長女は脚本家の祢寝彩木(ねじめ さえき、1979年2月11日 - )。
青山学院大学出身      東京都出身の青山学院大学の出身者      全国の青山学院大学の出身者
1948年6月16日生まれ      6月16日生まれの人      東京都出身の1948年生まれ      世界の1948年生まれの人
 47  水原秋桜子    東京都    千代田区Wikipedia
水原 秋桜子(みずはら しゅうおうし、1892年(明治25年)10月9日 - 1981年(昭和56年)7月17日)は、日本の俳人、医師・医学博士。秋櫻子とも表記する。本名は水原豊(みずはら ゆたか)。松根東洋城、ついで高浜虚子に師事。短歌に学んだ明朗で叙情的な句風で「ホトトギス」に新風を吹き込んだが、「客観写生」の理念に飽き足らなくなり同誌を離反、俳壇に反ホトトギスを旗印とする新興俳句運動が起こるきっかけを作った。「馬酔木」主宰。別号に喜雨亭。
東京大学出身      東京都出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1892年10月9日生まれ      10月9日生まれの人      東京都出身の1892年生まれ      世界の1892年生まれの人
 48  酒井抱一    東京都    Wikipedia
酒井 抱一(さかい ほういつ、 宝暦11年7月1日(1761年8月1日) - 文政11年11月29日(1829年1月4日))は、江戸時代後期の絵師、俳人。 権大僧都。本名は忠因(ただなお)、幼名は善次、通称は栄八、字は暉真(きしん)。ほか、屠牛、狗禅、鶯村、雨華庵、軽挙道人、庭柏子、溟々居、楓窓とも号する。また俳号は、ごく初期は白鳧・濤花、後に杜陵(綾)[1]。狂歌名は、尻焼猿人[2]。屠龍(とりょう)の号は俳諧・狂歌、さらに浮世絵美人画でも用いている
 49  巌谷小波    東京都    児童文学Wikipedia
巖谷 小波(いわや さざなみ、1870年7月4日(明治3年6月6日) - 1933年(昭和8年)9月5日)は、明治から大正にかけての作家、児童文学者、俳人[1]。本名は季雄(すえお)。別号に漣山人(さざなみ さんじん)、楽天居、隔恋坊、大江小波がある[2]。
 50  久保田万太郎    東京都    浅草Wikipedia
久保田 万太郎(くぼた まんたろう、1889年(明治22年)11月7日 - 1963年(昭和38年)5月6日)は、浅草生まれの大正から昭和にかけて活躍した俳人、小説家、劇作家。生粋の江戸っ子として伝統的な江戸言葉を駆使して滅びゆく下町の人情を描いた。俳人としては岡本松浜、松根東洋城に師事、戦後に俳誌「春燈」を主宰し文人俳句の代表作家[1]として知られる。俳句の別号に暮雨、傘雨[2]。別の筆名に千野菊次郎。文化勲章受章者。贈従三位勲一等瑞宝章(没時叙位叙勲)。
慶應義塾大学出身      東京都出身の慶應義塾大学の出身者      全国の慶應義塾大学の出身者
 51  寺田寅彦    東京都    物理学者Wikipedia
寺田 寅彦(てらだ とらひこ、1878年(明治11年)11月28日 - 1935年(昭和10年)12月31日)は、戦前の日本の物理学者、随筆家、俳人であり吉村冬彦(大正11年から使用)、寅日子、牛頓(“ニュートン”)、藪柑子(“やぶこうじ”)の筆名でも知られる。高知県出身(出生地は東京市)。
東京大学出身      東京都出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1878年11月28日生まれ      11月28日生まれの人      東京都出身の1878年生まれ      世界の1878年生まれの人
 52  木下順二    東京都    Wikipedia
木下 順二(きのした じゅんじ、1914年(大正3年)8月2日 - 2006年(平成18年)10月30日)は、日本の劇作家、評論家。代表作に『夕鶴』がある。日本劇作家協会顧問。伯父は佐々醒雪(俳人、国文学者)。著名な進歩的文化人であった。
東京大学出身      東京都出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 53  清水基吉    東京都    芥川賞Wikipedia
清水 基吉(しみず もとよし、1918年(大正7年)8月31日 - 2008年3月30日)は、俳人、小説家。本名、清水基嘉(読み同じ)。
 54  寺田寅彦    東京都    Wikipedia
寺田 寅彦(てらだ とらひこ、1878年(明治11年)11月28日 - 1935年(昭和10年)12月31日)は、戦前の日本の物理学者、随筆家、俳人であり吉村冬彦(大正11年から使用)、寅日子、牛頓(“ニュートン”)、藪柑子(“やぶこうじ”)の筆名でも知られる。高知県出身(出生地は東京市)。
東京大学出身      東京都出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1878年11月28日生まれ      11月28日生まれの人      東京都出身の1878年生まれ      世界の1878年生まれの人


神奈川県
 55  秋元不死男    神奈川県    横浜市Wikipedia
秋元 不死男(あきもと ふじお、1901年11月3日 - 1977年7月25日)は、神奈川県出身の俳人。本名は不二雄。前号は東京三(ひがし きょうぞう)。別号に秋元地平線。島田青峰に師事し「土上」「天香」に参加。新興俳句運動に加わり、京大俳句事件に連座して投獄される。戦後は「天狼」参加を経て「氷海」を創刊・主宰。劇作家の秋元松代は妹。息子の秋元近史は『しゃぼん玉ホリデー』を手がけたテレビディレクター・プロデューサー。
 56  大野林火    神奈川県    Wikipedia
大野 林火(おおの りんか、1904年3月25日 - 1982年8月21日)は、俳人。本名は大野正(おおの まさし)。神奈川県横浜市生まれ。旧制県立横浜第一中学校、旧制第四高等学校を経て、1927年東京帝國大学経済学部を卒業。大学卒業後は日本光機工業に入社。1930年に会社を辞めて県立商工実習学校教諭となる。中学時代より鈴木三重吉や佐藤春夫の抒情詩に傾倒。俳句は中学時代の1920年、親友の荻野清(のち俳文学者となる)の父から手ほどきを受け、1921年、荻野の勧めをうけて「石楠」に入会、臼田亞浪に師事する。
1904年3月25日生まれ      3月25日生まれの人      神奈川県出身の1904年生まれ      世界の1904年生まれの人
 57  黛まどか    神奈川県    湯河原町Wikipedia
黛まどか(まゆずみ まどか、1962年7月31日[1] - )は、日本の俳人。本名:黛 円(読み同じ)。父は俳人の黛執。


新潟県
 58  石塚友二    新潟県    Wikipedia
石塚 友二(いしづか ともじ、1906年9月20日 – 1986年2月8日)は、新潟県出身の俳人・小説家・編集者。石田波郷の「鶴」二代目主宰。本名は友次。
1906年9月20日生まれ      9月20日生まれの人      新潟県出身の1906年生まれ      世界の1906年生まれの人


富山県
 59  大橋八郎    富山県    高岡市Wikipedia
大橋 八郎(おおはし はちろう、1885年12月19日 - 1968年6月4日)は、日本の政治家、逓信官僚、俳人。岡田内閣の法制局長官、林内閣の内閣書記官長、社団法人日本放送協会第4代会長、日本電信電話公社第2代総裁。現在の富山県高岡市出身。
東京大学出身      富山県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 60  角川源義    富山県    富山市Wikipedia
角川 源義(かどかわ げんよし、1917年(大正6年)10月9日 - 1975年(昭和50年)10月27日)は、日本の実業家、国文学者、俳人。角川書店(現・KADOKAWA)の創立者。俳号は源義(げんぎ)、水羊(すいよう)。
國學院大學出身      富山県出身の國學院大學の出身者      全国の國學院大學の出身者
 61  角川春樹    富山県    富山市Wikipedia
角川 春樹(かどかわ はるき、1942年1月8日 - )は、日本の実業家、映画監督、映画プロデューサー、俳人、冒険家。角川春樹事務所会長兼社長、幻戯書房会長。「河」主宰。
國學院大學出身      富山県出身の國學院大學の出身者      全国の國學院大學の出身者
 62  古沢太穂    富山県    富山市Wikipedia
古沢 太穂(ふるさわ たいほ、1913年(大正2年)8月1日 - 2000年(平成12年)3月2日)は俳人。本名は古沢 太保(ふるさわ たもつ)。
 63  角川源義    富山県    富山市Wikipedia
角川 源義(かどかわ げんよし、1917年(大正6年)10月9日 - 1975年(昭和50年)10月27日)は、日本の実業家、国文学者、俳人。角川書店(現・KADOKAWA)の創立者。俳号は源義(げんぎ)、水羊(すいよう)。
國學院大學出身      富山県出身の國學院大學の出身者      全国の國學院大學の出身者


石川県
 64  矢田挿雲    石川県    Wikipedia
矢田 挿雲(やだ そううん、1882年(明治15年)2月9日 - 1961年(昭和36年)12月13日)は、石川県金沢市出身の小説家、俳人。本名は義勝[1][2]。矢田插雲とも。
 65  喜多昭夫    石川県    金沢市Wikipedia
喜多 昭夫(きた あきお、1963年1月10日 - )は歌人、俳人、文芸評論家。石川県文芸協会事務局長、石川県歌人協会幹事、つばさ短歌会主宰。
金沢大学出身      石川県出身の金沢大学の出身者      全国の金沢大学の出身者


福井県
 66  多田裕計    福井県    Wikipedia
多田 裕計(ただ ゆうけい、1912年8月18日 - 1980年7月8日)は、日本の小説家・俳人。福井県福井市出身。
早稲田大学出身      福井県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 67  森田愛子    福井県    Wikipedia
森田 愛子(もりた あいこ、1917年 - 1947年)は、福井県坂井市三国町出身の俳人。高浜虚子の名作「虹」のヒロインとしても著名である。
 68  皆吉爽雨    福井県    Wikipedia
皆吉 爽雨(みなよし そうう、1902年2月7日 - 1983年6月29日)は、福井県出身の俳人。本名・大太郎。福井市上宝永町に生まれ、丸岡町、三国町に育つ。福井中学校(現福井県立藤島高等学校)卒業。1919年、住友電気工業に入社。「ホトトギス」に投句し高浜虚子に師事する。1922年、「山茶花」創刊に参加。1936年、「山茶花」選者。1945年に上京、1946年に「雪解」を創刊・主宰。1967年、句集『三露』などの功績より第1回蛇笏賞受賞。1979年、勲四等旭日章受章。俳人協会副会長を務めた。
 69  青柳菁々    福井県    Wikipedia
青柳菁々(あおやぎ せいせい 1901年7月16日 - 1957年1月1日)は、福井県福井市出身の俳人。講談社の月刊『現代』の編集記者を経て、新潮社に入社。『小説新潮』を創刊させる。1947年に独立し、近代出版社を創業。文芸書を中心とした書籍のほか月刊雑誌『文学の世界』を創刊、谷崎潤一郎、三島由紀夫らの作品を掲載した。


山梨県
 70  山口素堂    山梨県    Wikipedia
山口 素堂(やまぐち そどう、寛永19年5月5日(1642年6月1日) - 享保元年8月15日(1716年9月30日))は、江戸時代前期の俳人である。本名は信章。幼名は重五郎、通称は勘(官)兵衛、あるいは市右衛門。字は子普、公商。
 71  飯田蛇笏    山梨県    Wikipedia
飯田 蛇笏(いいだ だこつ、1885年(明治18年)4月26日 - 1962年(昭和37年)10月3日)は、山梨県出身の俳人。本名、飯田武治(いいだ たけはる)。別号に山廬(さんろ)。高浜虚子に師事、山梨の山村で暮らしつつ格調の高い句を作り、村上鬼城などとともに大正時代における「ホトトギス」隆盛期の代表作家として活躍した。俳誌「雲母」を主宰。四男の飯田龍太も高名な俳人である。
早稲田大学出身      山梨県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
1885年4月26日生まれ      4月26日生まれの人      山梨県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 72  飯田龍太    山梨県    Wikipedia
飯田 龍太(いいだ りゅうた、1920年(大正9年)7月10日 - 2007年(平成19年)2月25日)は、山梨県出身の俳人。飯田蛇笏の四男で、蛇笏を継ぎ俳誌「雲母」を主宰。戦後の俳壇において森澄雄とともに伝統俳句の中心的存在として活躍した。
國學院大學出身      山梨県出身の國學院大學の出身者      全国の國學院大學の出身者
 73  日原傳    山梨県    Wikipedia
日原 傳(ひはら つたえ、1959年(昭和34年) - )は、日本の俳人・中国文学研究家。山梨県に生まれる。1979年(昭和54年)、東大学生俳句会に入会し、小佐田哲男、有馬朗人、山口青邨の指導を仰ぐ。1984年(昭和59年)に東京大学文学部を卒業。1990年(平成2年)に有馬朗人主宰の「天為」の創刊に参加。1992年(平成4年)に同大学大学院人文科学研究科博士課程を単位修得後退学する。1999年(平成11年)に法政大学人間環境学部助教授、2003年(平成15年)に同大学同学部教授に就任する。


長野県
 74  金子金治郎    長野県    Wikipedia
金子 金治郎(かねこ きんじろう、1907年2月2日 - 1999年5月31日)は、日本の国文学者、広島大学名誉教授。中世国文学、連歌史専攻。ホトトギス系の俳人でもある。
広島大学出身      長野県出身の広島大学の出身者      全国の広島大学の出身者
 75  久米正雄    長野県    Wikipedia
久米 正雄(くめ まさお、1891年(明治24年)11月23日 - 1952年(昭和27年)3月1日 )は、日本の小説家、劇作家、俳人。俳号は三汀(さんてい)。“微苦笑”という語の発明者として有名。永井龍男は義弟(永井の妻が、久米の妻の妹)。息子の久米昭二はNHKの演芸番組のディレクターとなり、女優音羽美子と結婚した。
東京大学出身      長野県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1891年11月23日生まれ      11月23日生まれの人      長野県出身の1891年生まれ      世界の1891年生まれの人
 76  田中弥助    長野県    Wikipedia
田中 弥助(たなか やすけ、1883年3月6日 - 1943年10月9日)は日本の出版実業家、俳人、衆議院議員(民政党)。雅号は美穂(びすい)。
 77  相子智恵    長野県    Wikipedia
相子 智恵(あいこ ちえ、1976年2月25日 - )は、長野県出身の俳人。長野県飯田市生まれ。1995年より小澤實に師事、2000年「澤」入会。2003年第3回澤新人賞、2005年第3回澤特別作品賞受賞。2009年『萵苣』50句で第55回角川俳句賞受賞。「北斎漫画ぽろぽろ人のこぼるる秋」「阿修羅三面互ひ見えずよ寒の内」のような古典的な素材を扱った諧謔味のある作品から、「冷やかや携帯電話耳照らす」などの現代的な素材、「にはとりのまぶた下よりとぢて冬」のような写生、「一滴の我一瀑を落ちにけり」のような雄大な句まで幅広い。俳人協会会員。信濃毎日新聞にて、郷土の俳人井上井月を追った「井月をめぐる旅」を連載。
 78  青柳志解樹    長野県    Wikipedia
青柳 志解樹(あおやぎ しげき、1929年1月24日 - )は、長野県出身の俳人。本名・青柳茂樹。長野県南佐久郡穂積村(現・佐久穂町)に生れる。旧制東京農業大学専門部卒業。
 79  伊藤松宇    長野県    Wikipedia
伊藤松宇(いとう しょうう、安政6年10月18日(1859年11月12日) - 昭和18年(1943年)3月25日)は俳人、古書収集家である。別号は雪操居。
 80  臼田亞浪    長野県    Wikipedia
臼田 亞浪(うすだ あろう、1879年(明治12年)2月1日 - 1951年(昭和26年)11月11日)は日本の俳人。本名は臼田卯一郎(ういちろう)。
明治大学出身      長野県出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
1879年2月1日生まれ      2月1日生まれの人      長野県出身の1879年生まれ      世界の1879年生まれの人
 81  栗生純夫    長野県    Wikipedia
栗生純夫 (くりう すみお、1904年4月20日 - 1961年1月17日)は、日本の俳人、小林一茶研究家。本名、神林新治。須坂市名誉市民。
 82  栗林一石路    長野県    Wikipedia
栗林 一石路(くりばやし いっせきろ、1894年(明治27年)10月14日 - 1961年(昭和36年)5月25日)は、日本の俳人である。プロレタリア俳句運動の中心的存在としてだけでなく、小林一茶の評論研究家としても知られる。本名は栗林農夫(くりばやしたみお)。
 83  小澤實    長野県    Wikipedia
小澤 實(おざわ みのる、1956年8月29日 - )は、日本の俳人、俳文学者。大学時代より「鷹」に所属し藤田湘子に師事。2000年に俳誌「澤」を創刊・主宰。本名・実。
成城大学出身      長野県出身の成城大学の出身者      全国の成城大学の出身者
 84  相馬遷子    長野県    Wikipedia
相馬 遷子(そうま せんし、1908年10月15日 - 1976年1月19日)は、長野県出身の俳人、医師。本名・相馬富雄。東京帝国大学医学部卒。水原秋櫻子に俳句の指導を受け、1940年より「馬酔木」同人。1945年より同人会長。同時に1938年から「鶴」同人、石田波郷に兄事する。同年斎藤玄の斡旋で句集『草枕』を出版。故郷の自然を詠み堀口星眠、大島民郎などとともに馬酔木高原派と呼ばれたが、山本健吉は遷子の句に他の「高原派」にはない、「鶴」との関わりからくる境涯性を指摘している。以後の句集に『山国』(1956年。一般にはこれが第一句集とされている)、『雪嶺』(1969年)、『山河』(1976年)、『相馬遷子全句集』(1982年)がある。1969年、『雪嶺』で第9回俳人協会賞受賞。
 85  林翔    長野県    Wikipedia
林 翔(はやし しょう、1914年1月24日 - 2009年11月9日)は、日本の俳人。長野県長野市生。
 86  藤岡改造    長野県    Wikipedia
藤岡改造(ふじおか かいぞう、1923年10月11日[1]- )は、日本の作家、俳人。 長野県松本市生まれ。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)を経て旧制二松學舍専門学校卒。新制高等学校移行後の母校国語教師となった。号は筑邨。学校で飼っていた犬クロの世話役をしていた体験から、『職員会議に出た犬クロ』を執筆。ベストセラーとなり、2003年「さよなら、クロ」として映画化された。「信毎俳壇」「俳句四季」の選者。俳人協会評議員。[2]
 87  宮入聖    長野県    Wikipedia
宮入 聖(みやいり ひじり、1947年 - )は、日本の俳人。長野県生。父は人間国宝の刀匠宮入行平。
 88  村松友次    長野県    Wikipedia
村松 友次(むらまつ ともつぐ、1921年(大正10年)1月30日 - 2009年(平成21年)3月16日)は、国文学者、俳人。
 89  矢島渚男    長野県    Wikipedia
矢島 渚男(やじま なぎさお、1935年1月24日 - )は、日本の俳人。本名は薫。
 90  小穴隆一    長野県    Wikipedia
小穴 隆一(おあな りゅういち、1894年11月28日 - 1966年4月24日)は、日本の洋画家、随筆家、俳人。俳号は一游亭。


岐阜県
 91  小川双々子    岐阜県    Wikipedia
小川 双々子(おがわ そうそうし、本名:小川二郎 (おがわ じろう)[1]、 1922年9月13日 - 2006年1月17日[1])は、俳人。
 92  瀧井孝作    岐阜県    Wikipedia
瀧井 孝作(たきい こうさく、1894年(明治27年)4月4日 - 1984年(昭和59年)11月21日)は、日本の小説家、俳人。俳句を河東碧梧桐に師事し、小説を芥川龍之介、志賀直哉に兄事した。文化功労者。
1894年4月4日生まれ      4月4日生まれの人      岐阜県出身の1894年生まれ      世界の1894年生まれの人
 93  森有一    岐阜県    Wikipedia
森 有一(もり ゆういち、1898年4月13日 - 1984年10月30日)は、岐阜県出身の日本画家・俳人。新しき村会員。
1898年4月13日生まれ      4月13日生まれの人      岐阜県出身の1898年生まれ      世界の1898年生まれの人


静岡県
 94  海野厚    静岡県    静岡市Wikipedia
海野 厚(うんの あつし、1896年8月12日 - 1925年5月20日)は、童謡作家、俳人。本名は厚一(こういち)。俳号は長頸子(ちょうけいし)。
早稲田大学出身      静岡県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 95  冨士真奈美    静岡県    駿東郡清水町Wikipedia
冨士 眞奈美(ふじ まなみ、本名;岩崎 真奈美、1938年1月15日 - )は、女優・随筆家・俳人。血液型はA型。ラヴァンス所属。


愛知県
 96  富安風生    愛知県    豊川市Wikipedia
富安 風生(とみやす ふうせい、1885年(明治18年)4月16日 - 1979年(昭和54年)2月22日)は、愛知県出身の俳人。本名は謙次。高浜虚子に師事。逓信省に勤めながら俳誌「若葉」を主宰。温和な作風で知られた。
東京大学出身      愛知県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1885年4月16日生まれ      4月16日生まれの人      愛知県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 97  沼波瓊音    愛知県    名古屋市Wikipedia
沼波 瓊音(ぬなみ けいおん、1877年10月1日 - 1927年7月19日)は、明治・大正期の国文学者・俳人・右翼。本名は武夫(たけお)。名古屋市出身。


三重県
 98  倉阪鬼一郎    三重県    上野市(現・伊賀市)Wikipedia
倉阪 鬼一郎(くらさか きいちろう、1960年1月28日 – )は、小説家、評論家、俳人、翻訳家。三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。三重県立上野高等学校、早稲田大学第一文学部文芸科卒業。早稲田大学大学院日本文学専攻中退。環境経済学者の倉阪秀史は実弟。名字を「倉坂」と誤記されることが多い。
早稲田大学出身      三重県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
1960年1月28日生まれ      1月28日生まれの人      三重県出身の1960年生まれ      世界の1960年生まれの人
 99  嶋田青峰    三重県    答志郡的矢村(現・志摩市)Wikipedia
嶋田 青峰(しまだ せいほう、1882年3月8日 - 1944年5月31日)は、日本の俳人・翻訳家・新聞記者・教員。三重県答志郡[注 1]的矢村(現在の三重県志摩市磯部町的矢)出身。本名は賢平。姓の「しまだ」は「嶋田」と書くのが正式であるが、一般に「島田」の表記も用いられる[1]。俳号の青峰は、故郷の山・青峰山(あおのみねさん、標高336m)に由来する[2]。
早稲田大学出身      三重県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
1882年3月8日生まれ      3月8日生まれの人      三重県出身の1882年生まれ      世界の1882年生まれの人
 100  嶋田的浦    三重県    志摩郡的矢村(現・志摩市)Wikipedia
嶋田 的浦(しまだ てきほ、1893年1月22日[1] - 1950年4月11日[2])は日本の俳人。本名は襄。三重県志摩郡的矢村大字的矢(現在の志摩市磯部町的矢)出身。的浦の号は、故郷・的矢が小さな港(浦)を成していることにちなんでいる[2]。


滋賀県
 101  岡路市郎    滋賀県    Wikipedia
岡路 市郎(おかじ いちろう、1913年(大正2年)-2003年(平成15年)4月11日)は、日本の心理学者・俳人。専門は、教育心理学。元・北海道教育大学学長。
広島大学出身      滋賀県出身の広島大学の出身者      全国の広島大学の出身者
 102  岡路市郎    滋賀県    Wikipedia
岡路 市郎(おかじ いちろう、1913年(大正2年)-2003年(平成15年)4月11日)は、日本の心理学者・俳人。専門は、教育心理学。元・北海道教育大学学長。
広島大学出身      滋賀県出身の広島大学の出身者      全国の広島大学の出身者
 103  奥村志宇    滋賀県    大津市Wikipedia
奥村 志宇(おくむら しう、宝暦11年(1761年) - 天保5年3月12日(1834年4月20日))は、江戸時代の女流俳人で子女の教育にも尽くした。近江国大津の生まれ。
 104  北村季吟    滋賀県    野洲市Wikipedia
北村 季吟(きたむら きぎん、寛永元年12月11日(1625年1月19日) - 宝永2年6月15日(1705年8月4日))は、江戸時代前期の歌人、俳人、和学者。名は静厚、通称は久助・再昌院、別号は慮庵・呂庵・七松子・拾穂軒・湖月亭。
 105  北村湖春    滋賀県    野洲市Wikipedia
北村 湖春(きたむら こしゅん、慶安3年(1650年) - 元禄10年1月15日(1697年2月6日))は、江戸時代前期から中期にかけての歌人・俳人、北村季吟の子。名は季順。
 106  江左尚白    滋賀県    大津市Wikipedia
江左 尚白(えさ しょうはく、慶安3年(1650年) - 享保7年7月1日(1722年8月12日))は、江戸時代前期から中期の医師・俳人、近江蕉門。字は三益、別に木翁・芳斎と号す。伊勢国に生まれ、早くに近江国大津に住む。
 107  河合乙州    滋賀県    Wikipedia
河合 乙州(かわい おとくに、、生没年不詳)は、江戸時代前期から中期にかけての俳人、近江蕉門。近江国の人。俳人河合智月(智月尼)の弟で姉の養子となった。
 108  河合智月    滋賀県    Wikipedia
河合 智月(かわい ちげつ、寛永10年(1633年)頃 - 享保3年3月(1718年4月))は、江戸時代初期の女流俳人、近江蕉門。智月尼とも呼ばれる。京都に生まれ近江国に住む。
 109  河野李由    滋賀県    彦根市Wikipedia
河野 李由(こうの りゆう、寛文2年(1662年) - 宝永2年6月22日(1705年8月11日))は、江戸時代前期の僧・俳人、近江蕉門。浄土真宗本願寺派の彦根明照寺(光明遍照寺)14世住職、律師。字は買年、諱は通賢と言い、釈名を亮爾と号す。近江国の生まれ。父は河野通仁。子に河野通惠(自蹊)。
 110  菅沼曲水    滋賀県    大津市Wikipedia
菅沼 曲水(すがぬま きょくすい、万治2年(1659年) - 享保2年7月20日(1717年8月26日))は、近江国膳所(現・滋賀県大津市)出身の武士、俳人。または曲翠とも。本名は菅沼定常、通称は外記、別号は馬指堂。菅沼定澄の子で、徳川家康に従った菅沼定盈の曾孫に当たる。膳所藩(康俊系の本多家)では中老という重職に就き、また近江における松尾芭蕉の門人グループ・近江蕉門の重鎮として、芭蕉を経済的にもサポートした。 
 111  直江木導    滋賀県    彦根市Wikipedia
直江 木導(なおえ もくどう、寛文6年8月14日(1666年10月1日) - 享保8年6月22日(1723年7月23日))は、江戸時代前期から中期にかけての俳人、近江蕉門。名は光任、阿山人とも号す。近江国彦根藩士。
 112  濱田洒堂    滋賀県    大津市Wikipedia
濱田 洒堂(はまだ しゃどう、生年不詳 - 元文2年9月13日(1737年10月6日)?)は、江戸時代前期から中期にかけての俳人、近江蕉門。医師名は道夕、別に珍夕・珍碩と号し、洒落堂及びそれを略して洒堂とも言った。近江国膳所藩の医師。
 113  三上千那    滋賀県    大津市Wikipedia
三上 千那(みかみ せんな、慶安4年(1651年) - 享保8年4月17日(1723年5月10日))は、江戸時代中期の僧・俳人、近江蕉門。浄土真宗本願寺派の堅田本福寺11世住職、名は明式、葡萄坊・宮山子・千那堂官江などと号す。近江国の生まれ。
 114  水田正秀    滋賀県    大津市Wikipedia
水田 正秀(みずた まさひで、明暦3年(1657年) - 享保8年8月3日(1723年9月2日))は、江戸時代前期から中期にかけての俳人。近江蕉門の一人、菅沼曲水の伯父と伝えられる。通称を利右衛門、別に竹青堂・節青堂・清庵などと号す。
 115  森川許六    滋賀県    彦根市Wikipedia
森川 許六(もりかわ きょりく)は、江戸時代前期から中期にかけての俳人、近江蕉門。蕉門十哲の一人。名は百仲、字は羽官、幼名を兵助または金平と言う。五老井・無々居士・琢々庵・碌々庵・如石庵・巴東楼・横斜庵・風狂堂など多くの別号がある。近江国彦根藩の藩士で、絵師でもあった。
 116  八十村路通    滋賀県    Wikipedia
八十村 路通(やそむら ろつう、慶安2年(1649年)頃 - 元文3年7月14日(1738年8月28日)頃)は、江戸時代前期から中期にかけての俳人、近江蕉門。
 117  巌谷小波    滋賀県    甲賀市Wikipedia
巖谷 小波(いわや さざなみ、1870年7月4日(明治3年6月6日) - 1933年(昭和8年)9月5日)は、明治から大正にかけての作家、児童文学者、俳人[1]。本名は季雄(すえお)。別号に漣山人(さざなみ さんじん)、楽天居、隔恋坊、大江小波がある[2]。


京都府
 118  松村禎三    京都府    京都市Wikipedia
松村 禎三(まつむら ていぞう、1929年1月15日 - 2007年8月6日)は、日本の作曲家、俳人。東京芸術大学名誉教授。


大阪府
 119  紀海音    大阪府    Wikipedia
紀海音(きの かいおん、寛文3年(1663年) - 寛保2年10月4日(1742年10月31日))は、江戸時代中期の浄瑠璃作家、狂歌師、俳人。本名は榎並善右衛門。大坂生まれ。父は大阪御堂前の菓子商鯛屋善右衛門(俳号:貞因)で、兄に狂歌師油煙斎貞柳がいる。
 120  小西来山    大阪府    Wikipedia
小西 来山(こにし らいざん、1654年(承応3年) - 1716年11月16日(享保元年10月3日))は江戸時代の俳人。通称、伊右衛門。満平、湛翁、湛々翁、十萬堂の号がある。
 121  有馬朗人    大阪府    大阪市Wikipedia
有馬 朗人(ありま あきと、1930年9月13日 - )は、日本の物理学者(原子核物理学)、俳人、政治家。勲等は旭日大綬章。学位は理学博士(東京大学・1958年)。東京大学名誉教授、財団法人日本科学技術振興財団会長、科学技術館館長、武蔵学園学園長、公立大学法人静岡文化芸術大学理事長(初代)。文化勲章受章者。
東京大学出身      大阪府出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 122  与謝蕪村    大阪府    大阪市都島区Wikipedia
与謝 蕪村(よさ ぶそん、享保元年(1716年) - 天明3年12月25日(1784年1月17日))は、江戸時代中期の日本の俳人、画家。
 123  上田秋成    大阪府    Wikipedia
上田 秋成(うえだ あきなり、享保19年6月25日(1734年7月25日) - 文化6年6月27日(1809年8月8日))は、江戸時代後期の読本作者、歌人、茶人、国学者、俳人。怪異小説『雨月物語』の作者として特に知られる。
 124  又吉直樹    大阪府    寝屋川市Wikipedia
又吉 直樹(またよし なおき、1980年6月2日 - )は、日本のお笑いタレント、脚本家、小説家、俳人である。お笑い芸人コンビ「ピース」のボケ担当。


兵庫県
 125  車谷長吉    兵庫県    姫路市Wikipedia
車谷 長吉(くるまたに ちょうきつ、1945年7月1日 - 2015年5月17日)は日本の作家、随筆家、俳人。本名、車谷 嘉彦(くるまたに よしひこ)。兵庫県飾磨市(現・姫路市飾磨区)出身。筆名の「長吉」は唐代の詩人李賀にちなむ。妻は詩人の高橋順子[2]。
1945年7月1日生まれ      7月1日生まれの人      兵庫県出身の1945年生まれ      世界の1945年生まれの人
 126  小林恭二    兵庫県    西宮市Wikipedia
小林 恭二(こばやし きょうじ、1957年11月9日 - )は 日本の小説家、俳人。メタ・フィクション的なユーモアに富んだ作風で知られる。専修大学文学部教授。
 127  田健治郎    兵庫県    丹波市Wikipedia
田 健治郎(でん けんじろう、安政2年2月8日(1855年3月25日) - 昭和5年(1930年)11月16日)は、日本の官僚、政治家、華族(男爵)。丹波国氷上郡(現在の兵庫県丹波市)出身。幼名は梅之助、号は譲山。男爵。衆議院議員・貴族院議員・逓信大臣・司法大臣・農商務大臣・台湾総督・枢密顧問官等を歴任。田艇吉(衆議院議員)は兄。田英夫(参議院議員)は孫。また先祖に元禄時代の女流俳人田捨女がいる。
 128  松岡青蘿    兵庫県    Wikipedia
松岡 青蘿(まつおか せいら、元文5年(1740年) - 寛政3年6月17日(1791年7月17日))は、江戸生れの俳人で、のちに加古川に庵を結ぶ。山李坊令茶、幽松庵、三眺庵、栗庵、栗之本などの別号を持つ。本名、松岡鍋五郎。
 129  酒井抱一    兵庫県    姫路市Wikipedia
酒井 抱一(さかい ほういつ、 宝暦11年7月1日(1761年8月1日) - 文政11年11月29日(1829年1月4日))は、江戸時代後期の絵師、俳人。 権大僧都。本名は忠因(ただなお)、幼名は善次、通称は栄八、字は暉真(きしん)。ほか、屠牛、狗禅、鶯村、雨華庵、軽挙道人、庭柏子、溟々居、楓窓とも号する。また俳号は、ごく初期は白鳧・濤花、後に杜陵(綾)[1]。狂歌名は、尻焼猿人[2]。屠龍(とりょう)の号は俳諧・狂歌、さらに浮世絵美人画でも用いている


奈良県
 130  阿波野青畝    奈良県    高取町Wikipedia
阿波野青畝(あわの せいほ、1899年(明治32年)2月10日 - 1992年(平成4年)12月22日)は奈良県出身の俳人。本名は敏雄。旧姓・橋本。原田浜人、高浜虚子に師事。昭和初期に山口誓子、高野素十、水原秋桜子ととも「ホトトギス」の四Sと称された。「かつらぎ」主宰。


和歌山県
 131  川端龍子    和歌山県    和歌山市Wikipedia
川端 龍子(かわばた りゅうし、1885年(明治18年)6月6日 - 1966年(昭和41年)4月10日)は、戦前の日本画家、俳人。弟(異母弟)は「ホトトギス」の俳人川端茅舍(ぼうしゃ)であり、龍子も「ホトトギス」同人であった。本名は昇太郎。
1885年6月6日生まれ      6月6日生まれの人      和歌山県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 132  平畑静塔    和歌山県    和歌山市Wikipedia
平畑 静塔(ひらはた せいとう、1905年(明治38年)7月5日 - 1997年(平成9年)9月11日)は、和歌山県出身の俳人、精神科医。
 133  杉村楚人冠    和歌山県    Wikipedia
杉村 楚人冠(すぎむら そじんかん、明治5年7月25日(1872年8月28日) - 昭和20年(1945年)10月3日)は、新聞記者、随筆家、俳人である。本名は杉村 廣太郎(すぎむら こうたろう)。別号は縦横、紀伊縦横生、四角八面生、涙骨など多数。
中央大学出身      和歌山県出身の中央大学の出身者      全国の中央大学の出身者


鳥取県
 134  尾崎放哉    鳥取県    鳥取市Wikipedia
尾崎 放哉(おざき ほうさい、本名: 尾崎 秀雄(おざき ひでお)(鳥取県鳥取市出身)、1885年(明治18年)1月20日 - 1926年(大正15年)4月7日)は、日本の俳人。種田山頭火らと並び、自由律俳句の最も著名な俳人の一人である。
東京大学出身      鳥取県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1885年1月20日生まれ      1月20日生まれの人      鳥取県出身の1885年生まれ      世界の1885年生まれの人
 135  今井聖    鳥取県    鳥取市Wikipedia
今井 聖(いまい せい、1950年10月12日 - )は、俳人、脚本家。本名:今井邦博(くにひろ)。新潟県生まれ、鳥取県育ち。米子市立第四中学校、鳥取県立米子東高等学校を経て、明治学院大学経済学部・文学部卒業。のち横浜高校教諭を務めていた。
明治学院大学出身      鳥取県出身の明治学院大学の出身者      全国の明治学院大学の出身者


島根県
 136  中田瑞穂    島根県    津和野町Wikipedia
中田 瑞穂(なかだ みずほ、男性、1893年4月24日 - 1975年8月18日)は、日本の脳外科学者、俳人。新潟大学名誉教授。俳号はみづほ。島根県津和野町生まれ。
 137  原石鼎    島根県    出雲市Wikipedia
原 石鼎(はら せきてい、1886年3月19日 - 1951年12月20日)は、島根県出身の俳人。高浜虚子に師事、「鹿火屋」を創刊・主宰。大正期の「ホトトギス」を代表する作家の一人で、色彩感覚に優れたみずみずしい作風で一世を風靡した。本名は鼎。初号・鉄鼎。別号・ひぐらし。
1886年3月19日生まれ      3月19日生まれの人      島根県出身の1886年生まれ      世界の1886年生まれの人


岡山県
 138  新免一五坊    岡山県    Wikipedia
新免一五坊(しんめん いちごぼう、1879年(明治12年) - 1941年(昭和16年))は、日本の俳人・教員。本名は睦之助。後に藤木姓を名乗る。
 139  中塚一碧楼    岡山県    浅口郡玉島町(現・倉敷市)Wikipedia
中塚一碧楼(なかつか いっぺきろう、1887年(明治20年)9月24日 - 1946年(昭和21年)12月31日)は、日本の俳人。本名・直三(なおぞう)。俳号は他に一碧(いっぺき)。
早稲田大学出身      岡山県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 140  西東三鬼    岡山県    津山市Wikipedia
西東 三鬼(さいとう さんき、1900年(明治33年)5月15日 - 1962年(昭和37年)4月1日)は、岡山県出身の俳人。医師として勤める傍ら30代で俳句をはじめ、伝統俳句から離れたモダンな感性を持つ俳句で新興俳句運動の中心人物の一人として活躍。戦後は「天狼」「雷光」などに参加し「断崖」を主宰。本名・斎藤敬直(さいとう けいちょく)。
日本歯科大学出身      岡山県出身の日本歯科大学の出身者      全国の日本歯科大学の出身者
1900年5月15日生まれ      5月15日生まれの人      岡山県出身の1900年生まれ      世界の1900年生まれの人
 141  住宅顕信    岡山県    岡山市Wikipedia
住宅顕信(すみたく けんしん、1961年3月21日 - 1987年2月7日)は、日本の俳人。本名・住宅春美(すみたく はるみ)。
1961年3月21日生まれ      3月21日生まれの人      岡山県出身の1961年生まれ      世界の1961年生まれの人
 142  安東次男    岡山県    苫田郡東苫田村(現・津山市)Wikipedia
安東 次男(あんどう つぐお、1919年(大正8年)7月7日 - 2002年(平成14年)4月9日)は、日本の俳人、詩人、評論家。俳号は流火艸堂。
 143  岸本尚毅    岡山県    和気郡和気町Wikipedia
岸本 尚毅(きしもと なおき、1961年1月5日 - )は、岡山県出身の俳人。東京大学卒。波多野爽波に師事、爽波の死去後は特に高浜虚子に学ぶ。同じ爽波門の田中裕明とともに若くして注目され、写生派の俳人として定評がある。2014年現在「天為」「屋根」同人。
 144  直原玉青    岡山県    赤磐郡山方村(旧吉井町、現・赤磐市)Wikipedia
直原 玉青(じきはら ぎょくせい、1904年8月1日 - 2005年9月30日)は、日本の画家、禅僧、俳人。


広島県
 145  阪田恒四郎    広島県    竹原市忠海出生地は大阪府Wikipedia
阪田 恒四郎(さかた つねしろう[1]、安政4年(1857年)7月 - 昭和19年(1944年)3月5日)は、日本の実業家、サカタインクス創業者[1]。俳人。大中寅二は女婿、阪田寛夫は孫、大浦みずきは曾孫にあたる[1][2]。
 146  木下夕爾    広島県    Wikipedia
木下 夕爾(きのした ゆうじ、1914年10月27日 - 1965年8月4日)は、日本の詩人、俳人。本名・優二。広島県福山市御幸町に生まれる。広島県立府中中学(現・広島県立府中高等学校)を卒業後、1933年にいったんは第一早稲田高等学院文科(仏文科)に入学するが、家業を継ぐために転学。1938年に名古屋薬学専門学校(現・名古屋市立大学)を卒業し、広島で実家の薬局を営む。以後終生郷里を離れなかった。この間堀口大学に傾倒し影響を受けており、13歳のときには堀口の詩誌「若草」で特選を取っている。1940年、第一詩集『田舎の食卓』を刊行、第6回文芸汎論賞を受賞。1949年に誌誌「木靴」を創刊・主宰。以後の詩集に『生まれた家』(1940年)『笛を吹くひと』(1958年)など。日本詩人クラブ、日本現代詩人会に所属。
名古屋市立大学出身      広島県出身の名古屋市立大学の出身者      全国の名古屋市立大学の出身者
 147  川崎展宏    広島県    Wikipedia
川崎 展宏(かわさき てんこう、本名ではのぶひろ、1927年1月16日 - 2009年11月29日)は、広島県出身の俳人、国文学者。呉市生まれ。父は海軍士官。1953年、東京大学文学部国文学科卒業。1958年、同大学院満期退学。米沢女子大学、共立女子大学を経て、明治大学法学部教授。
 148  鷹羽狩行    広島県    Wikipedia
鷹羽 狩行(たかは しゅぎょう、1930年(昭和5年)10月5日 - )は、山形県出身の俳人、日本藝術院会員。山口誓子に師事、「狩」を創刊・主宰。本名・髙橋行雄。
中央大学出身      広島県出身の中央大学の出身者      全国の中央大学の出身者


山口県
 149  種田山頭火    山口県    防府市Wikipedia
種田 山頭火(たねだ さんとうか、1882年(明治15年)12月3日 - 1940年(昭和15年)10月11日)は、戦前日本の俳人。よく山頭火と呼ばれる。自由律俳句のもっとも著名な俳人の一人。1925年に熊本市の曹洞宗報恩寺で出家得度して耕畝(こうほ)と改名。本名・種田正一。
早稲田大学出身      山口県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
1882年12月3日生まれ      12月3日生まれの人      山口県出身の1882年生まれ      世界の1882年生まれの人
 150  田上菊舎    山口県    下関市(旧豊北町)Wikipedia
菊舎(きくしゃ、女性、1753年11月8日(宝暦3年10月14日) - 1826年9月24日(文政9年8月23日))は江戸期の俳人。


徳島県
 151  大高翔    徳島県    阿南市Wikipedia
大高 翔(おおたか しょう、1977年7月13日 - )は日本の女性俳人。「藍花」所属。徳島県阿南市出身。徳島県立城東高等学校、立教大学文学部卒業。大高翔はペンネーム。
立教大学出身      徳島県出身の立教大学の出身者      全国の立教大学の出身者


香川県
 152  平賀源内    香川県    さぬき市Wikipedia
平賀 源内(ひらが げんない、享保13年〈1728年〉- 安永8年12月18日〈1780年1月24日〉)は、江戸時代中頃の人物。本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家として知られる。


愛媛県
 153  勝田主計    愛媛県    Wikipedia
勝田 主計(しょうだ かずえ、明治2年旧暦9月15日(1869年10月19日)- 昭和23年(1948年)10月10日)は日本の大蔵官僚、政治家。同郷の俳人・正岡子規や海軍軍人・秋山真之の友人だった[1]。
東京大学出身      愛媛県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 154  石田波郷    愛媛県    Wikipedia
石田 波郷(いしだ はきょう、1913年(大正2年)3月18日 - 1969年(昭和44年)11月21日)は、愛媛県出身の俳人。本名は哲大(てつお)。水原秋桜子に師事、「馬酔木」に拠ったのち、「鶴」を創刊・主宰。初期の青春性のあふれる叙情句からはじまり、自己の生活を見つめる、人間性に深く根ざした作風を追求、加藤楸邨、中村草田男らとともに人間探求派と呼ばれた。昭和戦前に流行した新興俳句運動を批判し、韻文精神の尊重を説き切れ字を重視。戦中には結核を発病し、戦後は病と対峙する自身の生活を題材とする境涯俳句を詠み続けた。
明治大学出身      愛媛県出身の明治大学の出身者      全国の明治大学の出身者
1913年3月18日生まれ      3月18日生まれの人      愛媛県出身の1913年生まれ      世界の1913年生まれの人
 155  河東碧梧桐    愛媛県    Wikipedia
河東碧梧桐(かわひがし へきごとう、1873年(明治6年)2月26日 - 1937年(昭和12年)2月1日)は、日本の俳人・随筆家。本名は秉五郎(へいごろう)。
東北大学出身      愛媛県出身の東北大学の出身者      全国の東北大学の出身者
 156  寒川鼠骨    愛媛県    Wikipedia
寒川 鼠骨(さむかわ そこつ、1875年(明治8年)11月3日 - 1954年(昭和29年)8月18日)は、正岡子規門下の俳人。病床の子規に侍り、遺族を見守り、遺墨・遺構の保存に尽くした。
 157  篠原梵    愛媛県    Wikipedia
篠原 梵(しのはら ぼん、1910年4月15日 - 1975年10月17日)は、愛媛県出身の俳人、編集者・出版者。伊予郡南伊予村(現・伊予市)生。本名・敏之(としゆき)。俳号「梵」は郷里の松山で子供のことを「ボン」と呼んだことによるという[1]。
 158  芝不器男    愛媛県    Wikipedia
芝 不器男(しば ふきお、1903年(明治36年)4月18日 - 1930年(昭和5年)2月24日)は、愛媛県出身の俳人。「天の川」の代表作家として活躍、「ホトトギス」でも四S以降の新人として注目されたが、句歴四年、26歳で夭折した。
 159  高浜虚子    愛媛県    Wikipedia
高浜 虚子(たかはま きょし、旧字体:高濱 虛子、1874年(明治7年)2月22日 - 1959年(昭和34年)4月8日)は明治・昭和期の俳人・小説家。本名は高浜 清(たかはま きよし、旧字体:高濱 淸)。
東北大学出身      愛媛県出身の東北大学の出身者      全国の東北大学の出身者
1874年2月22日生まれ      2月22日生まれの人      愛媛県出身の1874年生まれ      世界の1874年生まれの人
 160  坪内稔典    愛媛県    Wikipedia
坪内 稔典(つぼうち としのり、俳号ではねんてん、1944年4月22日 - )は、日本の俳人。京都教育大学名誉教授。「船団の会」代表。研究者としての専門は日本近代文学で、特に正岡子規に関する著作・論考が多い。
立命館大学出身      愛媛県出身の立命館大学の出身者      全国の立命館大学の出身者
 161  富沢赤黄男    愛媛県    Wikipedia
富澤 赤黄男(とみざわ かきお、1902年7月14日 - 1962年3月7日)は愛媛県出身の俳人。本名富澤正三(とみざわ しょうぞう)。新興俳句の担い手として、現代詩の一分野としてのモダニズム俳句を追求した。代表句に「蝶墜ちて大音響の結氷期」がある。
 162  内藤鳴雪    愛媛県    Wikipedia
内藤鳴雪(ないとう めいせつ、1847年5月29日(弘化4年4月15日) - 1926年(大正15年)2月20日)は、幕末の伊予松山藩の武士、明治期の官吏、明治・大正期の俳人。幼名助之進、元服して師克(もろかつ)、のち素行(もとゆき)。俳号の『鳴雪』は、『何事も成行きに任す』の、当て字という。
 163  中村草田男    愛媛県    Wikipedia
中村 草田男(なかむら くさたお、1901年(明治34年)7月24日 - 1983年(昭和58年)8月5日)は、愛媛県出身の俳人。本名清一郎(せいいちろう)。東京大学国文科卒。高浜虚子に師事、「ホトトギス」で客観写生を学びつつ、ニーチェなどの西洋思想から影響を受け、生活や人間性に根ざした句を模索。石田波郷、加藤楸邨らとともに人間探求派と呼ばれた。「萬緑」を創刊・主宰。戦後は第二芸術論争をはじめとして様々な俳句論争で主導的な役割をもった。
東京大学出身      愛媛県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1901年7月24日生まれ      7月24日生まれの人      愛媛県出身の1901年生まれ      世界の1901年生まれの人
 164  夏井いつき    愛媛県    Wikipedia
夏井 いつき(なつい いつき、1957年(昭和32年)5月13日 - )は日本の俳人・エッセイスト。愛媛県南宇和郡内海村(現愛南町)生まれ[1]。愛媛県松山市在住[2]。
京都女子大学出身      愛媛県出身の京都女子大学の出身者      全国の京都女子大学の出身者
 165  野村朱鱗洞    愛媛県    Wikipedia
野村 朱鱗洞(のむら しゅりんどう、1893年(明治26年)11月26日 - 1918年(大正7年)10月31日)は、愛媛県温泉郡素鵞村(現・松山市小坂町)出身の俳人である。本名は守隣(もりちか)。前号に柏葉、朱燐洞など。
 166  深川正一郎    愛媛県    Wikipedia
深川 正一郎(ふかがわ しょういちろう、1902年3月6日 - 1987年8月12日)は、愛媛県出身の俳人。上山村(現四国中央市)生。11歳で両親と死別し祖父母に育てられる。川之江二洲学舎卒。在学中より俳句・短歌をたしなむ。1924年、文芸春秋社に入社。1930年、日本コロムビア編集長に就任。翌年、俳句朗読の録音で高浜虚子と知り合い師事する。のち「ホトトギス」同人。1949年「冬扇」を創刊・主宰。1973年、妻の健康のため「冬扇」を終刊。1987年、「ホトトギス」同人会長となり、また日本伝統俳句協会設立に伴い初代副会長に就任。高浜虚子、高浜年尾、稲畑汀子と三代にわたって師事し「ホトトギス」の重鎮として活躍。また「山会」の主要メンバーで写生文でも活躍した。1987年8月12日死去、85歳。句集に『正一郎句集』(1948年)『正一郎句集』(1982年)『深川正一郎句集』(1989年)。また『定本 川端茅舎句集』(1946年)『定本 虚子全集』(1948-49年)『定本 高浜虚子全集』(1973年-75年』等の編集に携わった。娘の川口咲子も俳人。
 167  正岡子規    愛媛県    Wikipedia
正岡 子規(まさおか しき、1867年10月14日(慶応3年9月17日) - 1902年(明治35年)9月19日)は、日本の俳人、歌人、国語学研究家。名は常規(つねのり)。幼名は処之助(ところのすけ)で、のちに升(のぼる)と改めた。
東京大学出身      愛媛県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
1867年10月14日生まれ      10月14日生まれの人      愛媛県出身の1867年生まれ      世界の1867年生まれの人
 168  松根東洋城    愛媛県    Wikipedia
松根 東洋城(まつね とうようじょう、1878年2月25日 - 1964年10月28日)は俳人。本名は豊次郎で俳号はこれをもじったもの。夏目漱石の門下生。
1878年2月25日生まれ      2月25日生まれの人      愛媛県出身の1878年生まれ      世界の1878年生まれの人
 169  柳原極堂    愛媛県    Wikipedia
柳原 極堂(やなぎはら きょくどう、慶応3年2月11日(1867年3月16日) - 昭和32年(1957年)10月7日)は愛媛県出身の俳人である。


高知県
 170  寺田寅彦    高知県    Wikipedia
寺田 寅彦(てらだ とらひこ、1878年(明治11年)11月28日 - 1935年(昭和10年)12月31日)は、戦前の日本の物理学者、随筆家、俳人であり吉村冬彦(大正11年から使用)、寅日子、牛頓(“ニュートン”)、藪柑子(“やぶこうじ”)の筆名でも知られる。高知県出身(出生地は東京市)。
東京大学出身      高知県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 171  楠目橙黄子    高知県    Wikipedia
楠目橙黄子(くすめ とうこうし、1889年(明治22年)5月4日 - 1940年(昭和15年)5月8日)は俳人。
 172  仁智栄坊    高知県    Wikipedia
仁智 栄坊(にち えいぼう、1910年7月8日 - 1993年3月31日)は俳人。高知県高知市生まれ。本名は北尾一水(きたお かずみ)。
 173  右城暮石    高知県    Wikipedia
右城 暮石(うしろ ぼせき、1899年7月16日 - 1995年8月9日)は、高知県出身の俳人。長岡郡本山町字古田小字暮石に生まれる。本名は斎(いつき)で、俳号の暮石は出身地の小字の名による。
 174  松田ひろむ    高知県    Wikipedia
松田 ひろむ(まつだ ひろむ、1938年8月25日-)は俳人。本名は英孝(ひでたか)。


福岡県
 175  小野賢一郎    福岡県    Wikipedia
小野 蕪子(おの ぶし、1888年7月2日 - 1943年2月1日)は、大正から昭和初期に活動した日本の俳人。本名は小野賢一郎。
 176  井上微笑    福岡県    Wikipedia
井上 微笑(いのうえ びしょう、1867年8月1日(慶応3年7月2日) - 1936年(昭和11年)6月12日)は、俳人。
 177  下村梅子    福岡県    福岡市Wikipedia
下村 梅子(しもむら うめこ、1912年〈明治45年〉5月7日 - 2012年〈平成24年〉5月10日)は、日本の俳人。福岡県生まれ。「かつらぎ」特別同人。阿波野青畝に師事。「かつらぎ」の代表作家。夫は俳人の下村非文(1902年 - 1987年)。俳人協会名誉会員。
 178  高橋睦郎    福岡県    北九州市Wikipedia
高橋 睦郎(たかはし むつお、1937年12月15日 - )は、日本の詩人、歌人、俳人。
福岡教育大学出身      福岡県出身の福岡教育大学の出身者      全国の福岡教育大学の出身者
 179  眞鍋呉夫    福岡県    遠賀郡岡垣町Wikipedia
真鍋 呉夫(まなべ くれお、1920年1月25日 - 2012年6月5日)は日本の作家・文筆家・俳人。


佐賀県
 180  渋川玄耳    佐賀県    Wikipedia
渋川 玄耳(しぶかわ げんじ、1872年6月3日(明治5年4月28日) - 1926年(大正15年)4月9日)は、明治期に活躍したジャーナリスト、随筆家、俳人。佐賀県出身。本名渋川柳次郎。ほかに薮野椋十(やぶの むくじゅう)の筆名を用いる。
中央大学出身      佐賀県出身の中央大学の出身者      全国の中央大学の出身者


長崎県
 181  清水崑    長崎県    Wikipedia
清水 崑(しみず こん、本名:清水 幸雄、1912年9月22日 - 1974年3月27日)は昭和の漫画家。長崎県長崎市出身。妻は歌人の清水恒子、その姉は俳人の石橋秀野(山本健吉夫人)。
 182  五島高資    長崎県    Wikipedia
五島 高資(ごとう たかとし、1968年(昭和43年)5月23日[1][2] - )は 俳人、医師(博士(医学))、地域学者。別号、篁風(こうふう)[1]。栃木県宇都宮市在住[2]。なお五島高資というのは本名ではなく俳人名[1]。


熊本県
 183  あざ蓉子    熊本県    Wikipedia
あざ 蓉子(あざ ようこ、1947年 - )は、俳人。熊本県生。1979年「天籟通信」入会。1988年、第12回天籟通信賞受賞。1990年、第22回九州俳句賞受賞。1993年、「豈」「船団」に入会。1996年、第37回熊日文学賞受賞。1998年「花組」創刊・主宰。2001、句集『猿楽』にて第6回中新田俳句大賞スウェーデン賞受賞。2002年、第57回現代俳句協会賞受賞。他の句集に『夢数へ』『ミロの島』『天気雨』がある。2012年玉名市草枕交流館館長に就任。
 184  上村占魚    熊本県    人吉市Wikipedia
上村 占魚(うえむら せんぎょ、1920年9月5日 - 1996年2月29日)は、俳人、随筆家。熊本県人吉市生まれ。本名・武喜。東京美術学校卒。『ホトトギス』同人。松本たかしに師事。『みそさざい』主宰。
 185  有働亨    熊本県    Wikipedia
有働 亨(うどう とおる、1920年9月3日 - 2010年6月30日)は、俳人。
 186  篠原温亭    熊本県    宇土郡宇土町(現・宇土市)Wikipedia
篠原 温亭(しのはら おんてい、1872年3月9日(明治5年2月1日) - 1926年(大正15年)9月2日)は、俳人、小説家。
龍谷大学出身      熊本県出身の龍谷大学の出身者      全国の龍谷大学の出身者
 187  中村汀女    熊本県    熊本市Wikipedia
中村 汀女(なかむら ていじょ、1900年(明治33年)4月11日 - 1988年(昭和63年)9月20日)は、俳人。本名、破魔子(はまこ)。星野立子・橋本多佳子・三橋鷹女とともに4Tと呼ばれた、昭和を代表する女流俳人。
1900年4月11日生まれ      4月11日生まれの人      熊本県出身の1900年生まれ      世界の1900年生まれの人
 188  西島麦南    熊本県    鹿本郡植木町(現・熊本市)Wikipedia
西島 麦南(にしじま ばくなん、1895年1月10日 - 1981年10月11日)は、熊本県出身の俳人。本名西島九州男(にしじま くすお)。熊本県鹿本郡植木町(現・熊本市北区植木町)生まれ。済々黌卒業[1]。1915年、「雲母」の前身「キラヽ」に参加。1916年、武者小路実篤の「新しき村」に参加し、1923年まで農耕に従事。のち上京し飯田蛇笏に師事。俳壇的成功には無欲で、自ら「生涯山廬門弟子」と称し、蛇笏の没後も飯田龍太を助け「雲母」一筋の俳人として活動。蛇笏の好みを受け継ぎ格の高い句を作った。また戦後は岩波書店に勤め30年以上在職、「校正の神様」とたたえられた。1965年文化人間賞受賞。句集に『金剛纂』『人音』『西島麦南全句集』がある。
 189  長谷川櫂    熊本県    小川町(現・宇城市)Wikipedia
長谷川 櫂(はせがわ かい、1954年2月20日[1] - )は、日本の俳人。『俳句の宇宙』で1990年度サントリー学芸賞[2]。元読売新聞社文化部記者[2]。
東京大学出身      熊本県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者
 190  正木ゆう子    熊本県    熊本市Wikipedia
正木 ゆう子(まさき ゆうこ、1952年6月22日 - )は、日本の俳人。熊本県熊本市生まれ。本姓・笠原。熊本県立熊本高等学校、お茶の水女子大学卒業。大学時代の1973年、兄正木浩一に誘われて「沖」入会、能村登四郎に師事。また福永耕二、坂巻純子に親しむ。大学卒業後は広告会社に務め、1977年結婚。1986年、第一句集『水晶体』を私家版で刊行。
 191  宮部寸七翁    熊本県    丹生宮村(現・熊本市南区城南町丹生宮)Wikipedia
宮部 寸七翁(みやべ すなお、1887年1月12日 - 1926年1月30日)は、日本のジャーナリスト、俳人。
早稲田大学出身      熊本県出身の早稲田大学の出身者      全国の早稲田大学の出身者
 192  大久保武雄    熊本県    熊本城下西通町Wikipedia
大久保 武雄(おおくぼ たけお、1903年11月24日 - 1996年10月14日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)。俳人でもあり、俳号は大久保橙青(おおくぼ とうせい)と言う。勲一等瑞宝章。
 193  東明雅    熊本県    熊本市Wikipedia
東 明雅(ひがし あきまさ、1915年3月7日 - 2003年10月20日)は、国文学者、俳人。
 194  木下順二    熊本県    Wikipedia
木下 順二(きのした じゅんじ、1914年(大正3年)8月2日 - 2006年(平成18年)10月30日)は、日本の劇作家、評論家。代表作に『夕鶴』がある。日本劇作家協会顧問。伯父は佐々醒雪(俳人、国文学者)。著名な進歩的文化人であった。
東京大学出身      熊本県出身の東京大学の出身者      全国の東京大学の出身者


鹿児島県
 195  杉田久女    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
杉田久女(すぎた ひさじょ、1890年(明治23年)5月30日 - 1946年(昭和21年)1月21日)は、鹿児島県出身の俳人。本名は杉田 久(すぎた ひさ)。高浜虚子に師事。長谷川かな女、竹下しづの女などとともに、近代俳句における最初期の女性俳人であり、男性に劣らぬ格調の高さと華やかさのある句で知られた。家庭内の不和、師である虚子との確執など、その悲劇的な人生はたびたび小説の素材になった。
お茶の水女子大学出身      鹿児島県出身のお茶の水女子大学の出身者      全国のお茶の水女子大学の出身者
1890年5月30日生まれ      5月30日生まれの人      鹿児島県出身の1890年生まれ      世界の1890年生まれの人
 196  篠原鳳作    鹿児島県    鹿児島市Wikipedia
篠原鳳作(しのはら ほうさく、1906年1月7日 - 1936年9月11日)は、鹿児島県出身の俳人。本名は篠原国堅(くにかた)[1]。旧号は未踏、雲彦。1906年(明治39年)、鹿児島市で生まれる。鹿児島県立第二鹿児島中学校(16回卒=大正12年)[2]を経て、1929年東京帝国大学法学部卒。病弱のため都会での就職を避け郷里で句作に没頭。1931年より教諭として沖縄県立宮古中学校に赴任、1934年に結婚を期に母校の鹿児島二中に転任した。


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